唐松林の中に小屋を建て、晴れた日には畑を耕し雨の日にはセロを弾いて暮したい、そんな郷秋の気ままな独り言。
郷秋<Gauche>の独り言
もうクリスマス?!
昨日の神奈川新聞に、みなとみらいのクイーンズスクエア横浜で、クリスマスツリーの点灯式が行われたとの記事が出ていた。ハロウィンが終わるともうすぐにクリスマスとは、まったくもって商魂たくましい事であるが、今年は「震災被災者へ哀悼の意を表するとともに、希望の光を送りたいとの願いが込められている」のだとか。「震災被災者の冥福を祈る」とされなくて良かった。
それはそれとして、毎年書いているので「耳タコ」の方もおられるかも知れないが、今年もしつこく書いておきたい。それは、クリスマスがいつからかと云う話である。今年のクリスマス、正確には待降節は、11月27日から始まる。クリスマス、つまりイエス・キリスト誕生を祝う日は12月25日と定められているが、クリスマスが始まる日は、その年のカレンダーによって異なるので、ちょっと判りづらい。実はこういう具合になっている。
12月25日の直近の日曜日がアドベント第4主日と呼ばれ、一週間遡るごとに第3主日、第2主日で、更にもう一週間前の日曜日がアドベント第1主日で、今年のカレンダーで云えば、11月27日がこの日となる。今年のクリスマスが日曜日であることから、今年は一番早くクリスマスが始まる年となっている。ちなみに来年は25日が火曜日となるため、クリスマスの始まり、つまりアドベント第1主日は12月2日となる。
それにしても、キリスト教国でもない日本で(キリスト教徒は1%未満であると云われている)、これほどクリスマス、クリスマスと騒がれるのは、まったく不思議である。同様に不思議なのは、京都のお寺さんでは子女、特にお嬢さんを、ミッションスクール(当然、キリスト教のと云う意味だ)に進学されるのが流行っていると云うこと。それが自慢の種になるのだと聞いたこがある。
多くの日本人は生まれると神社に御宮参り、年末にはお寺さんで除夜の鐘を撞きその足で神社に初詣。春秋の彼岸には墓参りをし、クリスマスを盛大に「祝い」、葬式は当然のように仏式と、実に多種多様な宗教的行動をしている。イスラム教やヒンドゥー教の教義や行事が日本の文化の中に取り入れられている気配がないのが不思議な程の、多様なそして豊かな宗教生活を営んでいるのに、それでいて自分は「無宗教」だと主張する。
多様で豊かな宗教文化の中に身を置いているのにも関わらず、自らは無宗教であると主張する、事ほど左様に日本人の宗教観は実に複雑なのである。世界中の宗教学者、民族学者、比較文化学者がこぞって日本と日本人をその研究対象としても良さそうな程なのだが、その成果の論文やら著書を見聞きしたことが無いのは、そのような研究がなされていないと云う事なのか、それとも知らないのは郷秋<Gauche>だけなのだろうか。
例によって記事本本とは何の関係もない今日の一枚は、東京都下某所のイベントで、ジャズとボサノバを演奏していたバンド。なかなか良い歌と演奏だったけれど、時間が無かったこともあり、一体全体何様なのかを聞きそびれたのは残念。