Dr. 鼻メガネの 「健康で行こう!」

ダンディー爺さんを目指して 日々を生き抜く
ダンジーブログ

死と歩む

2009-11-24 | 想い・雑感

生まれるとともに
死を運命づけられた私たちは
死とともに生きている
実際日々多数の細胞が体内で死に
多数の細胞が生まれてくるから
多細胞生物として生存している

しかしほとんど
そんなことを意識せずに生きている
意識せずに済む時に
わざわざ意識する必要もないのだが
とにかく死の影にびくびくすることなく
生きている場合が多い

ところが
癌を患い
実際に癌とともに生きている状況というのは
まさに人が死とともに生きているという事を
端的に示す
そして生と死が
表裏一体であり
死のない生など存在しないことを示す

だから
人は癌という病気に興味を持つのかもしれない

トゥー コムプリケイティッド

2009-11-24 | 想い・雑感

人物間の複雑な関係
人生の中での経験
それらを通じて一人の人間の中に巻き起こる様々な感情
それらの帰結として
その一人の人間がある事件を起こす

推理小説の中では
その絡まった糸を解きほぐしていくところに
興味がわく

しかしどんなに複雑な小説でも
100人 1000人 10000人と
人物を登場させることはできない
主要登場人物はせいぜい数人
多くても10人まで出てくることはほとんどない
その程度の複雑さである


体内で生きる一つの細胞
この細胞も
様々な関係性の中で生き 生かされているわけだが
その情報伝達の筋道たるや
無数としか言いようがない

30年前の生化学の教科書でも
十分複雑なもの(少なくとも私にとっては)だったが
今や細胞が受け取る情報
細胞の中で繰り広げられる情報のやり取り
それはもう理解できる域を超えている

抗癌剤は
そのごく一部を阻害して
癌を何とかしようとするのだが
進化の過程を生き抜いてきた我らが遺伝子は
何が起きても
細胞を生かし抜いていくしぶとさを備えている

細胞が生きるための情報のいくつかや
細胞が増えるための過程の一部を
抗癌剤で阻害したところで
癌を制圧することは難しい

無数に空いた穴のいくつかを塞いだって
水は漏れるのである

どこの穴をどのようにふさぐか
そこの決め手が見つからない限り
水は漏れ続け
癌細胞は
宿主が死ぬまで
生き続ける

術後補助化学療法

2009-11-24 | 想い・雑感

癌に対して手術を行い
診断できる範囲では
癌を取り除くことが出来た(根治術)と判断できる場合も
体のどこかに癌が隠れている可能性が高いと考えるときに
手術の後 抗がん剤を使用することがある

手術の補助として抗癌剤治療(化学療法)を行うという意味で
術後補助化学療法という



術後補助化学療法として薬剤が有効か否かを検討する場合
例えば1年間使用したものと 使用しなかったもので比較する
1年間使用したものの方が成績が良い場合
果たして 1年間使用すれば十分なのか
2年とか3年とか使用し続けたほうが効果が高いのかは
はっきりしない場合が多い

だからいつやめるかの判断が難しい

1年間使用のデータしかなければ
基本的には1年間使用した上で
副作用の有無及び程度と
ご本人の希望とを加味して
もうしばらく使用するかどうか決めることになる

やめる場合には
本人が納得しておく必要がある

薬を止めた後に再発が明らかになったとき
後悔するかもしれないから