1999年5月10日~2011年12月28日の12年7ヵ月の間「ハンギョレ」に連載されていた漫画「ピビムトゥン」は、私ヌルボが好きな漫画でした。
代表的左翼紙の「ハンギョレ」らしくない、政治批判的な要素がほとんどなく、園山俊二と西岸良平を足して2で割ったような(??)タッチの、ほのぼのとした家族漫画です。
しかし「好きな漫画」といっても「ハンギョレ」のサイトでたまに見たりする程度で、「ハンギョレ」の本紙で見たことは過去10回あったかどうか・・・。
その漫画が11年の暮れに作者ホン・スンウの意思で3000回以上続いた連載を終えたことは、その前後の韓国サイトのニュースで知りました。その後「ハンギョレ」のサイトでこの漫画が見られなくなったのも残念なことでした。
昨年(2012年)7月に、連載の最終回までを収めた単行本の「ピビムトゥン 9」が刊行されたので、去る4月に久しぶりに教保文庫に本をまとめて注文した時に、これと「ピビムトゥン 1」の2冊も迷わず購入することにしました。
で、他の本を先に読んでいたので、この漫画に取りかかったのがようやく一昨日。そしたらおもしろくて2冊イッキ読み。ブログ記事を3日間更新しなかった一因でもあります。
左の第1巻の方も9巻と同日に出された改訂版です。
あ、タイトルの「비빔툰 (ピビムトゥン)」は、「ピビンパプ(混ぜたご飯)」の「ピビム(混ぜること)」と「카툰(cartoon.カートゥーン)」の合成語です。「混ぜ混ぜ漫画」って感じですかねー?
第1巻は、主人公チョン・ボトン(정보통)と妻セン・ファルミ(생활미)の新婚初日から始まります。チョン(鄭)という姓は金・李・朴・崔に次いで多い姓ですが、センに相当する姓はありません。それよりも、このハングル名を見て思いつくのは「情報通」及び「生活美」という漢字語。実はこの漫画は「ハンギョレ」連載開始の1年前(1998年5月)に、地域新聞「ハンギョレ・リビング」でスタートしていた「チョン・ボトン セン・ファルミ」を引き継いだものなのですね。その地域紙の性格に合わせて名前をつけたとのことです。
第1巻では、新婚生活と、ほどなく妊娠して、男の子が生まれて、子育てに追われて・・・と、どんどん進展する生活の中での笑いを誘うエピソードがいろいろ盛り込まれています。ときおり風刺の込められたものもありますが・・・。
【模様だけタコ】
(ファルミ)「ボトンさん? ファルミだけど、晩ごはん何食べたい? ちょっと言って!」
(同僚)「何の電話?」 ボトン「うん、家内が食べたいものあったら言ってだってさ」
(ボトン)「‘ナクチチョンゴル(タコ鍋)’、どうかな?」 (同僚)「いやあ、チョン・ボトンさんは幸せな男だねー」
(ボトン)「そうか・・・? よし! その料理僕も好きだよ!」 (同僚)「・・・」
(ボトン)「ハハハ・・・タコ鍋よりずっと美味しい物を作ってくれるみたいなんだけど?」 (同僚)「いや~何かな、それ?」
結婚生活1ヵ月・・・ 私はその日の夕飯で妻が作ってくれた‘トッポッキ’を‘タコ鍋’より百倍千倍美味しく食べた。
・・・韓国映画を見ると、会社で仕事中に奥さんから電話がかかってくる場面がずいぶん多いような・・・。ただ、だんだんと私用電話は控えるのが通念になりつつあるようではあります。
肝心なことは、作者のホン・スンウ氏もこの漫画を始めた頃は主人公と同じく新婚で、その後男の子が生まれ、さらにその妹が生まれ、というのも同じ。つまり作者自身の家族がそのままモデルなんですね。
作中では男の子の名はチョン・ダウン、女の子はチョン・ギョウンです。ハングルだと정다운(情のある)、정겨운(情に満ちた)という意味になります。
第1巻では、とくに奥さんのファルミの奮闘ぶりが印象に残ります。(子どもを抱っこしたまま足の指を駆使するとか・・・。) 妊娠~子育ての時期はどこの国のおかあさんも同様でしょうが・・・。
