唐松林の中に小屋を建て、晴れた日には畑を耕し雨の日にはセロを弾いて暮したい、そんな郷秋<Gauche>の気ままな独り言。
郷秋<Gauche>の独り言
日本の人口、減少へ
今日のニュースの中にこんな見出しをみつけた。
「05年、初の人口減の可能性 厚労省の人口動態速報」
少子化に加え、インフルエンザの流行が影響で今年上半期の人口が31,034人減少し、下半期もこの傾向が続けば予測よりも2年早く「人口減少時代」に突入するというのだ。
人口減少、いいじゃないか。大体日本は狭い国土に人口が多すぎる。狭い住宅、長時間通勤、自然環境の破壊・悪化など、特に大都市部で深刻な住環境の悪化の主原因は多すぎる人口だ。そして首都圏や阪神地区など特定の場所に集中しすぎていることもそれを助長している。人が住むのに適した土地が少ないのが日本の地勢的特徴なので仕方がないとは言え、やっぱり人が多すぎる。
人口減少時代に入ると産業が活力を失い世界的競争力がなくなるとか、多数の高齢者を支えきれなくなると言われるけれど、人口が1億人を越すようになったのは日本の長い歴史から見れば、つい最近のことなのである。
弥生時代にわずか59万人だった日本の人口は、約1,000年かけて700万人になる。鎌倉時代のことだ。それから江戸時代に至る400年で倍増して1,300万人。その後の250年では2.5倍となり、明治維新の頃には3,330万人というのが日本の人口だ。
その後がすごい。第二次世界大戦当時には8,400万人に達しているから明治維新後のわずか70年で2.5倍、更に65年後には1.5倍の1億2,700万人になっている。これが今の人口だ。先のニュースによれば遅くも来年からは減少に転じて100年後には半減の6,500万人程度になることが見込まれているという。
いったいぜんたい、この地球という星で養える人の数はどれほどなのか、日本の国土でゆとりを持って生活できる人の数はどのくらいなのか。勿論どんな生活をするのかによって大きく変わってくるだろう。例えば1人1台ずつクルマを持つことを前提にするのか(現在だな)、自分の足だけで移動できる範囲での生活を前提にするのか(江戸時代だ)。
例えば100年後、今の半分の人口になったとしたら、家の広さは今の倍に、あるいは通勤時間が半分になるのか。通勤時間が半分になったとしても、電車の本数も半分になるんだろうな。住宅や工場や道路であった場所を、200年前がそうであったように森に戻すのか。クヌギやコナラなら20年で立派な森になる。
裏山のクヌギの木を切って焼いた炭を燃料にしたり、自分で作った米や野菜で生活することは出来ないかも知れないけれど、今よりはもう少し自然に近づいた生活が出来るようになるんじゃないかな。そうすれ精神的にももっともっと豊かな生活が出来るようになるだろう。
そこに至る過程では随分と克服しなければならない問題も多いだろうけれど、過去2000年の日本の歴史を振りかえれば、ここ150年の間に起きた急激な人口増加こそが異常な事態であったことがわかる。
急激に増加したからいろいろな問題が起こった。これからは急激な減少が始まるからいろいろな問題が起こる。でも人間らしい生活を取り戻すために必要なプロセスだと思って相違と工夫で乗り切っていかなくちゃね。人口急増期に生きた人たちだって、随分と工夫と努力をしながら生きてきたんだから。
人口の超長期推移のデータはこちらでご覧いただけます。
今日の1枚は、夏の森の主役のひとり、蝉。[ 撮影:なるせの森 ]
「05年、初の人口減の可能性 厚労省の人口動態速報」
少子化に加え、インフルエンザの流行が影響で今年上半期の人口が31,034人減少し、下半期もこの傾向が続けば予測よりも2年早く「人口減少時代」に突入するというのだ。
人口減少、いいじゃないか。大体日本は狭い国土に人口が多すぎる。狭い住宅、長時間通勤、自然環境の破壊・悪化など、特に大都市部で深刻な住環境の悪化の主原因は多すぎる人口だ。そして首都圏や阪神地区など特定の場所に集中しすぎていることもそれを助長している。人が住むのに適した土地が少ないのが日本の地勢的特徴なので仕方がないとは言え、やっぱり人が多すぎる。
人口減少時代に入ると産業が活力を失い世界的競争力がなくなるとか、多数の高齢者を支えきれなくなると言われるけれど、人口が1億人を越すようになったのは日本の長い歴史から見れば、つい最近のことなのである。
弥生時代にわずか59万人だった日本の人口は、約1,000年かけて700万人になる。鎌倉時代のことだ。それから江戸時代に至る400年で倍増して1,300万人。その後の250年では2.5倍となり、明治維新の頃には3,330万人というのが日本の人口だ。
その後がすごい。第二次世界大戦当時には8,400万人に達しているから明治維新後のわずか70年で2.5倍、更に65年後には1.5倍の1億2,700万人になっている。これが今の人口だ。先のニュースによれば遅くも来年からは減少に転じて100年後には半減の6,500万人程度になることが見込まれているという。
いったいぜんたい、この地球という星で養える人の数はどれほどなのか、日本の国土でゆとりを持って生活できる人の数はどのくらいなのか。勿論どんな生活をするのかによって大きく変わってくるだろう。例えば1人1台ずつクルマを持つことを前提にするのか(現在だな)、自分の足だけで移動できる範囲での生活を前提にするのか(江戸時代だ)。
例えば100年後、今の半分の人口になったとしたら、家の広さは今の倍に、あるいは通勤時間が半分になるのか。通勤時間が半分になったとしても、電車の本数も半分になるんだろうな。住宅や工場や道路であった場所を、200年前がそうであったように森に戻すのか。クヌギやコナラなら20年で立派な森になる。
裏山のクヌギの木を切って焼いた炭を燃料にしたり、自分で作った米や野菜で生活することは出来ないかも知れないけれど、今よりはもう少し自然に近づいた生活が出来るようになるんじゃないかな。そうすれ精神的にももっともっと豊かな生活が出来るようになるだろう。
そこに至る過程では随分と克服しなければならない問題も多いだろうけれど、過去2000年の日本の歴史を振りかえれば、ここ150年の間に起きた急激な人口増加こそが異常な事態であったことがわかる。
急激に増加したからいろいろな問題が起こった。これからは急激な減少が始まるからいろいろな問題が起こる。でも人間らしい生活を取り戻すために必要なプロセスだと思って相違と工夫で乗り切っていかなくちゃね。人口急増期に生きた人たちだって、随分と工夫と努力をしながら生きてきたんだから。
人口の超長期推移のデータはこちらでご覧いただけます。
今日の1枚は、夏の森の主役のひとり、蝉。[ 撮影:なるせの森 ]
コメント ( 8 ) | Trackback ( )