先日(2月3、4日)このブログでも何度も取り上げているフィリピン・ルソン島のイフガオ棚田の研究者たちを招いたワークショップが能登空港ターミナルビルで開催された。主催はイフガオと能登半島の世界農業遺産(GIAHS)を通じた交流を企画運営する「イフガオGIAHS支援協議会」(金沢大学、県立大学、能登の9市町、県、佐渡市、オブザーバーとしてJICA北陸、北陸農政局)。双方の研究者を招いた国際ワークショップは今回で5回目となる。イフガオ側からの研究者の発言を聞いていて、ここ数年のある変化を感じた。
ワークショップの基調報告、大西秀之・同志社女子大学教授の講演は示唆に富んでいた。「生きている遺産としてのイフガオの棚田群:地域社会を基盤とする文化的景観保全の重要性」と題した講演の要旨は以下。
ルソン島のコルディリエラ山脈の2000㍍級の山岳地帯の少数民族はスペイン植民地時代を通して独自性を維持してきた。コルディリエラの棚田は「天国への階段」「世界の八番目の不思議」といわれる景観であり、1995年にユネスコ世界文化遺産に登録された。景観と伝統習慣はイフガオの先住民の知恵の中に持続可能性の鍵があり、まさに「生きている遺産(Living Heritage)」と言える。棚田の上から下に水を送る水路が張り巡らされ灌漑システムは人類の知恵である。しかし、市場経済との接合が加速し、現金収入を求める若年層の都市部への流出が止まらない。後継者不足による棚田の荒廃、全体の3割が休耕田と推測される。「経済か」「景観か」という単純な二者択一を迫る問いには限界があり、現地が無理なく持続的に行える取り組みが必要不可欠だろう。イフガオにはボトムアップ型の対応、つまり地域住民を中核とする合意形成がある。植民地ではなく、全ての民が棚田のオーナーとして田んぼづくりに関わってきた歴史を有するイフガオの民の知恵に期待したい。
大西秀教授が述べたように、歴史上で独自性を保ってきた山岳地帯の民である。日本人の多くは地域は少子高齢化で廃れると思い込んでいる。ところが、イフガオでは農業離れによる棚田の存続という問題をグローバル化(NGOとの連携など)をとおして、国境を越えて日本やアジアや中東、欧米と結ばれるネットワークをつくることで問題解決しようと外に向けて努力している。世界農業遺産をテーマとした能登との交流もその一環なのだ。それに参加する人たちは多様だ。性別、年齢、職業、学歴が異なる多様な地域住民の主体的な取り組みが特徴である。ボトムアップ型の対応、つまり地域住民を中核とする合意形成がしっかりしているとの印象だ。
ワークショップで発表した国立イフガオ大学の研究者が地域活性化策を述べた。イフガオで求められることは、「農場・製品デモ」「米酒製造の商品化」「先住民の住宅保全計画」を着実に進めることだ、と。イフガオで収穫される米は食糧としてだけではなく、自家醸造の「ライスワイン」として各家庭で消費されている。そのライスワインの品質と瓶詰の商品ラベルを統一して共同出荷すればイフガオのビジネスになり、すでにその動きが出ている。地域資源の活用が若者の農業離れにブレーキをかける可能性がある、と述べた。そのため 「労働力の開発」「能力構築」の仕組みづくり、プラットホームをつくることなど、「やることがいっぱいある」と研究者は熱く語った。
2014年に能登とイフガオの交流がJICA事業の一環としてスタートした。現地で人と会い、壮大な棚田を見上げて、「イフガオはいつまで持つのか」が第一印象だった。「ところがどっこい」である。女性たちがライスワインの共同販売を手掛けたり、若者たちが特産の黒ブタのブランド化に動いたりと、地域に根差したさまざまなアクティブな光景が目立つようになってきた。それも、トップダウン型ではなく、ボトムアップ型の動きなのである。イフガオの人々は「ボトムアップ民族」ではないかと考察している。
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