山本周五郎「さぶ」新潮文庫
傑作である。周五郎作品の特徴、ちょっと癖のある登場人物が人生を全うしてゆく姿を描く。
この作品は題名の「さぶ」に焦点を当てるというより、相棒の栄二を描きながらさぶの生き方を浮き上がらせるという手法を使っている。本来著者が描かない、男前で、賢く,喧嘩にも強いという人物が、無実の罪に問われ、人足寄場に放り込まれてて色々な経験をする中で、視野が広がり、寛容になってゆくという過程を描いている。登場人物の性格、行動描写が的確で流石と思わせる。
人間の弱さと強さを描き分け、地道に努力し続ける事が最終的には実を結ぶ、という先に読んだ「ながい坂」と同じ生き方を主張している。勿論単純なお説教ではなく、色々な癖のある登場人物が交差してストーリーを盛り上げる。この物語は何故かリズムの良さを感じさせ、ワクワクさせるような筋の運びである。
不器用な人間が、迷うことなく己の持ち分を全うしてゆくことを、応援してくれるような、著者の暖かさを感じた。
著者の山本周五郎自身が狷介な性格だ、と巻末の解説に記されているが、登場人物の的確な人物描写はそんな性格から生み出されたのであろうか。
お薦めの一冊である。