自在コラム

⇒ 日常での観察や大学キャンパスでの見聞、環境や時事問題、メディアとネットの考察などを紹介する宇野文夫のコラム

☆メディア縦乱‐2

2008年02月11日 | ⇒メディア時評

 来年09年5月までに裁判員制度がスタートする。司法のプロに加え、一般市民が評決に加わることになり、メディアも対応を迫られている。日本新聞協会は1月16日に「裁判員制度開始にあたっての取材・報道指針」を公表した。しかし、それは指針というよりガイドラインで、各社の自主性に委ねるとの内容だ。日本雑誌協会などは見直し不要との見解(1月22日公表)を示すなど、メディアの足並みもそろっていない。

       裁判員制度で供述報道はどう変わる

  なぜメディアが対応を迫られているかというと、分かりやすく言えば、プロの裁判官と違って、評決に加わる一般市民はテレビや新聞の報道に引きずられる可能性があるとの懸念が司法側にあるからだ。踏み込んで言えば、容疑者や被告を犯人(有罪)と決めつける、いわゆる「犯人視報道」が裁判員に予断を与える恐れがあるというのだ。

  02年に政府の司法制度改革推進本部の「裁判員制度・刑事検討会」では、公正な裁判を妨げないために取材や報道規制を法律に盛り込むべきだとの論議がなされた。翌03年3月の司法制度改革推進本部の「たたき台」では、「裁判の公正を妨げる行為の禁止」が組み込まれ、「報道機関は裁判員に事件に関する偏見を生じせしめないように配慮しなければならいないものとする」とする「偏見報道禁止規定」が明記され、報道の自由への侵害に当たるなどと大きな問題となった。最終的に04年1月の政府骨格案「裁判員制度の概略について」では、偏見報道禁止規定は盛り込まれなかったが、裁判員への接触禁止規定と個人情報の保護規定が設けられ、04年5月、裁判員法は国会で可決・成立した。

  しかし、司法側の懸念を残しながら成立した法律だけに、メディア側も自主ルールを作成するなどの対応が求められた。冒頭の日本新聞協会が公表した裁判員制度に伴う取材・報道の在り方の確認事項は次の通り。

  ▽捜査段階の供述の報道にあたっては、供述とは、多くの場合、その一部が捜査当局や弁護士等を通じて間接的に伝えられるものであり、情報提供者の立場によって力点の置き方やニュアンスが異なること、時を追って変遷する例があることなどを念頭に、内容のすべてがそのまま真実であるとの印象を読者・視聴者に与えることのないよう記事の書き方等に十分配慮する。
 ▽被疑者の対人関係や成育歴等のプロフィルは、当該事件の本質や背景を理解するうえで必要な範囲内で報じる。前科・前歴については、これまで同様、慎重に取り扱う。
 ▽事件に関する識者のコメントや分析は、被疑者が犯人であるとの印象を読者・視聴者に植え付けることのないよう十分留意する。=日本新聞協会ホームページから=

  上記の3点事項を要約すると、供述やプロフィル、前科・前歴、識者の分析などを慎重に取り扱うように求めている。3点事項をもとに、今度は加盟各社が自主ルールをつくることになる。しかし、「ヘタにルールをつくって、取材現場が萎縮しては元も子もない」というのが新聞各社の本音だろう。典型的な例が、記者が「夜討ち朝駆け」で得た自供内容の取り扱い。捜査当局の取り調べ手法はまず自供を引き出すことにあり、この情報にいち早くメディアが接することでスクープ記事が生まれる。それをたとえば、「供述報道は犯人視報道とうけとられかねないので自粛する」とルール化すると、記者は夜討ち朝駆けの取材意欲を失う。特に社会部など取材現場は、警察(サツ)での取材を記者教育の基本と考えているので、「サツネタが取れなくなる自主ルールはジャーナリズムの自殺行為だ」と猛烈に反発するだろう。

 1980年代後半、新聞やテレビメディアは、それまでの被疑者の呼び捨てから容疑者や肩書呼称の報道へと改めた。推定無罪の原則に反すると司法側からの強い要請があったからだ。当時、呼び捨て報道を改めることで、随分と取材現場の意識が変わった、とは私自身の体験でもある。その後、プライバシーの尊重や、個人情報の保護といった司法の流れとある意味で同調しながら取材手法も徐々に変化してきた。

  しかし、供述報道は警察の取り調べ手法が自供である以上、変わらない。コインの表裏である。つまり、報道側だけが姿勢を改めるというのは無理があるのではないか。となると、自主ルールといっても、テレビ番組のお断りテップのように、記事の末尾に「自供に関しては裁判で覆される可能性もあります」の表現を入れるか、情報の出所を明記するなどの配慮が精いっぱいではないのか。

 ⇒11日(祝)夜・金沢の天気   はれ

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