一昨日くらいから風邪を引いてしまい昨日は病院に行ってきた。
平日午後の診察はガラガラで、受付で症状伝えた後すぐに先生にも同じことを言うという、、変な状況で笑いそうになった。
午前中に面接だったので、薬でごまかして早起きして行ってきた次第で有る。
その前に、先週1社目の面接として受けた A社の1次が通った。昨日夜に担当者から予期せぬ電話があって、2次の日程云々の前に速報で教えてもらった。まさか1社目で1次通るとは思っていなかった。ほんとに。
僕の分析では1次通過確率35%だったので。。素直に嬉しい。
やはり全身コーディネートでお洒落して行ったのが良かったのだろうか。
2年前、今回と同等のブランドを面接受けたところ、、面接は3社目くらいだったかな、速攻落ちた。
考えられる点としては、お洒落と、、前職の商社グループ企業での経験である。
若い子向けのアパレルでは経験できなかった仕事をいくつも経験したことが、自分としてはキャリアにプラスしていると感じる。50%くらいは親会社から来ている社長の下で商社仕込みの仕事内容だった。
面接でも、その2年の経験が9年の若い子向けよりも自分にとって大きいと伝えた。
今週末は前職の課のメンバーでバーベキューなので、どちらかと言うと良い進捗を話せそうである。
しかし、まだ採用ではないので、過度な期待は禁物である。。
今日の面接も繁華街の町なので電車で行った。
面接の時は必ず会社の最寄駅に1時間くらい前に着くようにしている。
これは絶対に間に合う安心感の為である。時間に追われたく無いのと、適当な喫茶店でギリギリまでリラックスしたい。とりあえず地図を見ないで行ける程度に道を確認してから喫茶店へ。
喫茶店で隣に座ってた60代くらいの男性2人の会話がアパレル業界の話で聞き入ってしまった。
もしかしたら、今日面接を受けた企業の関係会社かもしれない。
1人は40代くらいの話し方をするプロデューサー、1人は商社かメーカーの固めな人
自社工場生産のメーカーがいくら良い物を作れても、その先(販売先、新規取引先)が無いことについて、だからプロデューサーが必要なんだと言っていた。メーカーと客を繋ぐという意味だろうか。プロデューサーの人はSNSを使った成功例なんかを話しながら、けっこう上から目線で話していた感じ。
プロデューサーっているよね。前にいた若い子向けの時取引した国内生産のOEMメーカーも、とあるプロデューサーから繋がった。このプロデュースの問題点は、作る話が進んでいくと、メーカーと直になって、プロデューサーの話と違くね?ってものが上がってくることである。これは絵型と仕様書を投げていても、変なものが上がってくるということ。再度プロデューサーにも同席してもらい、結局初めから3社で話せば良かったみたいなことになる。また品質レベルの齟齬についてもプロデューサーの話からは判別出来ず、メーカーともツーカー出来ずに問題発生した。それはブランドであるこちら側の責任でも有るが、、。
そんな話はどうでもいいのである。面接である。
今日の面接も、一般的な志望動機とかは一切聞かれずにキャリアの確認がメインだった。
中途採用面接ってこの方法の方が多いのかもしれないと感じた。
精神論的な動機はあまり重要視されていないのかもしれない。それよりも即戦力になるスキルが有るのかどうかの確認の方が大きいのだと感じる。
今回の企業も面接前の想像と違った。商材のイメージをよそに、中で生産に関わる人はほぼアパレル出身だということだった。面接官の方は僕より5個くらい上か、40代だろうか。とても穏やかな話しやすい方だった。
驚いたのが、GMSなどに強い大手アパレルの合併元になった会社のオーナーが、大手芸能事務所と協業して作った会社であり、社員は大手アパレルのOBだということだった。それはプラスなイメージだった。だからアパレルOEMもやっているのかと納得した。
求人票見ただけでは、それが疑問だったのである。
丁寧に会社の成り立ちや業務内容などを話してもらった。
やはり僕が9年くらいやっていた若い子向けの製品に近い。納期が無いとか、現状は品質があまり高く無い点について。業務内容は、やはり小売アパレルとは違うハードなODMという感じ。元請けとなる親会社、その前の発注者は、作ることに関しての考えが皆無の為、けっこう無理くり進めたりする事もあるらしい。
僕も若い子向けは最短2週間〜1ヶ月で作っていたので、納期1ヶ月無いとか、、って話は懐かしく感じた。