次に第9巻から2つ。連載終了時には、ホン・スンウ氏の長男と長女も中1と小5になっています。漫画の方も併行して進行してきました。→コチラは<チョン・ボトンの家族、いつか帰ってきますよ>と題された家族写真入りの記事です。
【‘アジョ’と‘トイ・ストーリー3’】
(ボトン)「こんな日がまた来るとは思わなかったな。10何年かぶりだね」 (ファルミ)「そうね。特別な日だわ」
[1スクリーン‘アジョシ’] (ファルミ)「18禁映画を見に夫婦2人きりで映画館に来るとは」 (ボトン)「子どもたち、大きくなったな」
(ファルミ)「憶えといて! 今回の‘アジョシ’と‘トイ・ストーリー3’だけど」 (ボトン)「‘アジョ’と‘トイ・ストーリー3’になるようだが・・・」
(ファルミ)「時間だわ。ここまで!」 スッ
[6スクリーン‘トイ・ストーリー3’3D]
(ギョウン)「クハハッ」 (ダウン)「ハッ!」
(ダウン)「すごいおもしろかった!」 (ギョウン)「パパはどこまで見たの?」 (ボトン)「‘アジョ・・・’まで」 いいよ。残りはあとでケーブルTVで見るから。
・・・シネマ・コンプレックスはこういう利用法があるんですね。(知らんかった私ヌルボ。)
【何だ?・・・】
(男)「首に手をまわしてポッポ(キス)!」
(ボトン)「・・・」 (ボトン)「首に手をまわしてポッポ!」
(ボトン)「これをキスの年輪というべきか、俺に対する憎悪の表示というべきか、紛らわしいもんだなあ・・・」 (ク記者)「・・・」
最後のコマの右側の男性を「ク記者」としたのは、連載終了時に<ハンギョレはいかにしてピビムトゥンを獲得したのか>という記事(→コチラ)を書いた担当のク・ボンジュン記者が、漫画にしばしば登場するこの男性のモデルが自分であることを明かしていたからです。
この記事で興味深いのは、連載開始当時は漫画の注目度が高まってきていた時期で、とくに「ハンギョレ」に先行して人気を集めた新聞漫画が「朝鮮日報」の「광수생각(クァンスの考え)」(パク・クァンス作)と、「東亜日報」の「도날드닭(ドナルド・タク(鶏))」(イ・スイル作)。リンク先でそれぞれの絵を見てみてください。懐かしいなー。「광수생각」はずっと前に買って読んだぞ。
もっと興味深いのは、「ハンギョレ」の社内でホン・スンウ氏と最終選考まで残ったもう1人の漫画家があのカン・ドハだったこと。「あの」と言ってもご存知ない方がずっと多いでしょうが、本ブログの過去記事<韓国の代表的漫画家15人>とか<「女性自身」連載 カン・ドハの漫画「華麗なるキャッツビー」>で紹介した漫画家です。彼が有名になったのは後のことで1999年当時はカン・ソンスという本名で書いていたそうです。
さて、今回の記事のタイトルで「ピビムトゥン」は歴史に残る漫画と書いたのは、たんに読者の人が高かったというだけでなく、この12年の韓国社会と庶民の日常生活を、人々の内面まで含めてよく描写しているから。一家族の具体的なエピソードそれぞれが、多くの家庭にも通じる一般性ももっているのです。
そしてまた、その12年間が、歴史の中の限られた一部であるとともに、時代を超えて相通じるような要素もあるということ。それを一言で言うと家族愛ということになるのかもしれません。
ホン・スンウ氏は、別に「朝鮮男子、子供を育てる」という漫画を書いています。これは朝鮮時代唯一の育児日記を書いた官吏イ・ムンゴンの「養児録」の漫画版です。innolieの紹介記事(→コチラ)によると、「家門の長老である祖父が、自ら孫を養育し、孫の成長過程としつけについて詳しく記録した詩篇日記」とのことです。
たぶんホン・スンウ氏自身、昔の男性の心に互いに響き合うものを感じたのではないでしょうか? ・・・って読んでないけど、これも読んでみたくなりました。
あ、その前に第2~8巻も読まなくては・・・。
