朝の日差しに目が覚めてスマホでニュースをチェックし始めたころ、グラッときた。気象庁の地震速報に画面を切り替える。「発生:6時50分ごろ 震央地名:石川県加賀地方 深さ:ごく浅い マグニチュード:2.7」と出ている。そして、震源とされる地図上で赤の✖印がついている場所は金沢の山沿いで割と自宅に近い。これを見て一瞬、「森本・富樫断層帯」のことを思い出した。金沢市内を南北に貫くこの断層は、今後30年以内の地震発生確率が2%から8%と、全国的にもリスクが高い(政府地震調査研修推進本部公式サイト)。今回の揺れが、断層と連動しているのか。寝起きの悪い朝になった。
アメリカを訪問中の岸田総理はバイデン大統領と会談した。メディア各社の報道によると、日米同盟を「未来のためのグローバル・パートナー」と位置づけ、防衛協力を深めるとともに、経済安全保障や宇宙など幅広い分野での連携強化を確認した。また、中国の動向をめぐっては、尖閣諸島を含めた東シナ海や南シナ海での力や威圧による一方的な現状変更の試みに強く反対することで意見が一致。さらに、アメリカの防衛義務を定めた日米安全保障条約第5条が、沖縄県の尖閣諸島に適用されることを再確認した(11日付・NHKニュースWeb版)。
いきなり不適切な表現かもしれないが、日米首脳会談がスムーズに運んだとされる背景には能登半島地震が貢献しているのではないだろうか。バイデン大統領は地震があった元日に岸田総理に見舞いの電報を送っている。「As close Allies, the United States and Japan share a deep bond of friendship that unites our people. (緊密な同盟国としてアメリカと日本は両国の国民を結びつける友情という深い絆を共有している)」、「 Our thoughts are with the Japanese people during this difficult time.(この困難な時期に、私たちの思いは日本の人々とともにある)」(※意訳、電報の出典は「ホワイト・ハウス」公式サイトより)
岸田総理はこの見舞い電報を受けたことについてお礼を述べ、外交交渉をスムーズに運びたかったに違いない。日本時間の10日、夕食会に先立ち、見舞い電報のお礼を込めて、輪島塗のコーヒーカップとボールペンをプレゼントした=写真・上、外務省公式サイトより=。
コーヒーカップにはバイデン夫妻の名前入り、青と黒のグラデーションが施されている。岸田総理は、被災した能登で創られている日本ではとても有名な「lacquerware(漆芸品)」と紹介し、被災した輪島塗の若手職人たちが今回のために特別に、100以上の工程を経て、心を込めて作製したと説明した(外務省公式サイト)。
岸田総理は2度、被災地を訪れている。一回目の1月14日はヘリコプターで上空から被災地の状況や道路など視察。避難所を訪れた。2回目の2月24日には輪島市で農業や漁業者、輪島塗の事業者らと車座で対話し、輪島塗販売店なども視察した。おそらく、このとき岸田総理はピンとひらめいたのだろう。4月の日米首脳会談で、バイデン大統領への手土産に輪島塗を持って行こう、と。(※写真・下は、輪島市での視察後の会見、総理官邸公式サイトより)
夕食会などで輪島塗のプレゼントで話が盛り上がって、日米の絆を互いが確認し合ったとすれば、能登半島地震と輪島塗が日米会談の成果に貢献したといえるのかもしれない。
⇒11日(木)夜・金沢の天気 はれ
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