幸せオーラ

2009-04-29 00:22:48 | 日記風
 何もかも断ち切って前に進みたいと思う。
 向かい風に立ち向かうには前を向いていた方がいい。
 その風に一瞬顔を背けたとしても。
 前のめりなくらい前に身を乗り出して進みたいと思う。

 でもさ。
 否定的な言葉を言われるのが凄く嫌なんだ。
 でも多い気がするのね。
 
 ひょんな時に。
 ひょんな人から。

 誰でも弱気になったり否定的な感情に流される時はあると思う。
 でも親しい人に言うならまだしもさして話したこともない、まして初対面の人間に言うって何?って思う。

 結構ショックよ。

 でも私の場合逃げ場もないままポンと投げて寄越されることが多い。
 なんだろう~。
 受け止めてくれそうとか思われちゃうのかしら。

 無理なんだけど~。

 そういう言葉を投げられてもそれを笑顔で吹っ切る強さがこちらに必要なようです。

 ここら辺取り方って言うのも多分にありますからね。

 例えばどんなに皮肉や嫌味を言っても通じない人がいます。
 言われる側がそういうことを言わないから発想として言われたって解釈が成り立たない。
 そうすると・・・否定的な言葉を投げられたと感じるのは、私に否定的な感情があるからだろうか。

 じゃ、頑張っとくしかないね。
 前を向いてしっかり向かい風にも立ち向かうしかないね。

 それを跳ね返す幸せオーラに包まれて向かい風もやっつけてしまうしかない。
 そしてそれを作り出すのは他ならぬ私でしかない。

意味

2009-04-28 23:44:44 | 日記風
 お話一杯書きたいね。

 書きたい。書きたい。
 ということで新しいお話作りを始めました。
 
 それでも今日の私のブルーは抜けないわ。
 
 なんていうか、久しぶりなんだわ。今日みたいなあやふやな出来事っていうか、大風呂敷を広げたような出来事に出逢うのは。
 みんなそれぞれできる範囲でやってて結果そうなっただけかも知れない。それにしても・・・なことがお出かけ先であったのだ。

 そこへどうも私のあまりいい思い出のない場所の近くへ出かけたし。

 それはおいておいても。
 
 けど、1年に書けるお話の量はたかがしれてる。
 体力や時間自体は有限なものですからこちらが頑張ってもやはりいくらでもと言う訳にはいかない。

 残念ながらね。

 無限な時間と無限な体力があるならずっと書いていたいなぁと思うの。

 それだけでも私が存在した意味はきっとあると思うの。

 でもやはりこの胸のもやもやは何かしら。軽い燃え尽き症候群が起きていることもまた確かだし。

 人って過去を振り切って先へ進むしかないけど、その為には時にこうして断ち切る前の妙なもやのもやに付き合わされることがあるのかしら・・・。

私はとてもブルー

2009-04-28 21:58:24 | 日記風
 場所が思い出を喚起するということがある。

 行った場所がずばりそこじゃなかったんだけど、同じ電車を使って時間が余ったので駅のホームでぼぉ~と座って時間を潰した。その頃と同じことをしていたら、なんか気持ちが微妙になってきた。

 数年前の終わってしまったことなのにあの頃に気持ちだけ後戻りした。
 あの頃の先がなんだか判らない頃に気持だけタイムスリップしてしまった。

 今、自分が不幸なのか幸福なのか・・・判らなくなる。

 いっそ身体ごとタイムスリップすればそれはそれで面白いんでしょうが、気持ちだけタイムスリップは単に落ち込まない?
 まー、身体ごとつらかった頃に逆戻りするのもけして楽しいもんじゃないですけどね。

 幸福な時ならそれもまた楽しいでしょう。
 
 幸福じゃない時期に気持ちだけタイムスリップは何故か意味もなくブルーになる。

 全く意味がないんですけどね~。

 そんな時もあるさで片付けるしかないか。
 そして新たな楽しい思い出を作るしかないか。

春の真ん中

2009-04-28 15:04:07 | 日記風
 春先は疲れている。
 備えるせいかね。これから春がくる新しいことがくるぞ~って構えるから。

 それがドキドキであっても待ち疲れるとかあるのかしら。
 例えば遠足の前緊張して当日起きられないみたいな。

 そう言えば春でしたね。
 
 知らない間にど真ん中にいるみたい。

 胸の中まで浸透していないのが残念だけど。
 それも私の考え1つでころっと変るような気もしてる。

雑用とあなどるなかれ

2009-04-28 13:32:46 | 日記風
 少し暇が出来たので雑用を片付けてしまおうか思う。
 この雑用が意外と手間と時間がかかるものなのですね。

 主婦はこれを1人で背負ってるんだろうなぁ。
 それくらいのことって思うんだけど。何か大きなことがあってその間に細々としたことを片付けるって言うのは意外に大変なんだよ。

