日々礼讃日日是好日!

まほろ界隈逍遥生々流転日乗記

三溪園 夏の気配

2015年05月26日 | 日記
 初夏の気配を確かめたくなって、横浜は本牧の三溪園へ出かけることにした。そこで開催されている「日本の夏じたく」と題された陶芸・染色・織物・工芸や骨董品などの展示会の案内をいただき、それに合わせて久しぶりの原三渓旧居と日本庭園へ、いざ行かん。

 本牧大通りから、桜道と呼ばれる閑静な住宅街を百メートルほど歩いた少し先の正門をぬけると、大池の向こうのこんもりした丘のうえに建つ、旧燈明寺三重塔が変わらぬ佇まいで迎えて入れてくれる。京都木津川から大正時代に移築された室町時代の建物だ。ここからの眺望は一幅の掛け軸のようであり、三溪園を象徴する風景だ。池のほとりには花菖蒲の植え込みがあり、紫色の花がほんの数厘ほころび始めていた。そのみずみずしい様子に、初夏へのうつりかわりが感じられる。

 大池のほとりを旧燈明寺本堂へと向かう。この本堂がさきの三重塔に遅れること七十三年後に移築されたことで、園内における歴史的建造物の現在にいたる全体配置が完成したことになる。本堂内では、江戸型染新作展がひらかれている。階段をあがって正面に吊られた布地に墨跡された「小倉充子型染展」案内が掲げられていて、その背後には大きな器に投げ入れられた生け花と、伝統を基調として鮮やかに染め上げられた紋様の麻や綿の生地が、小袖に仕立てあげられる前の状態のまま天上から吊下げられていて、そよそよと新緑を吹き渡ってくる風に時折、左右前後に揺られている。
 その作品につけられた「流水春告鳥」「流水蓮之図」「芽吹柳」「雪暮夜」「軽業珍禽獣」「すっとこどっこい」などという題を連ねるだけで、周囲の情景と描かれた題材が浮かびだしてくるかのよう。さらに奥まった畳敷きの空間には、茶室用の麻布製几帳がしつらえてある。描かれた題材は以前、大津絵でも見たことがある「雷公の太鼓釣」で、太鼓をうっかり落としてしまった雷神が慌てて雲上から釣針を垂らしている愉快な場面。ここでは見上げた天井位置に雷神が隠れていて、地上の川にむかって降ろされた釣り糸は、正面背後に垂らされた面に描かれているのが、何とも“粋”で気が利いている。

 しばしタイムスリップしたあとに、すぐ隣の茶屋“待春軒”でお昼をいただいてひと休みしたあとは、大池周辺から睡蓮池を歩いて、原三渓の住まいであった鶴翔閣、白雲邸と見て回り、いよいよ内苑へと進む。視覚が開けた芝生広場のさきには池に望んで数寄屋風書院造の優美な姿の臨春閣が見えてくる。紀州徳川家の別荘が移築されたものだ。ここの前に立つと、いつも三溪園が横浜随一、そして日本有数の名勝のひとつであることを実感する。
 池の正面から建物全景を右手に見て、その先の渓流へと登っていき、もうひとつの特色ある建築、聴秋閣まで進む。ここはその名の通り渓谷美の紅葉の時期がいいけれども、新緑のいまも捨てがたい。二階の塔屋部屋の意匠がおもしろく印象に残る。ここまでに至る建物の配置構成はとても素晴らしく、巡るままに日本建築の優れた伝統美を体感させてくれる。


池のむこうに臨春閣を望む。周囲と調和が素晴らしく、別名「東の桂離宮」。

 鶴翔閣の入口前で剪定実習中の専門学校生たち、今風にはガーデンデザイナーか。

(2015.05.25初校、05.26改定)

慈しみ緑庵茶席

2015年05月15日 | 日記
 この季節、とくに午前中は薫風さわやかで新緑がまぶしい。先週たまたまが重なって思いがけずふたつの茶席を体験することができた。そのうちのひとつについて。

