自在コラム

⇒ 日常での観察や大学キャンパスでの見聞、環境や時事問題、メディアとネットの考察などを紹介する宇野文夫のコラム

★早春、トキの旅~中~

2008年02月05日 | ⇒トピック往来

 今回の中国・陝西省でのトキ調査の旅程でずっと考えていたのは、根絶やし(絶滅)させられるほどトキに罪はあったのかということである。本州最後の野生のトキがすんでいた能登半島ではドゥと呼ばれ、水田の稲を踏み荒らす「害鳥」とされてきた。ドゥとは「ドゥ、ドゥと追っ払う」という意味である。昭和30年代、地元の小学校の校長らがこれは国際保護鳥で、国指定の特別天然記念物のトキだと周囲に教え、仲間を募って保護活動を始めた。しかし、そのとき能登では10羽ほどに減っていた。

      哀愁ただよう鳴き声

  本当に害鳥だったのか。機中で読んでいた「コウノトリの贈り物~生物多様性農業と自然共生社会をデザインする」(地人書館・鷲谷いづみ編)によると、兵庫県豊岡市でもコウノトリはかつて「稲を踏み荒らす」とされ、追い払われる対象だった。ところが野生のコウノトリを県と市の職員が観察調査(05年5月)したところ、稲を踏む率は一歩あたり1.7%、60歩歩いて1株踏む確率だった。これを総合的に評価し、「これくらいだと周囲の稲が補うので、減収には結びつかない」としている。それが「害鳥」の烙印をいったん押され、言い伝えられるとイメージが先行してしまう。今回の中国のトキ調査でも同行した新潟大学の本間航介氏は「農村の閉塞状況の中でつくられた犠牲ではないか」(08年1月26日・シンポジウムでの発言)という。つまり、つらい農作業の中で、ストレスのはけ口の対象としてトキやコウノトリが存在したのではないか、との指摘である。

 そして、絶滅にいたる過程で指摘される「食鳥」としてのトキがいる。産後の滋養によいとされた。そして、簡単に捕獲された。能登の古老に聞いた話(07年12月)だと、2尺(60㌢)ほどの棒を、地面を歩くトキの頭上に投げる。ビュンビュンという棒の回転音を、トキは天敵の猛禽類(ワシやタカ)の襲来と勘違いして、草むらに逃げ込みジッと身を潜める。それを手で捕まえる。

  かつて東アジアの全域にいたとされるトキは水田を餌場としたがゆえに、追い払われ、食べられ、そして体内に蓄積した農薬(DDTなどの有機塩素系農薬など)で繁殖障害を起こし、日本では絶滅にいたる。

  中国で初めて生きたトキの姿を見たのは1月12日。この日は大雪で高速道路が閉鎖され、陝西省洋県に行く日程を変更して、西安市の中心から70㌔ほど離れた「珍稀野生動物救護飼養研究センター」に向かった。パンダやキンシコウ(「西遊記」のモデルとされるサル)など希少動物が集められ、飼育されている。ここにトキが250羽ほどケージで飼われている。

  ケージの中で、つつきあってじゃれている。これまで見てきた剥(はく)製ではない、動物らしい生きた姿がそこにあった。もう繁殖期に入ったのだろうか、頭の毛の一部が灰色になっている。「エサとなるドジョウは1羽あたり300㌘、数にして十数匹食べる」と、案内してくれたトキ管理課長の張軍風さんが説明した。

 初めて鳴き声を聞いた。クアァ、クアァとカラスの鳴き声より低い。山里に響く、幼いとき聞いたような、どこか哀愁を漂わせる鳴き声だった。(※写真は珍稀野生動物救護飼養研究センターのトキ)

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