風を感じさせてくれる自然な・・・小椋 佳 歌談の会
さりげなく、そしてたおやかに、肩の力はもう取れて・・・人として、男として、精一杯生きた「証」の風舞台。
小椋佳64歳。
2000曲作詞・作曲してラスト曲は「流されはしなかった」
川を社会に見立て、「川岸にボートを降ろし・・・川上へと流れに逆らい・・オールの涙と汗・・・」この歌に寄せる思いがとても切なかった。
サングラスの奥の瞳孔までがパッと大きく見開き・・・今の時代の流れる・川へ・川へとオールを離すな!と、歌い紡ぐ。
小椋佳メッセージ・・・「私達日本人は、組織の中で個の豊かさを実感出来ない社会で生きてきました。これからは大変な社会情勢になります。ちょっと油断する者は、はじかれてしまう世の中ではありますが、ある意味・・・個の豊かさを手にしようとする時代を迎えようともしています。7年前に僕が作詩して、外国人が作曲しました。流されはしなかった・・・お聞きください。」
2000曲の彼のオリジナルの中で選んだのが「ボートの歌」
(全国のボート部OBは応援しているかな。)
それから、小椋佳さんは、勧銀をやめてから東大の文学部哲学科に学士され6年間で修士も取得されたと、サイトに書いてありました。
「人間の贅沢は学び。人間が味わえる贅沢のひとつ。千人の知り合いより、10人の友」とは名言です。
ステージでは「生まれて初めて、寺山修司さんから声をかけられ2曲ばかりレコーディングしないかと誘われたのが・・・今に至っている」とも語っておられました。
寺山修司さんの見出す目の確かさはすごかったのですね。
私の大好きな今は亡き演出家の如月小春さんの舞台にも、闘病中の病院先を抜け出し舞台を観に行ったくらいですから。
津軽の「大工の佐吉物語」というのも、演出のバックミュージシャン5名と起承転結の「転」の部分で効果的な津軽弁でワンステージがありました。そして「山河」という、ドーンとスケールの大きい歌が始まりジーン・・・ジー・・・んでした。「透明感のあるステージはやっぱり小椋佳に始まり、小椋佳で終わるのかも知れない、日本のポピュラー。」
美空ひばり歌手40周年記念の「函館山から」の作詞作曲も小椋佳
「んだども、美空ひばりっつう日本の心のひだっこのひだっこさ歌いこなせるようだ歌いっこさ最近だば、なーんだかいなぐなったもな。歌はうめーども、うだの背景にさあるイメージさジャワめかせてでくれるのあんまりいなぐなったもな。なーしってって・・・この日本だば・・、アメリカだか日本だかなんだかわからねーなんでも、テイストって時代だはんで。今晩もアメリカではわらしっこだちさ「ハローウィン」でお化けのかっこさしっで「TRICK OR TREAT」(金だすか、撃たれるか選べ)ってしゃんべりながらアチャコチャの家さ菓子っこさもらいに晩ゲさではんで、そんでお盆さで供養するんだて、そんだもんみな・・・鉄砲さ持って戦地へ志願するんだはんで、いたわしじゃのお。日本はケーキば食ったり、お菓子バ買ったりで商魂たくましの。そんでも小椋佳さんのステージはわんずか、意外性を取り込んだ・・・おとなの・・・ええ・・ええ・・わーに風がささやぐみていだった。そんでえ・・心のおぐさ、じっぽり、詩がしみるだはんで,CDきぐとはまったく違うところが・・・まだ、いいのせ!」
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小椋佳の独自性の詩の世界・・・いがったのお。
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