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まほろ界隈逍遥生々流転日乗記

新緑八ヶ岳山麓小海線の旅

2023年06月03日 | 旅行

 先月末、二泊三日の八ヶ岳山麓を巡る旅に出かけた。山麓といっても広大な地域ゆえ巡ったのは、小淵沢から小海線に乗り換えた北杜市高根町の清泉寮周辺と、そこからJR国内最高地点のある県境を越えたお隣り、信州野辺山駅を降りた八ヶ岳カラマツ白樺高原地帯(佐久郡南牧村にあたる)の二か所。
 いずれも三十年来ずうっと訪れたいと思い続けていたところ、優柔不断な背中を後押して一緒に時間を過ごしてくれた友人のおかげであり深く感謝する。

 小淵沢から小海線に乗り込み、清泉寮のある清里まで来ると、もう八ヶ岳の山々は、前面にぐっとせまってくる感じで雄大そのものだ。まだ山頂近くの山襞には、白い斑点筋の残雪が残っている。意外と雪解けは早く、清涼そのものの大気で爽やかな気分になる。新緑の木々が目に染み込んで優しく、全身で光合成をしているかのよう。
 先に駅前で待機していた連絡バスへ乗り込み、寮へと一直線に伸びた通称“ポール・ラッシュ通り”を走りだせば、一気に旅へと解放気分は昂まり、遥か?むかしの学生時代へと時空を超えてしまう。でも、けっして浮かれた気分だけではなく、たぶんに厳粛な気持ちもあった。それはこの地にいまも連綿と受け継がれる戦前戦後からの“開拓者スピリッツ”と幾多にも重なった歴史を感じてしまうから。
 一直線道路の両側には牧草用地が広がっている。終戦直後の1946年にはじまるキリスト教精神を底流とする「清里教育実験計画」(KEEP)の流れをくむ情景であって、その壮大な構想が具現化した土地だ。個人的には高校生のころ、この構想と提唱者ポール・ラッシュ、財団法人キープ協会の存在を知って、興味を持った。


 本館正面から甲府盆地と秩父方面を望む(2023.05.27) 

 まもなくマイクロバスは道路から横道へと入って行くと、清泉寮新館前へ到着する。とうとうやってきた!2009年にできたまだ新しいロビーへ入ると、暖炉造りに高い天井の木組空間がひろがる。
 荷物を預かってもらい、すぐに近くの木立の中を歩いてポール・ラッシュ記念館へ。ここは、彼が1979年に82歳で亡くなるまでの住まいとしていた木造平屋建ての家屋だ。
 八角形の広い暖炉付きの居間が当時のまま保存されて公開されている。ソファにテーブルがゆったりと配置され、窓際腰台と壁側にはさまさまな調度品や立て皿をはじめとする陶芸品や工芸品が並ぶ。窓の上の壁に掲出された額入りのモノクロ写真が歴史の流れを物語る。農耕具を再利用したと思われる天井からの照明器具、ほぼ半周分の区切られた木枠窓から眺められる風景と差し込むひかりが室内に微妙な陰影を与えていた。



 記念館内フットボールの殿堂コーナーを見た後に本館のほうへと回ってみる。三角形屋根が特徴的で軒先正面にアンデレ・クロスが掲げられた清泉寮本館建物、ポールラッシュ像のあるロータリー広場だ。やはり、ここは40年ほど前に訪れた記憶がおぼろげに残り、変わらぬ懐かしい風景だ!
 白い柵に囲まれた牧草地のはるか先に連なる雄大な眺めは、金峰山から茅ヶ岳に連なる山々だろう。その右には雲の上から富士山頂が浮かぶように覗いている。このすばらしく開放的な眺めと清浄な大気は、気持ちを自然とおおらかにさせてくれる。
 もちろん、清泉寮といったらジャージー牛乳を原料としたソフトクリームだ。迷うことなくレストラン棟ジャージーハットの受付に並び、その名物を手にしてふたたび屋外へと出る。ながらかな斜面にひろがる牧草地の木製ベンチに並んで、そよぐ高原の風のなかでソフトクリームを味わうのは、やっぱり変わらぬ至高の満足に違いない。

 草原のはずれに野外結婚式に使用されたらしい椅子が数列、並んだままになっている。真ん中の通路脇の座席には白いレース生地が結ばれている。半分照れながらひとつ席を空けて腰を掛け、はるか先の山並みを眺めてみる。すぐ前には風景の象徴のような一本の樹木が樹勢良く立ち上がり、周囲の背景と相まってここでアルペンホルンを聴けたら、まるで「アルプスの少女ハイジ」の世界に入り込んだような気分になるだろう。
 
 ちかくの素朴なハーブガーデンの入り口には、つる状のクレマチスに似た植物がきれいなピンク色の花をつけて木製アーチ状にのびて咲き誇り整えられている。青空に陽ざしが眩しくて、そこで写真を撮ろうとすると、日傘を差したそのひとの影はするりと姿を翻して、画面から消えていってしまった。



 今宵の宿は、そのガーデンを望む位置の赤い屋根の歴史ある落ち着いた雰囲気の木造建物である。受付は新館で行って、迷路のようにつながった連絡通路から本館ホールをぬけて狭い廊下を進んでゆく。床を踏みしめるとすこし懐かしい音がする。廊下突き当りの手前、鍵穴は旧式のままの「KITA」(南アルプス最高峰の北岳の意味だろうか)と記された木製扉を開けて室内に入れば、ベランダ付きのこじんまりした室内だ。シンプルだけれど暖かで必要にして十分なしつらえに、ひとまずホッとする。

 まずは“喫茶去”、お茶を一服どうですか?
 
 そして二重窓を開けて、そこから望める松の木々越しに開けた山並みをただひたすらずうと眺めていたい。まだまだ夕暮れには時間があるし、高地での夜は長くて深く慎み深いだろう。
 明日は早起き!でいこう。


 本館入り口前、ツツジとライラックが咲いていた。(2023.05.27)


 本館正面アンデレクロス、夜はステンドグラスが蒼く浮かぶ。