万年筆

 今日の日本経済新聞に万年筆の広告が載っていた。全二段の細長い広告だが、書類も手紙もワープロで書くものになって久しいいま、妙に新鮮であった。

  座右の、銘品。
  万年筆を手にすると、
  気持ちが和らいでいく。
  文字に託して、
  過ぎ去った日々を綴ろうか、
  果てしない未来を夢みようか。
  いつも私のそばには、
  しずかに語りあえる万年筆がある。
  得がたい旧友。
  パイロット・カスタム

 このコピーが上出来であるかどうかはともかくとして「万年筆を手にすると、気持ちが和らいでいく。」の件には共感を覚える。郷秋<Gauche>の書く文字は至って個性的と云えば聞こえは良いが、要するに悪筆である。それでも手で書くことは好きで、鉛筆も使えば万年筆も使うが、鉛筆や万年筆から生まれる文字は刺々しい言葉を語らないから不思議である。「万年筆を手にすると、気持ちが和らいでいく。」からであろうか。


 計らずも郷秋<Gauche>は広告されていたのと同じ万年筆を使っている。しかも、手帳、手紙、宛名など書くものによって使い分けるために細、中、中太、太と四本も持っている。これで達筆であれば、達筆とまではいかずも人並みの文字が書ければ云うことはないのだが・・・。
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