遅いことは猫でもやる

まずは昔メールした内容をひっぱってきて練習...
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一気読み

2018-11-22 00:59:58 | 


鈴木るりか「さよなら、田中さん」小学館 2017年刊

14歳の中学生が書いた小説として巷で話題になった本。私も気になっていたので、どんなものかと手にとって読み始めて驚いた。5篇からなる連作短編集であるが、とても中学生とは思えない描写力、ストーリー展開だ。連作短編集と行っても、1編と言ってもいいくらいである。

主人公は小学6年生の女の子。ビンボーな母子家庭だが、佐賀のがばいばあちゃんのような、たくましく明るいお母さんと暮らす。毎日大食らいで過ごし、ジメジメしない。いろいろな小事件を前向きに、明るく、鮮やかに描いている。宣伝文句を読んでいなければ、立派な大人の作品だと言っても十分通用する作品だと思う。

母親、大家さん、フリーター、クラスメートなどをきちんと描き分けして紛れがない。決して幼稚ではない筆致だが、読みやすく5時間位で一気読みしてしまった。帯の紹介によれば、「12歳の文学賞」を3年連続大賞受賞したとあるが、たしかに力量ある作家である。勉強塾での授業について行けない場面の描写など、臨場感溢れて面白い。

最近読解力が衰えてきたので、14歳位が私の頭にはちょうど合っているのかもしれない。それは別にしても面白い才能の登場である。

技法の名手

2018-11-20 06:35:44 | 

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伊坂幸太郎「アイネクライネナハトムジーク」幻冬舎文庫 
2014年刊
題名はモーツアルトの作品であるが、それはさして重要な意味を持たない。日常のさざなみのような小さな気持ちの揺れを捉え、何気なくやり取りや駆け引きをしてゆく人の気持ちの動きを描く、この作家は小説家が天職と思える。

6篇の短編が連作のように微妙に繋がっている小品集であるが、それぞれがあんまり深くなく、それでいて雑でなく、ほどがよい。妻に突然出ていかれたサラリーマン、電話でしか話したことのない相手と恋をする美容師、元いじめっ子の女ボスと再会してしまったOL、5年に一度免許証更新のときに顔を合わせる男女、など颯爽としたヒーローとは無縁の登場人物が様々な関わりを見せる。

小さな波の中でヤキモキしたり安堵したり、(最後の作品は妙に臨場感があるが)とにかく良いようにもて遊ばれる事がわかっていても、なにか気持ちが良い。練達の師の手の中で遊ぶ剣道の稽古みたいな感がするが、それだけ作者の懐が深くなってきたということだろうか。



才能の無駄使い?

2018-11-12 00:56:40 | 


宿野かほる「ルビンの壺が割れた」新潮社 2017年刊

帯に第一位とあるが、なにの第一位なのかよくわからない。そしてこの著者はかなりの才能の持ち主だと受け取れるが、エンターテイメントだけに費やして欲しくないと思わせるほど、もったいない内容である。

物語は、結婚式当日忽然と姿を消した相手と思われる人物とフェイスブック上で再会、メールのやりとりという形で進む。はじめのうちは手探りで確認しあい、少しずつお互いの境遇、心情に近づいてゆく。その距離感の描き方が微妙でよく練られている。

お互い演劇の道で知り合い、大学の演劇部で演出、監督と女優という間柄で関係を深めていく。その時代の思い出や、お互いの関係、など心の襞に分け入るようなメールのやりとりだが、まだるっこい私小説風である。それが最後の40ページ位からストーリーは急展開を見せる。男の遍歴、女の遍歴どちらもドロドロしたものを抱えており、ぺーじをめくった最後の一行(太字で書いてある)を叩きつけるようにして終わる。この終わり方もテクニシャンだと感じさせる。

それなりに面白いのだが、やはり小説の枠内の遊びのような趣だ。これだけの才能があるのだから、人生について真正面から取り組んだら、かなりの著作が出現するのではないかと期待できそうだ。表紙カバーの裏に読者の感想を印刷してあるのも、試みとして面白い。

