唐松林の中に小屋を建て、晴れた日には畑を耕し雨の日にはセロを弾いて暮したい、そんな郷秋<Gauche>の気ままな独り言。
郷秋<Gauche>の独り言
トヨタ・クラウンは同級生
愛すべき神奈川新聞の一面の下の方に、「きょうの歴史」と云うタイトルの囲み記事が毎日掲載されている。何十年か何百年か前の同じ日の出来事を紹介するコーナーなのだが、その「きょうの歴史」によれば、60年前の今日、トヨタから初代クラウンが発表されたとの事。と云う事は、郷秋<Gauche>とトヨタ・クラウンは同級生と云う事になる。しかしまぁ、郷秋<Gauche>がクラウンを評するならば、「余りにも性格が違い過ぎ親近感が持てずに、二年間同じクラスにいたのに一度も話しをしたことの無かった同級生」とでも云えば良いだろうか。
ところで神奈川新聞の件の記事に、「車輪の一つ一つが別々に上下動し、車体の振動を和らげるなど(以下省略)」と、あたかも四輪独立懸架であるかのような記述があったので念のために手元の資料を確認してみたけれど、やはり後輪は縦置半楕円リーフスプリングによる左右固定の懸架方式である。あるいはクラウン以前の、ほとんどトラック同然の後輪懸架と比べるれば格段に乗り心地が良くなったと云いたかったのかも知れないが、「車輪の一つ一つが別々に上下動」するのは四輪独立懸架の導入を待たなければならないはずである。
と云う訳で今日の一枚は、上記記事の根拠とした1955年に登場した初代クラウンに関する資料(自動車アーカイヴ vol.1 60年代の日本/アメリカ車篇 二玄社 2000年2月15日発行)。 ちなみクラウンは、1962年に二代目に移行するが、ホンダS800とスバル1000が1966年、トヨタ2000GT、ダットサンブルーバート(510)、マツダコスモ・スポーツが1967年、フェラレディZが1969年の登場であったことを思うと、初代クラウン登場の1955年は日本の自動車史の中では「有史前」と云う事ができるのだろうな。