前職では、生地の仕込みから製品納期まで半年くらいリードタイムが有ったので、全く異なるタイプということで、若い子向けの話をメインで伝えた感じである。
募集背景としても人が足りていないからということだった。かなり現場に基づいた話をしてもらったので、働く状況をリアルに想像出来た。面接官の方の役職だと、通常の会社では現場には出ないが、度々社員からの電話があったりして、全体を見る前に現場の対応が追いつかないというように見受けられた。
実はこの点も若い子向けの会社にいた時と同じで、9年間もの間に2人3脚していた先輩は管理職かつ現場の最前線にいた。会社の規模がそんなに大きくなかったのも有るけど。。
そういえば、その元先輩が1日でグラフィックTeeを10型作れます、外注でグラフィック手配できますって、伝えそびれたな。。笑。必要かどうかは別として。。その先輩は本当に根っからのアート肌で、かつ営業出身なので、今は独立して個人でグラフィッカーをやっている。前に世話になったOEM依頼で大手アパレル製品や、商社経由の子供服なんかもやっている。とにかく仕事が早くて、Tシャツのデザインはプロ中のプロである。プリント工場と協業して、専門店向けにTシャツのODM受発注生産までやっている。
前職の製品写真を見てもらい話をした。やはりTシャツのグラフィックデザインがゼロから出来るか聞かれた。
僕はゼロからデザインするのは苦手である。前職は肩書きとしては企画だけど、試しに作ったデザインはあんまり製品化されてない。しかし、PSもAIもデザイナーレベルで使えるのと、外からのグラフィック素材提供や、デザイナーでラフが組んであれば製品に落とすデータ作成や、総柄のリピート付きデータは作れるので、それは伝えた。グラフィックTeeに強いのは少しプラスかなと感じたけど、どちらかというとOEM/ODMをバリバリやってきた人の方がプラス度合いが大きいような感じも受けた。
ので、一応前職のODM経験やアーティストコラボアパレル経験でアピールした。そもそも、ブランド側かOEMメーカー側かと言うと、どちらかといえば僕は今までブランド側なので、どの程度評価されたかは分からないと感じる。
大手アパレル生産部隊出身の方々は今の会社で、アパレル業界と慣習の異なるハードなODMに直面して、かなり難しいと感じることが多いようだった。それは面接官の方の、慣れない、という言葉からひしひしと感じる。
というのも、一般的なアパレル生産の流れだと納期に間に合わないのである。だから本来の工程を間引いたり、営業トークや確認作業に重点を置いて、最終的にOKな製品を目指すといった状況。当然、本来のアパレルでは大量生産でコストメリットが有ったり、原料手配でも色々な検討が必要なのだが、それも追いついていかないのでロスが多いと。僕の想像通り売り上げは大きいらしく、しかしその反面ロスにより利益はそこまででもないといった感じ。でもそれは今後、裏で上手く生産出来るように、利益も含め改善したいとのことだった。僕としては自分はその力になれると感じる。
業務内容や会社の状況を聞くと、残業はおそらくかなりのレベルで発生していると思われる。そもそも面接官の方が残業していそうに感じたので、今回も聞かなかった。軽口は災いの元である。
あと、若い子向けにいた時の会社に近い雰囲気を感じたので、もしかしたら、、オーナー社長がかなりハードな方なのではないかという不安。
若い子向けの会社の時の社長は、絵に描いたようなオラオラ系の実業家風情。
お友達の実業家もちょくちょく会社に来て、酷いとしか言えない友人関係。下に書いたタメでアル中の同僚はそのお友達のギャグを鼻で笑った結果、反感を買い、ハードないじりを受けることに。。アル中もBボーイ上がりでオラオラだったけど涙目だった。
僕がいた若い子向けでは、入社2年くらいは22時ミーティング開始だったりして、毎日終電だった。
尻の欠陥はかなりの確率でこれのせいだ。。笑。月に換算すると100時間か。。
3年目くらいから、僕が本格的に生産重視のポジションになり、効率化を進めた。人も辞めて減ったが、残業も減った。僕とタメのデザイナーが1人、鬱病でドロップした。鬱かアル中か、、両方だろうか。なんか日常的に手が震えてて、酷く痩せていった。もう1人の1個上のデザイナーと営業課長もバックレで辞めた。