悲劇の確認

2018-11-04 06:21:20 | 


横山秀夫「出口のない海」講談社文庫 2004年刊

社会派サスペンス作家が手がける戦争青春小説(というジャンルがあるかどうか不明だが)である。同じような設定で神風特攻隊で出征した、確か巨人軍の投手を描いた小説があったような記憶(映像化もされた)がおぼろげながらある。

本書はやはり大学野球選手をモデルに、人間魚雷回天に搭乗し華々しくとは決して言えない状況で、理不尽にも命を散らす人間をかなり綿密に描く。知覧の特攻記念館?で数々の遺書を読んだが、その一つ一つにこうした物語が付随していることなのだろう。

個人の命を捨てるという葛藤と、軍隊、或いは軍国主義社会の組織的な有形無形の圧力をかなりバランスよく描写している。この著者のこうした社会性が私は好きだが、翻って現代をみると、国民会議を代表とする右翼は安倍首相を筆頭として自民党の幹部を動かし、戦前の軍部優先社会の再現を図ろうとしている。

そのことを考えると決してこの小説が二番煎じではなく、何度でも警告を鳴らす役目を果たしてもらいたいと思う。小説という体裁を取るため、どうしても情緒的に流れる部分があるが、それを最小限におさえて、人間として生きる意味、死ぬ意味、湧き上がる恋心、野球に対する情熱、周りの人間との関わり、などを的確に描ききっている。佳作と言うべきだろう。

テーマは壮大、内容は?

2018-10-18 04:32:28 | 



有森隆「巨大倒産」さくら舎 2017年刊

タカタ、シャープ、そごう、ミサワホーム、安宅産業、大昭和製紙など、我々がよく知る一世を風靡した会社が、いずれも倒産、解体へと追い込まれた。その原因、背景を探るという、壮大なテーマに取り組んだ作品。ただ結論はいずれも経営トップの采配の仕方がおかしかった、というもので、そこから先がみえない。何故おかしくなったのか、どこで市場から見放されたのか、という切り込んだ分析がされていないので、外から見た評論家の評論の域を出ていないような気がする。

それにしてもあれだけのシェアーを誇った企業が、一朝にして崩壊するというのは恐ろしい。企業は外部の影響より、内部崩壊のほうが深刻だということはよくわかった。日本人の組織性、或いは忖度がこれらのことに一層拍車をかける。それと、外部の好況に支えられた成功体験が、邪魔をして外部環境が変わっても変化しないという、感受性の悪さもその一因だということも、概ね言えるのではないか。

トヨタの歴代社長、渡辺、張、章男氏などが、末端の社員の驕りを戒める発言を就任早々に発しているのを見ると、これらのトップは、本能的に防御姿勢をとっているのかもしれない。

この本は、トップの重要性、謙虚な姿勢、変化を受け止める感受性など、企業組織を引っ張ってゆくには、独創性、カリスマ性などに加えてこんな面も大事なことを教えてくれた。

逢魔が刻

2018-10-06 11:54:27 | 


宮部みゆき「幻色江戸ごよみ」新潮文庫

題名から分かるように、江戸時代を舞台にちょっとした怪奇現象を絡ませ、人間の恨み、怨念などを描いた作品である。

人間は昼から夜へと移行するとき(これを逢魔が時とよぶそうだが)様々な思いを刻むものであるが、ここでは人情ホラーとも言うべき分野で、色濃く人の思いを丹念に拾ってゆく。女性作家ならではの粘っこい描写が、それほどのアクを感じさせずに展開する。

12篇からなる、短編集であるが、それぞれ題材が違い面白く読め、飽きさせない。
いわゆる私小説の分野かもしれないが、人間の業の深さ、生き方についていろいろ示唆してくれる。小説らしい小説に出会った。

一陣の爽やかな風

2018-09-26 01:29:47 | 


望月衣塑子「新聞記者」角川新書 2017年刊

菅官房長官の官邸記者会見で、執拗に質問をすることで、脚光を浴びた東京新聞の女性記者の自叙伝である。

若い頃は母から影響を受け、業界紙の記者をしていた父には微かな憧憬を覚えた青春時代を過ごし、演劇に夢中の時を過ごした。そんな彼女が慶応に進学し、オーストラリアに留学したが、大手新聞社には学科で落ち続け、やっと東京新聞に入社した。

