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まほろ界隈逍遥生々流転日乗記

寺家回廊めぐり

2021年11月04日 | 美術

   神無月晩秋のおわり、横浜郊外の寺家ふるさと村を訪ねた。自宅からは車で30分ほどの距離にある雑木林と田園が保全されて、希少な里山の営みが広がる地域だ。ここで活動する複数の工芸&アート作家たちの作品がアトリエとともに公開される「寺家回廊」は、今年でもう十五回目。参加する作家たちの十五の拠点を歩いて巡る。

 まずは、作業所を改装して作られた「JIKE STUDIO」へ。駐車場に車を止めさせてもらって、開催中の絵本『やとのいえ』原画展をみる。精緻に描かれた画と文は八尾慶二という方で、相模原市橋本の出身だ。おそらく多摩ニュータウンあたりの谷戸にある江戸時代からの民家らしく、その周辺の里山風景の150年にわたるうつりかわりを丹念に描いている。茅葺の民家の前には、八体の地蔵様が鎮座していて、あたりが開発の波にもまれても大きく変化してもその佇まいを変えずに見守っている。
 ギャラリーに併設されたカフェで少し早めのワンプレートのランチタイム、もう店内は込み始めている。東側に取られた横長の窓からは柿生から鉄町方面の丘陵が望めて、目の前には大きな柿の木と畑、点在する民家、すこし遠くに幹線道路に沿っての住宅や商店など。視線がさえぎられることなく180度の視野に広がってのびている。

 カフェを出たすぐ先の畑の手前の角地で、銀色に塗られた少女像と赤いトレンチのようなものを規則的に打ち込んで並べたアート作品が目に入る。すこし遠目には花畑に立つ少女の祈りの姿に見えなくもない。傍らに作者らしき若い男性が傘をさして控えていて、ちかくの横浜美術大学で彫刻を教えている教員だった。ここへの来場者の反応が知りたいようで、学生の関心はいまひとつと話していたが勿体ない!
 その先の坂をすこし上がったNAKAHARA家具工房でもアトリエが公開されている。材料を吟味して丁寧に作られた椅子やテーブルと陶製オブジェの共同展示がされる小さな気持ちの良い空間。プロフィールを読むと、この家具作家の父親は、建築家奥村昭雄や吉村順三とつながるひとで、その影響を息子として幼少のころから少なからず受けているそうだ。陶製オブジェ作者でまん丸メガネの中野滋氏もその系譜らしく、小さないくつかの作品は中世の教会にあるような宗教的雰囲気を纏ったものたっだ。

 路を引き返し、少し歩いて居谷戸池のさきにあるもう一軒の家具工房へ。「ハーフムーン・ファニチャー」と名付けられた、本格的な展示ギャラリーが付属している。こちらは小栗崇&久美子による一枚板のテーブルや調度品など素材の良さを生かしたモノづくり。入り口に参考展示してあるコンパクトな移動式理髪椅子と、鏡台ほか用具入れ棚も同じ家具作家のもので、しっかりした造りの組み合わせが面白い。
 家具類と一緒に展示しているのは、若い女性木彫作家宮崎みどりさんという方で、やわらかくやさしい印象の小さな作品が置かれていた。家具も彫刻も木から作られていることもあって、この空間と家具の雰囲気によくマッチしている。

 最後に比較的新しく天井のある倉庫空間を改装して作られた「JIKE RABORORY」を覗く。以前にも拝見したことのある澤岡泰子さんの木のリトグラフ作品と息子の織里部さんの陶芸作品。澤岡さんからお話を伺うと、この寺家にアート&クラフト作家が集積する“はしり”となった方らしいとわかる。藍色と黒が基調の架空の花を描いた作品群と版木の対比がおもしろく、連作ならではの迫力がある。
 息子の織里部さんの白磁は、おもに藍色を使ったシンプルな絵付け。自然の草花もあるが、数年前に大津に工房を移されてからは、幾何学模様の器も制作している。坂本にもちかく京阪電車沿線にある工房は、住宅地のなかにあるそうだが、琵琶湖畔まで一キロあまり、眺めの良いところだと話していた。愛知芸大の出身で関西から関東までフットワーク良く活動しているのがうらやましい。当然ながら、陶芸をやっていて“織里部”の名目はすぐに話題になるし、印象に残るだろう。ご本人によると小さいころは、時代劇みたいな名前でからかわれたこともあったが、いまは職業上プラスに働くことも多いから、慣れもあってまんざらでもなさそうな素振り。

 いろいろとそんな話を伺っていると、久しぶりにまた琵琶湖まで足を延してみたい気持ちがムクムクと募ってきた。とにかく別名“淡海“と呼ばれるくらいの対岸がみえない広大さである。その湖岸道路を一周ドライブして回るのはこの上なく気持ちが晴れ晴れするそうだ。
 佐川美術館の茶室から湖面を眺めたあと琵琶湖大橋をわたり、湖岸道路を走り坂本まで行って、そこからケーブルで比叡山頂まで上がっていて、大きな湖を俯瞰できることを想像してみる。それはどんなに爽快なことだろうか。(2021.11.4)