 五日の午前、隣駅から徒歩五分の多胡記念公園にある慈緑庵にて「こどもの日呈茶席」があるというので、午後からの出勤前に立ち寄ってみようと思い立ち、自転車にのって訪れる。ここは名前にある通り、故多胡さんご夫妻の寄贈により、平成に入って開園した。閑静な住宅地に広がる約五千平方メートルの手頃な大きさの公園でこれまで何度も訪れているけれども、いまの時期は木立ちの緑陰にこころが安らいでとても気持ちがよい。
 さらにここが気品があって素晴らしいのは、なんと敷地内に書院造りと茶室にふたつの日本家屋があること。これもお二人の篤志によるもので、いまにその恩恵を受けることができているありがたさと同時に、どのような生き方をされた方だったのだろうかとにわか興味がわく。園内の銘板によれば、御夫妻は八丈島と群馬のご出身で(この出会いも不思議というかおもしろい)、この自然に恵まれた地に長らく住まわれ、長生きができたことに感謝して「緑豊かな庭園をみなさんに開放し、後世に緑を伝え続けてほしい」とのことばを添えて市に寄贈されたとのこと。当時はバブルの真っ最中なのに、俗世間離れした純朴な飾り気がない善行に、こんな方がいることで世の中捨てたもんじゃないと思いを新たにするような驚き以上の清々しさを感じてしまう。

 さて呈茶会は、公園門からの玉砂利を踏みしめて進んだ書院の玄関を入った上がり前の立席が会場で、来館者はわたしのほかは見当たらない!正面のガラス窓からは、庭園の緑がまっすぐに飛び込んでくる。やがて運ばれたお茶をいただいた後に、せっかくだから部屋に上がらせていただき、なかを見学することにした。それぞれ、八畳の広さの次の間と上の間の先には床の間があって、「日々是好日」の掛け軸が主役のようにしてある。じつに床の間っていうのは日本家屋におけるギャラリーみたいなもので、ここがあることでそこの空間が変容して生き生きとしてくる。部屋の周囲には廊下が回り、庭側の公縁が外との橋渡しのようなもので、ゆったりとした正統的な造りが、ほんといいな。
 裏玄関から、露地を通って茶室へと歩をすすめる。緑滴るその先にたたずむ「慈緑庵」、その名にふさわしい風情で軒先のすだれがいい具合に涼しさを演出している。職員の方が、茶室のイロハから懇切丁寧に説明をしてくれる。できて約二十年たつのに新築の気配が残っている室内に初めて入らせてもらう。今回にじり口まえの露地におかれた飛び石が蹲踞そんきょと呼ばれることを初めて知った。室内の編天上に壁のやわらかな色合い、亭主口の柱の丸みと曲がり、障子戸からの外光の入り具合とすべての調和が相まって、極上の和らぎの空間にしばらくの間、身をひたして過ごす幸福感を味わう。


茶室は四畳半台目、炉は鎌倉極楽寺ゆかりのものだそう。


床の間にボタンの大輪。こちらの軸には「和敬」の文字

八十八夜過ぎて、立夏 

2015年05月06日 | 日記
 夏も近づく八十八夜、というわけで早くも季節は春から初夏の気配がする。住まいの駐車場へ降りていく北斜面には、ちょっとした広さの広葉樹を主体とした自然林が残っていて、この季節様々な草花を楽しむことができる。数週間前は、山桜が赤味色の新葉にまじって薄ピンクの清楚な花を咲かせていたし、一重の山吹の黄色い花々を連ねたしなやかな黄緑の枝が目に入った。
 そして、今春はここ数年咲いてくれている稀少野生植物の可憐なイチリン草やキンランに加えて、ギンランも四株見かけることができたのがちょっとした驚きだった。十年位前にマンション管理組合役員にあたっていた時に、この北斜面の成長したまま大木となり過ぎて倒木の危険が出てきていた自然林対策として、初めて一部伐採や枝落としなどの手入れ作業を行ったことがある。その結果、林床に日照が行き届くようになり、それまで見られなかった植物が復活してきたようだ。自然のうつりかわりを目の当たりにして、環境の変化と生態の微妙な関係性を実感する日々。


 階段わきのエビネの見事な花たち、年々花の本数が増えてきている


 こちらが野生のかわいい黄色の花をつける、キンラン、小さくとも花弁は蘭そのもの。気のせいか周辺が金色に光っているよう感じがしたけれど、わかる?