いくつかの職場を経験して、千葉支局現場に配属され、記者仲間や上司から記者魂を叩き込まれる。そこからも紆余曲折を経て、新聞記者としてのキャリアを積む。他社からの転職オファーも受けるが、「読売だけは嫌なんだ」という父の一言で東京新聞に残ることにする。現場で感じていた恵まれた環境と、それを動かす得体の知れない空気を父親は表現したのだろうが、それをフォローした東京新聞の上司の懐の広さを感じさせるエピソードである。  

そして官邸の記者会見の様子になってゆくのだが、記者クラブ自体が、官邸の意を実現するような体質に変化している状況がくっきりと描かれている。その中で奮闘する著者とわずかに現れた、同志とも言うべき記者仲間とともに、ジャーナリストとしての姿勢を貫こうとしている。

イデオロギーを背景に大上段に振りかぶった語り口ではなく、女性らしい繊細な事実に基づいた、語り口が爽やかで好感が持てる。そんな気持ちにさせる好書である。


中国哲学者の繰り言

2018-09-21 12:13:27 | 


加地伸行「マスコミ偽善者列伝」飛鳥新社 2018年刊

新聞広告に大きく載っていて、ちょっと気にしていた本だったが、先日刈谷から来た畏友に居酒屋で「これ読んでしまったからよかったらどうぞ」と手渡された。

中身は推測どおり、左翼的な言動をしている諸氏(中には鈴木邦男氏のような右翼もいるが)について具体的に、反論や指摘をしている。具体的であるがゆえにやや枝葉末節に流れるところもあるが、とにあれ具体的であるので検証がしやすい。

これに比べ攻撃対象としている諸氏の言説は抽象的、観念的なものが多いので、根拠に乏しいものが多い事がよく分かる。まあしかし概ね世の中を憂うる批判的な左翼論者に対して、逆に「しょうもないこと言いおって」とつぶやくご隠居さんの言質といったところか。

ところが最後に「宗教と儀礼と」あるいは終章「老生の立場について」は俄然説得力が増してくる。私自身、一神教と多神教、アニミズム、シャーマニズムの関係の整理、はついてなかったし理解もできてなかった。この講演録では、そこのところを解りやすく説明されている。ここだけでも価値のある本である。

職人の生き方

2018-09-08 09:02:38 | 


朝井まかて「ちゃんちゃら」講談社文庫 2010年刊

このところ気に入っているまかての時代小説である。前書「すかたん」は大阪商家に入った武家の嫁が、そこの御寮さんに厳しく躾けられる物語であるが、今度は元浮浪児が庭師に弟子入りしての話である。著者の本分は活劇の描写ではなく、日常の生活でのやり取りであるのでその辺はあまり触れないでおいて、職人の親方の描写が素晴らしい。

いかにもありそうな生活ぶりと考え方である。この親方自身が修行した京都の庭師の家で覇を競った若い弟子が、別派をなしてライバルとして現れる。その強引なやり口と争いに巻き込まれてゆく主人公の意地と葛藤がこの小説の大きなテーマである。

主人公の友人との淡い恋の鞘当て、尼僧の毅然たる生き方など、読みどころはいろいろあるが、いつもながらその現場にいるような筆力に楽しませていただいた。庭師の世界もかなり深く取材しないと薄っぺらくなってしまう。作家も随分勉強されたのだろうとそんなところにも感心した。

いわゆる文化人の随筆

2018-09-01 08:26:20 | 


玉村豊男「晴耕雨読ときどきワイン」中公文庫1993年刊

軽井沢に移住し、さらに東部町に移って、ぶどうの栽培に専念すると言った理想的な農業との関わりを持った著者の随筆集。「旅の手帖」の連載だけあって、軽く、読みやすく、内容も軽井沢生活、外国旅行など洒落たものが多い。

原稿書きと、農作物栽培、知人との交流などほぼ理想的な生活を展開している。彼の良いところは自分で料理もし、畑も耕す。夫人を扶け、自分の仕事も疎かにしない。頭でっかちの文化人ではなく、ワイン好きの実践家である。

こんな生活が出来るのならば、理想的である。