【第1巻(左)と第9巻の裏表紙。赤い字で「今日のわれわれの文化賞」受賞、「大韓民国出版漫画大賞」出版賞受賞とある。】
代表的左翼紙の「ハンギョレ」らしくない、政治批判的な要素がほとんどなく、園山俊二と西岸良平を足して2で割ったような(??)タッチの、ほのぼのとした家族漫画です。
しかし「好きな漫画」といっても「ハンギョレ」のサイトでたまに見たりする程度で、「ハンギョレ」の本紙で見たことは過去10回あったかどうか・・・。
その漫画が11年の暮れに作者ホン・スンウの意思で3000回以上続いた連載を終えたことは、その前後の韓国サイトのニュースで知りました。その後「ハンギョレ」のサイトでこの漫画が見られなくなったのも残念なことでした。
昨年(2012年)7月に、連載の最終回までを収めた単行本の「ピビムトゥン 9」が刊行されたので、去る4月に久しぶりに教保文庫に本をまとめて注文した時に、これと「ピビムトゥン 1」の2冊も迷わず購入することにしました。
で、他の本を先に読んでいたので、この漫画に取りかかったのがようやく一昨日。そしたらおもしろくて2冊イッキ読み。ブログ記事を3日間更新しなかった一因でもあります。
左の第1巻の方も9巻と同日に出された改訂版です。
あ、タイトルの「비빔툰 (ピビムトゥン)」は、「ピビンパプ(混ぜたご飯)」の「ピビム(混ぜること)」と「카툰(cartoon.カートゥーン)」の合成語です。「混ぜ混ぜ漫画」って感じですかねー?
第1巻は、主人公チョン・ボトン(정보통)と妻セン・ファルミ(생활미)の新婚初日から始まります。チョン(鄭)という姓は金・李・朴・崔に次いで多い姓ですが、センに相当する姓はありません。それよりも、このハングル名を見て思いつくのは「情報通」及び「生活美」という漢字語。実はこの漫画は「ハンギョレ」連載開始の1年前(1998年5月)に、地域新聞「ハンギョレ・リビング」でスタートしていた「チョン・ボトン セン・ファルミ」を引き継いだものなのですね。その地域紙の性格に合わせて名前をつけたとのことです。
第1巻では、新婚生活と、ほどなく妊娠して、男の子が生まれて、子育てに追われて・・・と、どんどん進展する生活の中での笑いを誘うエピソードがいろいろ盛り込まれています。ときおり風刺の込められたものもありますが・・・。
【模様だけタコ】
(ファルミ)「ボトンさん? ファルミだけど、晩ごはん何食べたい? ちょっと言って!」
(同僚)「何の電話?」 ボトン「うん、家内が食べたいものあったら言ってだってさ」
(ボトン)「‘ナクチチョンゴル(タコ鍋)’、どうかな?」 (同僚)「いやあ、チョン・ボトンさんは幸せな男だねー」
(ボトン)「そうか・・・? よし! その料理僕も好きだよ!」 (同僚)「・・・」
(ボトン)「ハハハ・・・タコ鍋よりずっと美味しい物を作ってくれるみたいなんだけど?」 (同僚)「いや~何かな、それ?」
結婚生活1ヵ月・・・ 私はその日の夕飯で妻が作ってくれた‘トッポッキ’を‘タコ鍋’より百倍千倍美味しく食べた。
・・・韓国映画を見ると、会社で仕事中に奥さんから電話がかかってくる場面がずいぶん多いような・・・。ただ、だんだんと私用電話は控えるのが通念になりつつあるようではあります。
肝心なことは、作者のホン・スンウ氏もこの漫画を始めた頃は主人公と同じく新婚で、その後男の子が生まれ、さらにその妹が生まれ、というのも同じ。つまり作者自身の家族がそのままモデルなんですね。
作中では男の子の名はチョン・ダウン、女の子はチョン・ギョウンです。ハングルだと정다운(情のある)、정겨운(情に満ちた)という意味になります。
第1巻では、とくに奥さんのファルミの奮闘ぶりが印象に残ります。(子どもを抱っこしたまま足の指を駆使するとか・・・。) 妊娠~子育ての時期はどこの国のおかあさんも同様でしょうが・・・。