4年目くらいには21時くらいで上がれただろうか。5年目くらいに、EC事業部の社員が1人鬱病になって自殺した。当時中途で入った僕より5こ上くらいの30代のEC担当者がそれを理由に社長に直談判。隔週土曜が休みになった。企画生産部隊は、企画会議なんか始めたらいくらでも仕事が有ったけど、EC事業部なんかはメール対応や、計画的な商品ページ作りで、本来過度な残業は必要なかったはずである。それもあり、直談判の場に企画部長の姿は無かった。
その時に土日休みで無いことをかなり考えた。仮に今まで土曜日に出勤した日を計算したら、半年くらい有るって話をしたら、入社間もない若い子が絶句していた。彼もしばらくして辞めたな。給料下げてでも休みが欲しい派だった。それからも効率化を進めて、僕は企画会議に参加しなくなった。裏方に徹することで、新しいポジションを得たと感じた。渋谷の館の店閉めた後に販売員を呼んで社長と終電ミーティングしてたけど。。
それから9年目ちょい前に辞めるまでは20時退社が平均になった。
結果は1-2週間くらいなので、待ち時間に入る。
おそらく1社目Aの2次面接が先になると思われる。その結果前に、2社目Bの1次結果が出るかと。。
最悪なのは、もしBに行きたいとした場合、Aの2次結果が採用だったとして、それを蹴るかどうか考える場合。それでBの2次が落ちたら、何も残らない。
でも総合的には、先週の1社目の方が少し順位が上で考えている。
やはり純粋なファッションアパレルはきちんと通っていない分、魅力的だと思っている。
純粋なファッションアパレルってだけで、今の世の中にはそう多く無いし。
面接で感じた温和でギスギスしていない社風も良いと感じる。
仮に5年後、もしまた転職するとなった場合、Aの後にBには行けるが、Bの後にAには行けないと感じる。
Bに行ったら、おそらく定年まで近い製品のOEMメーカー側だろうと感じる。
しかし、仮にAが落ちるなら、Bに行くのも前向きに考えている。
仕事の尽きない親会社がいる為、業績に裏打ちがあって不安が無い。これからまだ成長していく会社で、自分の経験に即した製品にも携われる。
考えもまとまってきて、AかBで決めてもいいかなと思い始めている。
月末にCの面接予定が有るけど、もしかしたらその前に決まる可能性も無くは無いといった状況である。
平日午後の診察はガラガラで、受付で症状伝えた後すぐに先生にも同じことを言うという、、変な状況で笑いそうになった。
午前中に面接だったので、薬でごまかして早起きして行ってきた次第で有る。
その前に、先週1社目の面接として受けた A社の1次が通った。昨日夜に担当者から予期せぬ電話があって、2次の日程云々の前に速報で教えてもらった。まさか1社目で1次通るとは思っていなかった。ほんとに。
僕の分析では1次通過確率35%だったので。。素直に嬉しい。
やはり全身コーディネートでお洒落して行ったのが良かったのだろうか。
2年前、今回と同等のブランドを面接受けたところ、、面接は3社目くらいだったかな、速攻落ちた。
考えられる点としては、お洒落と、、前職の商社グループ企業での経験である。
若い子向けのアパレルでは経験できなかった仕事をいくつも経験したことが、自分としてはキャリアにプラスしていると感じる。50%くらいは親会社から来ている社長の下で商社仕込みの仕事内容だった。
面接でも、その2年の経験が9年の若い子向けよりも自分にとって大きいと伝えた。
今週末は前職の課のメンバーでバーベキューなので、どちらかと言うと良い進捗を話せそうである。
しかし、まだ採用ではないので、過度な期待は禁物である。。
今日の面接も繁華街の町なので電車で行った。
面接の時は必ず会社の最寄駅に1時間くらい前に着くようにしている。
これは絶対に間に合う安心感の為である。時間に追われたく無いのと、適当な喫茶店でギリギリまでリラックスしたい。とりあえず地図を見ないで行ける程度に道を確認してから喫茶店へ。
喫茶店で隣に座ってた60代くらいの男性2人の会話がアパレル業界の話で聞き入ってしまった。
もしかしたら、今日面接を受けた企業の関係会社かもしれない。
1人は40代くらいの話し方をするプロデューサー、1人は商社かメーカーの固めな人
自社工場生産のメーカーがいくら良い物を作れても、その先(販売先、新規取引先)が無いことについて、だからプロデューサーが必要なんだと言っていた。メーカーと客を繋ぐという意味だろうか。プロデューサーの人はSNSを使った成功例なんかを話しながら、けっこう上から目線で話していた感じ。
