(旧)東京で陶芸体験!陶芸教室/森魚工房(練馬区大泉学園)

↓こちらに引っ越しました。
https://blog.goo.ne.jp/forestfishfactory

飲酒運転

2006-09-14 23:16:44 | Weblog
酔っぱらい運転はぜったいに許さない!
ぼくも世論にのっかって断固として主張します。
車は便利だけど、扱いようによっては殺人兵器ともなりうるのです。
アルコールの回った前後不覚の状態でそんなおそろしい凶器をころがすなど、言語道断です。
アルコールは人間の判断能力をにぶらせ、運動神経にカセをはめます
ぼくは本日夕刻、駅前で少しばかり工房のチラシ配りをしたのですが、途中で中断して酒場に立ち寄り、ビールを一杯と焼酎ロックを三杯飲みました。
もちろん、アルコールによる人体への悪影響を立証するためです。
決してチラシ配りがめんどくさくなったとか、酒が恋しくなったとか、仕事を投げ出して愉快に過ごしたくなったとか、そういった俗悪な理由ではありません。
焼酎のボトルを入れたら3400円もかかってしまったけれど、その程度フトコロを痛めても、自分が人柱となって世間様のお役に立てるのなら安いものです。
さてそれからぼくは勇ましくも、そのアルコールに満たされたごきげんさんなからだを再び街に放ち、チラシ配りを再開するという実験を試みたのです。
案の定、足下はふらつき、口上はよどみ、嗅覚はにごり、視線は道ゆく女性の尻をさまよい、チラシを渡す手はもたつき、おかげで部数もはけず、散々な結果でした。
かくもアルコールはひとの感覚器をにぶらせます。
だから運転者の諸君、酒を飲んだら絶対に運転はしないでね。
あぶないったらない。
父親を交通事故で失った人間からのお願いです。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ソクラテス2世

2006-09-13 18:01:42 | Weblog
大作が完成しました。
「ソクラテス2世」号です。
最近は「おバカシーサー」というジャンルを開拓しようと、この手のものの制作にかかりきりです。
それにしても昨夜はびっくりしました。
完成したと思ったソクラテス2世が、無惨にもアゴを外していたからです。
彼の顔の皮膚は極めて薄いのですが、そこに大量のひげがぶら下がったものだから、下あごがそっくりそのまま落っこちてしまったのです。
夜中に泣きながら修復しましたよ、ええ。
だけど困難な外科手術の甲斐あって彼も見事よみがえり、おかげさまでこの勇姿です。
乾燥して素焼きをしたら、薪窯に入れて焼いてやろうと考えてます。
薪窯焼成は非常にやばい焚き方なので、彼のガラスのあごは耐えられないかもしれません。
でも成功すれば、大変な財産となることでしょう。
のるかそるか。
このギャンブルがあるから、陶芸はやめられないのです。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

報道ステーション

2006-09-12 22:42:26 | Weblog
報道ステーションで古館さんの向かって右側に座ってるおじさんは、いったい何をしてるんだろう?
いつ見ても何もしてないのだけれど。
いや、たまに話を振られると何かしゃべってはいるようだけど、内容がスカスカなので、ぼくは幽霊を見てるような感覚を覚えるのかもしれない。
何もしてないというよりは、働いてないと表現すべきかも。
彼が口を動かしてる時間は、天使になりかけてるおじいちゃんの話を聞くボランティアをしてるような心持ちになる。
「うんうん、はいはい、聞いてあげたよ」という。
あの紳士的で優しい笑顔に心はなごむものの、結局その話の中にはほんの少しの情報も含まれてないんだな。
まるで松井秀喜か谷亮子のインタビューのように判で押したような回答なのだ。
そんなものを聞かされるくらいなら、もっとお天気の市川さんにカメラを振ってほしい。
市川さんの天気予報には、放映時間一時間のうち45分間を割くべきだろう。
フジと朝日をまたいで、滝川クリステルと市川さんのコンビで一時間のニュース番組をつくったらいいのに。
それにしてもあのおじさんはほんとに必要なのかな・・・?
局内で力持ってんのかなあ・・・?(素朴な疑問)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