 暇だから片付けてしまおうと思ったのに。意外と大変ではないか。
 でもしなきゃしょうがないしね~。

 今朝、荷物が来たらしく不在票が入ってた。
 これも・・・。微妙に家にいないではないか。(もしくは寝ている)
 送り主を見るとなんで不在票を入れないといけないものを送ってきてるんだ?って企業だった。
 
 しょうがない。不在票の連絡しないといけないわ。

ほめられサロン

2009-04-28 01:17:10 | 日記風
 というサイトなの?があったので行って来ました。
 延々と音楽付きでほめられてきました。

 私が微妙な性格で、あまり誉めるとダメなんですよ。誉めるとしない。
 かと言ってけなされると・・・これもそれをする相手によると思うんですが、まるでやる気を失うか剥きになるか、どっちかのような気がしますね。

 意外と答えが出るのは早いです。

 でも時代の流れからいったら誉めて育ててって感じでしょう。

 ほめられサロンで感じたことだけど誉め言葉っていろいろあるな。
 でもその人にヒットする誉め言葉って案外少なくないですか?

 容姿を誉められたい。センスを誉められたい。性格を誉められたい。あるんだけど、これヒットする所を誉めないと、何をお世辞言ってになりかねない。

 特に私はそのパターンです。

 私はセンスに感じることを誉める方がいいみたい。
 でもピッタリドンピシャで誉めてもらって嬉しかった誉め方をした人を今まで1人しか知りません。
 あの人、よく判ったなぁと思う。まぐれでもよくそこを突いたなぁと思う。

 それ以来誰もいませんねぇ~。
 けどそれでも意外と、あらそう~と受け流してますけど。
  
 もうそういうタイプなの。

心の中の『オペラ座の怪人』

2009-04-27 20:39:07 | 舞台
 最近観た訳ではありません。ただ『ウィキッド』を観た辺りから鮮明に思い出している。

 舞台自体は2、3回観てます。結構古いキャストの時代です。
 あれはねー。いいと思ったんです。

 女の子の恋愛の理想型が入ってますよ。
 私を愛してくれる2人の男。
 1人は才能はあるのに不遇な年上の男。
 1人は若く魅力的で金銭的にも恵まれた立場のある男。

 この2人から思われると言うのがもう理想だと思います。
 そういう意味でなんと素晴らしい話なのだろうと思っています。

 舞台の歌の入ったカセットを持ってまして(そうなんですよ、カセット時代なのですよ)楽譜まで持っているんです。
 どれほど好きか判りますか?

 ある時凄い感動したのが、オペラ座の主な曲がカラオケに入っていてあなたも今ここで『オペラ座の怪人』が上演できます状態になってるの。
 凄ーい。だってオペラだよ。それカラオケ入れる?

 思わず歌って来ましたけど。
 いやー、凄いですね、今どきのカラオケ。
 時間切れだったので確認してないんですが、『エビータ』も入ってるのかしら。これ確認したいわ。

 四季で好きなのってこの2大タイトルと言っても過言ではない。
 でも全然違うタイプなんだけどね。
 
 考えようによっちゃ、オペラ座にしてもヒロインの少女が幸せになるまでのごたごたを描いてると言ってもいいですから。
 『エビータ』はヒロインがのし上がる話ですし。共に女がどんな手を使っても幸せを勝ち取る話というくくりになるかしら・・・。

 ロマンチックさ、全部吹っ飛んじゃったかも~。

続ける?辞める?

2009-04-27 00:28:21 | 日記風
 私の回りでも1度就職してそこにずっといるという友人は少なくなってます。転職を繰り返す人が多いか、フリーターでいくか派遣でいくかそんなタイプが増えている。

 それでも一箇所に勤め続けた人がいて、彼女が言うには何度も勤め先を変えてる人から「いいなぁ」って言われたって。

 どちらが幸せか私には判らない。

 私も一箇所に腰を据えているタイプじゃないですからね。

 その目から見てってことになるのかも知れないけど、一箇所にいる長所と短所ってそれぞれあるんだよ。

 私の母などは一箇所にい続けたタイプなので、応用がききません。一箇所で培われた仕事内容が正しいになってしまうので、なかなか次に変った時「え?」と思う現象が起きるらしいですね。
 また20年近くを同じ職場で過ごし何を思ったか変った人もそれまでは若い子が気を使ってしてくれてたことを新らしく新人で行った場所では今度は自分がしなければならない。それが納得いかないと言うか意外だったみたい。

 よく変る人からするとそこそこに合わせる能力は高いけど、それだけスパッと切り捨てる時も早いし、いわゆる辞め癖もついてるから我慢が効かないっていうのはあるでしょうね。

 だからあくまで長所と短所の世界なんです。

 これはどっちの方が自分に合うか合わないか、それだけです。
 どう自分の中で処理できるかそれだけです。

 どっちも間違っているとも正しいとも言う気はない。それぞれが選ぶ選択肢の問題です。
 そしてどっちを選んでも自分で責任を取っていく問題でしょう。
 それに気づくかどうかだけが大事なことだと、根無し草の私は思います。