プロデューサーっているよね。前にいた若い子向けの時取引した国内生産のOEMメーカーも、とあるプロデューサーから繋がった。このプロデュースの問題点は、作る話が進んでいくと、メーカーと直になって、プロデューサーの話と違くね?ってものが上がってくることである。これは絵型と仕様書を投げていても、変なものが上がってくるということ。再度プロデューサーにも同席してもらい、結局初めから3社で話せば良かったみたいなことになる。また品質レベルの齟齬についてもプロデューサーの話からは判別出来ず、メーカーともツーカー出来ずに問題発生した。それはブランドであるこちら側の責任でも有るが、、。
そんな話はどうでもいいのである。面接である。
今日の面接も、一般的な志望動機とかは一切聞かれずにキャリアの確認がメインだった。
中途採用面接ってこの方法の方が多いのかもしれないと感じた。
精神論的な動機はあまり重要視されていないのかもしれない。それよりも即戦力になるスキルが有るのかどうかの確認の方が大きいのだと感じる。
今回の企業も面接前の想像と違った。商材のイメージをよそに、中で生産に関わる人はほぼアパレル出身だということだった。面接官の方は僕より5個くらい上か、40代だろうか。とても穏やかな話しやすい方だった。
驚いたのが、GMSなどに強い大手アパレルの合併元になった会社のオーナーが、大手芸能事務所と協業して作った会社であり、社員は大手アパレルのOBだということだった。それはプラスなイメージだった。だからアパレルOEMもやっているのかと納得した。
求人票見ただけでは、それが疑問だったのである。
丁寧に会社の成り立ちや業務内容などを話してもらった。
やはり僕が9年くらいやっていた若い子向けの製品に近い。納期が無いとか、現状は品質があまり高く無い点について。業務内容は、やはり小売アパレルとは違うハードなODMという感じ。元請けとなる親会社、その前の発注者は、作ることに関しての考えが皆無の為、けっこう無理くり進めたりする事もあるらしい。
僕も若い子向けは最短2週間〜1ヶ月で作っていたので、納期1ヶ月無いとか、、って話は懐かしく感じた。
前職では、生地の仕込みから製品納期まで半年くらいリードタイムが有ったので、全く異なるタイプということで、若い子向けの話をメインで伝えた感じである。
募集背景としても人が足りていないからということだった。かなり現場に基づいた話をしてもらったので、働く状況をリアルに想像出来た。面接官の方の役職だと、通常の会社では現場には出ないが、度々社員からの電話があったりして、全体を見る前に現場の対応が追いつかないというように見受けられた。
実はこの点も若い子向けの会社にいた時と同じで、9年間もの間に2人3脚していた先輩は管理職かつ現場の最前線にいた。会社の規模がそんなに大きくなかったのも有るけど。。
そういえば、その元先輩が1日でグラフィックTeeを10型作れます、外注でグラフィック手配できますって、伝えそびれたな。。笑。必要かどうかは別として。。その先輩は本当に根っからのアート肌で、かつ営業出身なので、今は独立して個人でグラフィッカーをやっている。前に世話になったOEM依頼で大手アパレル製品や、商社経由の子供服なんかもやっている。とにかく仕事が早くて、Tシャツのデザインはプロ中のプロである。プリント工場と協業して、専門店向けにTシャツのODM受発注生産までやっている。
前職の製品写真を見てもらい話をした。やはりTシャツのグラフィックデザインがゼロから出来るか聞かれた。
僕はゼロからデザインするのは苦手である。前職は肩書きとしては企画だけど、試しに作ったデザインはあんまり製品化されてない。しかし、PSもAIもデザイナーレベルで使えるのと、外からのグラフィック素材提供や、デザイナーでラフが組んであれば製品に落とすデータ作成や、総柄のリピート付きデータは作れるので、それは伝えた。グラフィックTeeに強いのは少しプラスかなと感じたけど、どちらかというとOEM/ODMをバリバリやってきた人の方がプラス度合いが大きいような感じも受けた。
ので、一応前職のODM経験やアーティストコラボアパレル経験でアピールした。そもそも、ブランド側かOEMメーカー側かと言うと、どちらかといえば僕は今までブランド側なので、どの程度評価されたかは分からないと感じる。
