小田急線鶴川駅からすぐの和光大学ポプリホールで、三浦しをん原作の映画上映とトークショーが開催されるので、楽しみにしていた。「WOOD JOB!~神去なあなあ日常~」(2014年公開)という映画がそれで、タイトルからして林業をひっかけているダジャレであることはすぐにわかる。監督は「ウオーターボーイズ」の矢口史靖だからして、エンターテイメント性満載であることは想像がつく.
思ったほどの話題にならなかったようで、その後の再上映の機会もなく、見過ごしてしまっていた。それがようやく八年ぶりの出会いだ。
原作本タイトルは、いたって真面目に「神去なあなあ日常」となっている。“神去”とは、妙に気になる村名だが、“かむさり”と読み、三重県の中西部、奈良との県境にちかいところと説明されている。
これは終映後のトークショーの中で作者が明かしてくれたことではじめて知ったのだが、祖父方の実家があった現在の津市旧美杉村がモデルなのだそう。“なあなあ”とは方言で“まあまあ”か“ほどほど”のニュアンスが想像され、改めて原作を開くと「ゆっくり行こう」「まあ落ち着け」、さらに拡大して「のどかで過ごしやすい、いい天気ですね」といった日常挨拶の意味にまで広く使われている言葉。という意味でも、まさしく絶妙のタイトルであることがわかる。
父方なのか母方なのかはわからないが、原作者三浦しをんの祖父母がそのような山奥で林業を家業としていたこと自体、ちょっとした驚きだった。幼いころはよく訪れていたとも語っていて、育ちのほうは玉川学園在住だったのに、こちらが勝手に想像していた出目とはまったく違っていて意外だった。それでもあの肝っ玉姉さん風のお顔立ちや聞くところによる酒豪ぶりは、都会がルーツとはちがうなあ、と納得した面もあり、また山奥の地がルーツのひとつであることに多少の親近感も覚えたというのが、正直なところ。
映画ロケ自体は、大半がさらに三重南部和歌山よりの尾鷲市内の山林地区で行われたらしい。主人公の平野勇気役は染谷翔太、マドンナの直紀役は長澤まさみ。
深い山のなかでの林業シーンはなかなか本格的なもので、年輪を重ねたヒノキをチェーンソーで切り倒すシーンはなかなかの迫力だ。祭事で山奥から巨木を切り出してふもとへと運び出す場面の臨場感があふれる。諏訪の御柱祭りを彷彿とさせるような情景もある。
その反面、原作よりもふたりの恋のときめきの度合いは薄まってしまって、健全なお色気シーンも省かれ、山の風景と暮らし、山の男たちの仕事ぶりといったところに重点が置かれていた。
上映の後のトークショーは、賞味三十分ほど。三浦しをん女史と徳間書店編集部国田昌子氏の対談形式で、原作の取材過程や映画ロケの様子についてひとしきり語ったあとに、あらかじめイベント告知のHPで募集していたらしい来場者からの質問に答えていくという手慣れた進行だった。地元町田を意識して、町田をモデルにして書かれた「まほろ駅前便利軒」についてのことや、お気に入りのお店のいくつかについて紹介をしてくれたが、学生時代にアルバイトをしていたという古本屋の高原書店については、なにも語らず終いだったのは残念。高原書店の突然の閉店とともに、小田急町田駅北口から伸びる栄通り商店街の通称“まほろ横丁”の名称もあまり定着しないで、忘れ去られようとしている。
原作を執筆するにあたって、編集者が同行して二人三脚で作り上げていく細部エピソードについては、もうしすこし知りたいものだと思ったが、編集者側にネタばらしの遠慮もあったのか時間切れとなる。本が原作の映画が中心だから仕方ないか。物足りなさを感じつつ、帰路へ着いた。