今週末から大型連休が始まった。新型ウイルス拡大の影響を抑えるために、政府や都知事から都内の企業に対しては、来月六日までのなんと十二連休の要請が出されているそうだ。まったく、やれやれである。感染防止のためであるにしても、その先の希望や明確な着地点が示されないことには、ステイ・ホームと連呼する掛け声に不安だけがあおられて、意図されない閉塞感だけが増していく。
この展望のなさは、自ら何とかするしかない。思考停止にとどまることがないように、ちかくの成瀬山吹緑地へ出かけた。ここは東京都町田市と神奈川県横浜市の境目にあたる丘陵地だ。すぐ際まで住宅地が迫ってきてはいるが、都県境にあたる尾根沿いにそって緑地が保全され、南から西方向に大きく展望が開けている。町田市街地の向こうに丹沢大山から遠く高尾山奥多摩あたりの連なりがパノラマ舞台のように広がって、ほれぼれするような眺望だ。
お昼ちかく、その眺めを横目にしながら犬を連れた散歩途中の方が通り過ぎていく。クルマのトランクから折りたたみチェアを引っ張り出し、草地のさきの見晴らしのよい方向に向けて、しばらく遠望を愉しもう。青空を背景にしたいくつかの雲の流れ、風はひんやりと日差しは暖かい。すこし蒸気があがってきているのか、丹沢の山並みのむこうに望めるはずの富士の冠雪を拝むことはかなわないけれども。
それでも近郊の市街地を俯瞰するむこうの視界の広がりは、ほんとうに素晴らしい。近くににラッパ型スピーオーを模したような横長のオーディオテクニカ本社、成瀬駅あたりの高層都営住宅棟、その先に小田急町田駅周辺のデパートが確認できる。西成瀬の方向に見えるウコン色屋根集合住宅は、メゾネット型低層賃貸マンションのロイヤルタウンである。こうして俯瞰すると思いのほか送電線鉄塔の連なりが目につく。それだけ住宅地化されるほんの少し前までは、典型的な“のどかな郊外”だったのだ。
わきの坂道をそろそろと下って成瀬街道へとでる。町田方面にむかって恩田川を渡るときに左手に見えたソメイヨシノの並木は、もうすっかり青々とした葉桜とかわり、右手の方向、西洋ハナミズキの白い花がやけにまぶしい。
やがて、白い三角とんがり屋根の特徴ある建物がみえてくる。パウンドケーキが美味しい「コガサカベイク」本店である。ここの建物は、元フレンチレストランだった時期もあったらしいが、どことなくセルフビルドっぽい雰囲気が漂う。背後の大きなケヤキの木が目印なのだけれど、最近その枝を落としてすっきりとなった。白く塗られた外壁に囲まれたレンガ敷きの中庭からショップへと入る。
季節ものの桜モンブラン三個1200円を持ち帰り購入したついでに、久しぶりだから喫茶スペースで寛ぐことにしよう。周り階段を踏みしめて二階へ登っていくと、ひんやりとした空気がする。厚い床板と真っ白の壁、女性雑誌のグラビアページに出てきても不思議ではない雰囲気だ。もう、たぶん何度も登場しているのかもしれない。先客は一組の熟年カップルだけ、まあこれならソーシャルディスタンスは十分だろう。
ゆったりしたテーブル配置と高い天井が開放的、音量を控えめにしたボサノバのボーカルを聴きながら、あっさり味のシュークリームとアッサム茶でアフタヌーンティータイム中、四年前のリオデジャネイロ・オリンピックの夏を思い出した。今夏のTOKYO2020は延期されてしまったけれど、はたして来年の夏には無事に開けるのかどうか。やるなら、思い切りコンパクトにして終わった後のレガシーを残してほしい。
ひとまずは、これから五月へ向かっての予定をどう過ごしていくかのほうが大事と、そう思いなおす。
来月に入ったら立夏はもうすぐ、新緑はあっという間に濃くなっていってしまうだろう。もしかしたら梅雨を通り抜けて、一気に夏がやってきてしまうような予感がする。そうしたら、あのひとは人生暦をひと巡りして、ここにまた戻ってくる時があるでしょう。
歩きながらときに立ち止まり深呼吸して、ときどき遠くの景色を眺めてみる。それは、あわただしい世界の流れに惑わされずに、自分とまわりの関係性といまここの足元を見つめるために、生きる手掛かりを得るために必要なことだから。
青空中庭の西洋ハナミズキが色づく季節。(2020.4.25s撮影)