みちけわし

2006-09-12 19:16:18 | Weblog
お茶を点てるのはむずかしい。
薄茶(しゃばしゃばでカジュアルなお茶)ならなんとかごまかしがきくが、濃い茶(フォーマルで厳格なお茶)はマジで手に負えない。
茶碗に茶の粉をごっそり入れて、例の茶せんという竹製のホイッパーでドロドロ濃厚に練るんだけど、濃さがまったく指先に感知できない。
湯を入れるチャンスは二度だけ許されるものの、このヒシャクというやつがまた湯を落としづらくて一発勝負。
ほとんどカンに頼るしかない。
点ててしまったお茶は、問答無用に客の手元に運ばれる。
客はそれを飲み下すわけだが、茶の濃さがゆるすぎるとさらさらに流れてしまうし、濃すぎれば碗の底から落ちてこない。
ここ、というさじ加減がひどくむずかしい。
茶の手前は緊張張りつめた真剣勝負なんである。
何を茶ごときに、と思うかもしれない。
しかし考えてもみてほしい。
この一服の茶を点てるために、亭主は所要45分間を費やすのである。(オレがかかりすぎてる?)
客の眼前に道具を運び入れるところからはじまり、それを置き合わせ、清め、菓子を召し上がっていただき、茶を点て、振る舞い、また道具を清め、たたみ、運び出し、しかもそのすべての所作を舞踊のような美しさでおこなう。
その上に部屋や調度品のしつらえ、道具の準備、振る舞い物の支度、身づくろいなどをひっくるめると、茶席の前後にもとてつもない時間と労力を費やしている。
たかが一服の茶をおいしく召し上がっていただくために、ケンコンイッテキ、心を尽くすわけである。
だからその肝心かなめの茶の点て方を失敗したら・・・ひどくみじめな気分になることは想像に難くはなかろう。
それにしても茶一杯のためになんでこんな大仰なことをするんだろう?
それは・・・また別の機会に考えてみよう。(←その前に文章のまとめ方を考えとけ)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

茶道

2006-09-11 20:41:35 | Weblog
現代のサムライとなるべく、お茶の稽古に通ってます。
お茶の世界はすさまじく厳粛です。
四畳半の小宇宙は質素かつ清潔で、二日目の靴下をはいて踏み入ることなどもってのほかです。
都会の中に閉ざされたこの森閑とした空間。
その静けさに、ツバを飲み込むことさえはばかられます。
咳き込みやくしゃみも限界までガマンします。
ゲップも飲み込まなければならないし、歯の間に挟まったトウモロコシをせせるのもガマンせねばならないし、音もおろか、すかせば立ちこめること必至なので屁もこらえねばなりません。
足がしびれても「うああ・・・」とかうめいてはいけないし、おまんじゅうを食べても「あま~い」などと叫んではならないし、間抜けをしでかしても「許してちょんまげ」などとおどけることは許されません。
こんな窮屈な世界に、ぼくはなぜこんなにものめり込んでしまうのか?
その答えは・・・いつか考えてみたいと思います。(←その前にまとめ方を考えとけよ)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ものの価値

2006-09-11 12:11:23 | Weblog
工房には版画が大小二枚かざってあります。
小さいほうは、ぼくがある版画のグループ展を観にいったときに目にとまったもの。
ひどく粗雑な感じのエッチングで、へたと評価するより他に言いようがありませんでした。(左上写真)
だけどその画面の中で一カ所、ひどく心を突かれた点があって、どうしようもなく感じ入ってしまったのです。
「譲ってもらえませんか?」とたまたまその場にいた作者と交渉しました。
そのひとは花屋でバイトをしてるお嬢さんで、「ワタシの画なんて、恥ずかしいですわ」と謙遜でもなんでもなく真っ正直に言うド素人さん。
結局、あらためて刷り直したものを5000円で譲ってもらいました。
そして大きなほうも、同じく彼女の作品です。
件の購入から一年後に同じ版画のグループ展を観にいくと、また彼女の画が出品されてたのです。
再びそのヘタウマ世界観に衝撃を受けたオレは「今回も譲ってください」と交渉しました。
ところが彼女は、前年のグループ展から一年間の間に「北海道版画ビエンナーレ」で最高賞を受賞し、その後イタリアの「ボローニャ国際絵本展」でも賞を受け、いっぱしの作家様になってたのでした。
うれしいじゃありませんか。
自分は知らず知らずの間にひとりの作家を見いだしてたわけです。
彼女はそれでも前年とさして変わらない金額を提示してくれました。
額縁代のほうが高くついてしまいましたが、そういうものが工房にはかざってあります。
自作品の値、ということで思い出したのでした。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