大手アパレル生産部隊出身の方々は今の会社で、アパレル業界と慣習の異なるハードなODMに直面して、かなり難しいと感じることが多いようだった。それは面接官の方の、慣れない、という言葉からひしひしと感じる。
というのも、一般的なアパレル生産の流れだと納期に間に合わないのである。だから本来の工程を間引いたり、営業トークや確認作業に重点を置いて、最終的にOKな製品を目指すといった状況。当然、本来のアパレルでは大量生産でコストメリットが有ったり、原料手配でも色々な検討が必要なのだが、それも追いついていかないのでロスが多いと。僕の想像通り売り上げは大きいらしく、しかしその反面ロスにより利益はそこまででもないといった感じ。でもそれは今後、裏で上手く生産出来るように、利益も含め改善したいとのことだった。僕としては自分はその力になれると感じる。
業務内容や会社の状況を聞くと、残業はおそらくかなりのレベルで発生していると思われる。そもそも面接官の方が残業していそうに感じたので、今回も聞かなかった。軽口は災いの元である。
あと、若い子向けにいた時の会社に近い雰囲気を感じたので、もしかしたら、、オーナー社長がかなりハードな方なのではないかという不安。
若い子向けの会社の時の社長は、絵に描いたようなオラオラ系の実業家風情。
お友達の実業家もちょくちょく会社に来て、酷いとしか言えない友人関係。下に書いたタメでアル中の同僚はそのお友達のギャグを鼻で笑った結果、反感を買い、ハードないじりを受けることに。。アル中もBボーイ上がりでオラオラだったけど涙目だった。
僕がいた若い子向けでは、入社2年くらいは22時ミーティング開始だったりして、毎日終電だった。
尻の欠陥はかなりの確率でこれのせいだ。。笑。月に換算すると100時間か。。
3年目くらいから、僕が本格的に生産重視のポジションになり、効率化を進めた。人も辞めて減ったが、残業も減った。僕とタメのデザイナーが1人、鬱病でドロップした。鬱かアル中か、、両方だろうか。なんか日常的に手が震えてて、酷く痩せていった。もう1人の1個上のデザイナーと営業課長もバックレで辞めた。
4年目くらいには21時くらいで上がれただろうか。5年目くらいに、EC事業部の社員が1人鬱病になって自殺した。当時中途で入った僕より5こ上くらいの30代のEC担当者がそれを理由に社長に直談判。隔週土曜が休みになった。企画生産部隊は、企画会議なんか始めたらいくらでも仕事が有ったけど、EC事業部なんかはメール対応や、計画的な商品ページ作りで、本来過度な残業は必要なかったはずである。それもあり、直談判の場に企画部長の姿は無かった。
その時に土日休みで無いことをかなり考えた。仮に今まで土曜日に出勤した日を計算したら、半年くらい有るって話をしたら、入社間もない若い子が絶句していた。彼もしばらくして辞めたな。給料下げてでも休みが欲しい派だった。それからも効率化を進めて、僕は企画会議に参加しなくなった。裏方に徹することで、新しいポジションを得たと感じた。渋谷の館の店閉めた後に販売員を呼んで社長と終電ミーティングしてたけど。。
それから9年目ちょい前に辞めるまでは20時退社が平均になった。
結果は1-2週間くらいなので、待ち時間に入る。
おそらく1社目Aの2次面接が先になると思われる。その結果前に、2社目Bの1次結果が出るかと。。
最悪なのは、もしBに行きたいとした場合、Aの2次結果が採用だったとして、それを蹴るかどうか考える場合。それでBの2次が落ちたら、何も残らない。
でも総合的には、先週の1社目の方が少し順位が上で考えている。
やはり純粋なファッションアパレルはきちんと通っていない分、魅力的だと思っている。
純粋なファッションアパレルってだけで、今の世の中にはそう多く無いし。
面接で感じた温和でギスギスしていない社風も良いと感じる。
仮に5年後、もしまた転職するとなった場合、Aの後にBには行けるが、Bの後にAには行けないと感じる。
Bに行ったら、おそらく定年まで近い製品のOEMメーカー側だろうと感じる。
しかし、仮にAが落ちるなら、Bに行くのも前向きに考えている。
仕事の尽きない親会社がいる為、業績に裏打ちがあって不安が無い。これからまだ成長していく会社で、自分の経験に即した製品にも携われる。
考えもまとまってきて、AかBで決めてもいいかなと思い始めている。
月末にCの面接予定が有るけど、もしかしたらその前に決まる可能性も無くは無いといった状況である。