次に第9巻から2つ。連載終了時には、ホン・スンウ氏の長男と長女も中1と小5になっています。漫画の方も併行して進行してきました。→コチラは<チョン・ボトンの家族、いつか帰ってきますよ>と題された家族写真入りの記事です。
【‘アジョ’と‘トイ・ストーリー3’】
(ボトン)「こんな日がまた来るとは思わなかったな。10何年かぶりだね」 (ファルミ)「そうね。特別な日だわ」
[1スクリーン‘アジョシ’] (ファルミ)「18禁映画を見に夫婦2人きりで映画館に来るとは」 (ボトン)「子どもたち、大きくなったな」
(ファルミ)「憶えといて! 今回の‘アジョシ’と‘トイ・ストーリー3’だけど」 (ボトン)「‘アジョ’と‘トイ・ストーリー3’になるようだが・・・」
(ファルミ)「時間だわ。ここまで!」 スッ
[6スクリーン‘トイ・ストーリー3’3D]
(ギョウン)「クハハッ」 (ダウン)「ハッ!」
(ダウン)「すごいおもしろかった!」 (ギョウン)「パパはどこまで見たの?」 (ボトン)「‘アジョ・・・’まで」 いいよ。残りはあとでケーブルTVで見るから。
・・・シネマ・コンプレックスはこういう利用法があるんですね。(知らんかった私ヌルボ。)
【何だ?・・・】
(男)「首に手をまわしてポッポ(キス)!」
(ボトン)「・・・」 (ボトン)「首に手をまわしてポッポ!」
(ボトン)「これをキスの年輪というべきか、俺に対する憎悪の表示というべきか、紛らわしいもんだなあ・・・」 (ク記者)「・・・」
最後のコマの右側の男性を「ク記者」としたのは、連載終了時に<ハンギョレはいかにしてピビムトゥンを獲得したのか>という記事(→コチラ)を書いた担当のク・ボンジュン記者が、漫画にしばしば登場するこの男性のモデルが自分であることを明かしていたからです。
この記事で興味深いのは、連載開始当時は漫画の注目度が高まってきていた時期で、とくに「ハンギョレ」に先行して人気を集めた新聞漫画が「朝鮮日報」の「광수생각(クァンスの考え)」(パク・クァンス作)と、「東亜日報」の「도날드닭(ドナルド・タク(鶏))」(イ・スイル作)。リンク先でそれぞれの絵を見てみてください。懐かしいなー。「광수생각」はずっと前に買って読んだぞ。
もっと興味深いのは、「ハンギョレ」の社内でホン・スンウ氏と最終選考まで残ったもう1人の漫画家があのカン・ドハだったこと。「あの」と言ってもご存知ない方がずっと多いでしょうが、本ブログの過去記事<韓国の代表的漫画家15人>とか<「女性自身」連載 カン・ドハの漫画「華麗なるキャッツビー」>で紹介した漫画家です。彼が有名になったのは後のことで1999年当時はカン・ソンスという本名で書いていたそうです。
さて、今回の記事のタイトルで「ピビムトゥン」は歴史に残る漫画と書いたのは、たんに読者の人が高かったというだけでなく、この12年の韓国社会と庶民の日常生活を、人々の内面まで含めてよく描写しているから。一家族の具体的なエピソードそれぞれが、多くの家庭にも通じる一般性ももっているのです。
そしてまた、その12年間が、歴史の中の限られた一部であるとともに、時代を超えて相通じるような要素もあるということ。それを一言で言うと家族愛ということになるのかもしれません。
ホン・スンウ氏は、別に「朝鮮男子、子供を育てる」という漫画を書いています。これは朝鮮時代唯一の育児日記を書いた官吏イ・ムンゴンの「養児録」の漫画版です。innolieの紹介記事(→コチラ)によると、「家門の長老である祖父が、自ら孫を養育し、孫の成長過程としつけについて詳しく記録した詩篇日記」とのことです。
たぶんホン・スンウ氏自身、昔の男性の心に互いに響き合うものを感じたのではないでしょうか? ・・・って読んでないけど、これも読んでみたくなりました。
あ、その前に第2~8巻も読まなくては・・・。
【第1巻(左)と第9巻の裏表紙。赤い字で「今日のわれわれの文化賞」受賞、「大韓民国出版漫画大賞」出版賞受賞とある。】