エクスキューズ

2006-09-09 00:12:28 | Weblog
弁解になりますけど。
やっぱし誰にでも手に入れられる値段にはできないわけです。
あ、自作の陶芸作品の話ね。
材料費だけ頂戴すればそれで十分、というぼくは考え方の人間ですけど、やっぱ勝負作はそうもいかない。
作家ですし。
美大彫刻科を出て、マンガ家時代を経て、陶芸家になった、というぼくにだけしかつくりえないものをつくってる、という自負もあり。
100円ショップに並ぶ器と鋳込みの大量生産品の値段を見慣れたこの時代の人々の目には高価に映るかもしれませんが、ひとの手でつくられたものの価値というものを、どうか理解してほしいです。
しかしまあ本質的にいえば、もの自体に実は価値があるわけじゃなく、ひとの目が見た直感にこそ価値があるわけで、どんな高価なものもひとによっては無価値にも映るし、どんな安手のものでもそれに価値を認めれば何枚の諭吉を出しても惜しくない、ということになるわけですが。
つ意味もあり、ほんと自分の創作に値をつけるのは難しいことなのでした。
と言い訳しつつ、ビビっていきなりディスカウントしてる気弱な師範・・・
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

工房作品販売!

2006-09-07 23:38:14 | Weblog
ついに森魚工房で制作された作品がネットで購入できるようになりました。
といっても、工房ホームページに販売ページをくっつけただけですけど。
まあシンプルがいちばんですから。
これからいろいろ勉強して販路を拡大していきたいと思ってます。
ネット販売のウラ事情とか知ってるひと、いろいろと助言をお願いします。(なにしろな~んもしらんもんで、わし)
師範の創作物に興味のある方はとりあえずチェックして、ベラボーな値段に失笑してください。
http://moriwo-koubou.hp.infoseek.co.jp/
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

台風

2006-09-06 18:23:45 | Weblog
ハリケーンが太平洋東側から越境してくると「台風」になるなんて面白いね。
サントスが帰化して「三都主」になるようなもんだね。(全然違う?あ、そ)
台風は好きだな。
地表の汚れものを洗い流してくれるし、空気中の汚れものを風の中に絡み取ってってくれるし、台風一過にはすごく清潔な大地と空が残される。
一夜が明けた窓の外のすがすがしさに期待。
しかし・・・洗い流された地表の汚れものや、絡み取られた空気中の汚れものは、いったいどこに流れ着くんだろう・・・?
ぼくらの知らないどこかに、それは野積みにされてるんだろうか・・・?
そしてそこへいけば、風船おじさんも落っこちてるんだろうか?(知らない?風船おじさん)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

どうする?

2006-09-05 19:47:34 | Weblog
「アイフルのCMのお父さん役でおなじみの清水章吾さんがインタビューに伺いますので」
と、電話の向こうからそのひとは言うわけです。
「ぜひ森魚工房さんを取材させていただきたくてですね」
国際グラフという、「つまりアサヒグラフみたいな雑誌ですか?」とぼくは失敬千万にもそんな確認のしかたをしてしまったわけですが、つまりそんな感じの情報誌らしい。
「そうですそうです。首都圏の銀行さんなんかに置かせていただいてるので、そこに掲載されるとかなりの知名度アップにつながりますよ~」
なるほど、おいしそうな話。
聞けば聞くほどいいことづくめだ、わーい。
非常に饒舌な相手は、森魚工房さまのすばらしさをぜひ読者に知っていただきたいのでなにとぞ取材のご許可を頂戴できますれば恐悦至極に存じまするははー、とやみくもに腰低くかつ情熱的な物言い。
それにしても我が工房がそれほど雑誌編集部に気に入られてると知っては、悪い気などしようはずがない。
おだて上げられ、ほめたたえられ、師範有頂天。
だけどそんな調子ですばらしい話がいつまでたっても終わらないので、こっちからついに懸念の事項を切り出した。
「で、ぶっちゃけ、それって営業ですよね?」
「・・・ええ、まあ・・・」
敵はひるむが、さすがの二枚腰。
またいいことずくめの長ーい言い訳がはじまりそうだったので、話をさえぎり「で、ぶっちゃけいくらなんです?」と訊いてみた。
「・・・はちまんえんで・・・」
・・・残念ながらお断りしました。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする