Dr. 鼻メガネの 「健康で行こう!」

ダンディー爺さんを目指して 日々を生き抜く
ダンジーブログ

買いだめ

2006-06-30 | 想い・雑感
 喫煙の習慣性というのはかなり強いものがあるのでしょう。少々の脅しでは止めない人の方が多いでしょうから。

 7月からの煙草値上げに対し、これを機会に禁煙を画策している人も少なからずおられるそうです。しかし、そうでない人の方が当然多いでしょう。この6月の煙草の買い貯め数は過去最高だそうで、中には缶ピース15万円分も購入した人までいるとか。まあ缶ピースを購入するような方は完全なニコチン中毒でしょうから、なかなか足を洗うのは難しいでしょうね。

 ただ、日本の煙草の価格はこれでも先進国の中では決して高い方ではないようです。14~5年前のアメリカでは日本より安かったと記憶してますが、現在では日本の2~3倍と言われています。ヨーロッパでは一般的煙草1箱が1000円をこれる国もあるそうです。喫煙者の方は、日本でもまだ価格が上がっていくと覚悟した方が良さそうですね。

ナイター

2006-06-28 | 想い・雑感
 父は野球が好きだった。
 巨人ファンだった。
 江川騒動で巨人は嫌いになったといいつつ、野球中継は巨人を見ていた。
 家を建てるとき、父にとっては球場が近いことがかなり重要だったようだ。
 今はほとんどプロの試合が開催されないその球場で、今夜はナイターが行われていた。たまたま近くを通ってそのことを知った。人の流れを見て、父に連れられてその球場に向かっている時のことを鮮明に思い出した。

 遠い、でも楽しい記憶。

 多くの思い出とともに、いずれ私も彼岸へ渡る。
 死の不可思議さを想う。

定期検査

2006-06-28 | 医療・病気・いのち
 日本の都市で、人口100万人を超えるところはそれほど多くはない。日常生活の中で100万といえば少ない数ではないと思うのだが、細胞は100万個集まっても1mm程度の直径にしかならない。しかし現在の血液検査や、画像検査で1mmの癌病巣を捉える技術はない。

 手術というのは局所療法であり、転移巣を同時に切除できないのであれば、体内からがん細胞を排除することはできない。だから、手術をする際には、基本的には転移がないことを前提として(期待して)行うことになる。

 ただその場合も、0.5mmとか1mmとかの癌巣が無いという保障はどこにもない。もしそのような転移が存在していれば、術後にその姿を現してくる。消化器癌の場合、その時期は多くの場合5年以内である。

 そこで一般的に消化器癌の術後は、5年間ほど定期的に検査を行う。再発するとすれば5年までに起こることが多く、それを過ぎての再発が少ないからだ。1年、2年と経つにつれて、再発の危険性は減ってくるが5年までは気が抜けない。

シワが呼吸機能を語る

2006-06-26 | 想い・雑感
 肌が乾燥し、シワが多く、いかにもくたびれた皮膚をしていながら、予想以上に若い人がいる。経験の蓄積とも言えるが、単に生活習慣の乱れを表しているだけの場合もある。

 機序がはっきり解明されているわけではないが、煙草が皮膚に悪影響を及ぼすことはよく言われる。また慢性喫煙が呼吸機能を低下させることははっきりしている。

 このたび英国の学者が、顔にしわの多い中高年喫煙者は、しわの少ない喫煙者に比べ、慢性閉塞性肺疾患にかかる可能性が5倍であることを報告した。

 実際の呼吸機能は検査すれば分かることだが、煙草を吸うあなた、もしシワが多いようなら、ぜひ呼吸器科を一度受診しよう。喫煙はかってだが、もし長生きすればつらい毎日が待っている。その時後悔しても、もう機能はもどらない。

病気なんかしたことないのに…

2006-06-25 | 医療・病気・いのち
 癌などで手術が必要として紹介されてくる方の中には、「これまで病気なんかしたことなくて、病院とも縁がなかったのに急にこんなことになってしまって。」と言われる方がいる。気持ちは分かるが、残念ながら急になったわけではない。ただ、急に現実を突きつけられただけである。

 そういう方に術前検査を行うと、糖尿病があったり、高血圧があったり、呼吸機能障害があったりと、いろいろな異常が見つかることもある。そう、自分の異常に気づかなかったり、症状を無視したりしてきただけで、病気なんかしたこと無いわけでも何でもないのだ。

 健康診断を勧めると、そんな時間は無いという反応をする方も多いが、病が進行すれば、その治療のためにかえって多くの時間を奪われることになる。必ず死ぬ身である人間は、その体にもともと病を内包しているのだ。その点を認識して頂き、保険と思って健康診断は受けて頂きたいと思う。

ミーイズム

2006-06-25 | 医療・病気・いのち
 ミーイズム(meism)と言うのは自己中心主義のことを表す。これはアメリカ人などがミー、ミーといって、自己の主張や望みを通そうとするところから、自分勝手なアメリカ人を表すように思っている人がいるようだが、日本人だって十分負けていないような気がする。アメリカの場合は、日本の社会に比べ遙かに多様性を受け入れている社会だからこそ、自己主張が求められるだけであり、必ずしも利己的であるわけでは無いと思う。さらにはディベートが盛んなアメリカにおいては、意見の相違が会って当たり前という教育がなされていると思う。つまり、利己主義ではなく、個人主義なのだ。

 茨木のり子という方の詩に「自分の感受性くらい」というのがある。生ぬるい現代の私たち日本人に、自己を確立した強い優しさを厳しく求めているような気がする。

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自分の感受性くらい  (茨木のり子)

ぱさぱさに乾いてゆく心を
ひとのせいにはするな
みずから水やりを怠っておいて

気難しくなってきたのを
友人のせいにはするな
しなやかさを失ったのはどちらなのか

苛立つのを
近親のせいにはするな
なにもかも下手だったのはわたくし

初心消えかかるのを
暮しのせいにはするな
そもそもが ひよわな志にすぎなかった

駄目なことの一切を
時代のせいにはするな
わずかに光る尊厳の放棄

自分の感受性くらい
自分で守れ
ばかものよ

酸素が足りない!

2006-06-25 | 医療・病気・いのち
 鼻までの細いチューブがつながっている小さな台車を引っ張りながら、ゆっくりと一歩一歩を確かめるように歩いている人を見かけることがある。痩せた体を、重く引きずるように進んでいく。携帯用の高圧ボンベからの酸素を吸いながらの生活が必要な、呼吸機能障害の人だ。

 人は体に栄養を取り入れるとともに、十分な酸素を細胞の一つ一つに送り込むことによって生命を維持している。その酸素を取り入れる機能が落ちると言うことは、体にとって重大な事件だ。不足分の酸素を取り入れるために、酸素吸入をしつつ生活する必要が出てくる。

 血液中に取り込まれる酸素が不足してくると、それを補おうと呼吸努力をするようになるために、正常な人より逆に多くのエネルギーや酸素が必要となってしまう。また、心臓も懸命に血液を送り届けようとがんばり負担がかかってくるので、心機能まで落ちて心不全の状態に移行する。

 言うなれば、慢性的な窒息状態である。呼吸機能障害はいろいろな原因で起こってくるが、喫煙もその原因の一つと言われる。呼吸不全の最後はつらい。正常ならば日常生活でほとんど気にかけない呼吸だが、呼吸機能が強く障害されれば、一日中呼吸努力を続けることとなる。

 一旦落ちた呼吸機能を改善させることは難しい場合がほとんど。人生の最後を呼吸努力とともに過ごすような危険性を少しでも減らすために、禁煙などの努力はした方がよいだろう。

以心伝心

2006-06-24 | 想い・雑感
 口に出さなくても、お互いに考えていることが分かるという、以心伝心。そんなこと本当にあるのだろうか。まず滅多にないことと思う。たとえ深く分かり合えた関係でも、時にそんな瞬間がある程度だろう。

 伝えたいことがあるならば、やはりお互いに言葉や態度に表さなければ分からないのが普通であろう。普段の生活の中で、当然伝わっていると思ったことが完全には伝わっていないと感じることは多くあるのではないだろうか。もしそんなことないと言う人がいれば、きっと言いっぱなしで相手が理解しているかどうかなど気にかけてない人だと思うがいかがだろうか。

 基本的に、人は自分の信じたいことを信じる。だから、人の言葉も自分の信じるように理解してしまうのだ。

 患者と医師の間も同様。全く同じ言葉で10人の人に説明すれば、まず10人とも微妙に、時には全く違うように理解する。だからこそコミュニケーションが大切。でもコミュニケーションとは、双方向の情報伝達が必要。また理解するためにはお互い知っている内容を高める必要がある。理解し合う努力が必要なのだ。難しいことだし、完全な理解なんてあり得ないが、だからこそ努力なのだ。

 人と人が良い関係を結ぶためには、やはり努力が必要。ただ、どうしてもそりが合わないという場合には、努力するより相手を変えた方が良い場合もあるかな。

試験

2006-06-23 | 想い・雑感
 世の中には多くの試験が存在しますな。そして試験なんていやだなあーと思う人の方が多いだろう。だけど試験というのは何のためにするのだろうか。

 例えば資格試験ならば、ある資格を持つために最低限必要な知識を問うためのものであり、必ずしも優秀であることを保証するものではない。入学試験なら、ある学校に入るにはこれくらいは知っていて欲しいという最低限の所を確認するに過ぎない。そう最低保障。

 多くの人は試験なんて嫌いと思いながら、試験に対して幻想を持っているようだ。試験を通れば優秀だと。でも違う、最低限必要な知識を持っているかもしれないことを、何となく保証しているだけのものなのだ。

 医師に定期的な試験をするべきだということを述べている番組を見た。最低保障という意味では、私も大賛成。でもそれによって何を目指しているのかはよく考える必要がある。それによって、あなたが「感じ悪い」という医者が排除される可能性は極めて低い。試験なんて、その試験が求めるレベルが分かれば器用にクリアする人間なんて山のようにいる。みんなが求めたいのは、もっと上のレベルの話しだろう。

東京って白夜?

2006-06-21 | 想い・雑感
 女性タレントが、「東京って白夜だよね。」と発言し、失笑をかっている場面をたまたま見た。でも、地球の夜の部分を撮った衛星画像で、明るい帯のように映し出された日本を思い浮かべてしまった私には、笑えなかった。

 まだ、電信柱の笠付きの裸電球が街路灯だった頃、身の回りには多くの闇が存在していた。現在では、漆黒の闇を経験するほうが難しい。夜の暗さの中で、人は寄り添い、また自分自身を見つめる機会を得ていたはずである。

 闇や翳りを失ってきた日本は、その思考も浅薄にしてきたのではないだろうか。

 不夜城という言葉すら陳腐に感じられるほど、明るい夜が当たり前となった大都会東京。自然から乖離したこの都会の夜を白夜と称することを、誰が笑えるだろうか。

アンチ○○

2006-06-21 | 想い・雑感
 アンチ・エージングというカタカナを最近目にする。加齢(aging)にアンチが付いているのだから、老いていくことを敵対視しているのに違いない。齢を重ねていくことを毛嫌いするということは、当然死からも目を背けることになる。

 「出来ることなら死ぬまで元気でいよう。」という文脈で語られるものなら受け入れられる。でもアンチ・エージングのかけ声の下、ちょっと(大きく)稼いでやろうという人々がどうも随分といるようだ。そんなかけ声にのせられ、変な悪あがきが善なのだ洗脳されてしまうと、死について考える機会などないまま、突然目の前に現実が突きつけられる日を迎えてしまうのではないだろうか。

 「生は偶然、死は必然。」ともいわれる。まあ、これをひねくれて解釈すれば、人生偶然の中に何とか必然を作り出そうという無謀な試みを行っている内に、最後にやっと死という必然にたどり着くとも言える。

 それにしても、「アンチ」はすこしきつすぎませんかね。日本語でアンチを使うと、かなり感情的に嫌っているようなニュアンスを感じる。英語であればそれほどでも無いのかもしれないけど…。ちなみに我々の体を外部からの侵入者から護ってくれている抗体はanti-body(カタカナだとアンチボディー)という。

病の器

2006-06-20 | 想い・雑感
 外科に入院される方の多くは、当然手術という治療方法が必要な方です。だからといって、治療の対象となる臓器のみを見ていれば良いわけではありません。

 若くして癌に冒される方もおられますが、一般的に癌年齢と言われるのは50台や60台以降です。そうなるといろいろな体の異常を伴っていることも多いのです。糖尿病、高血圧、高脂血症、心臓病、呼吸器疾患、腎障害、肝障害などなど気にしなければならないことは多く存在します。このような合併症は手術や麻酔の危険度に大きく関わってきますので、手術前にはこのようなものが無いか検査をします。

 人は病の器と言われることがありますが、中には病気の展覧会場という状態の方もおられ、その場合は手術をするにも随分と気を使います。

 

予備能力

2006-06-18 | 想い・雑感
 人間の体は予備能力が高い。年齢とともにその予備能力が少なくなり、変化に対応できにくくなっていく。

 肝臓も予備能力が高く、肝硬変などがかなり進むまで治療さえ行えば通常に近い生活を維持できる。この時期を肝硬変の代償期という。さらに進むと黄疸や腹水のコントロールが難しく肝性昏睡も起こすようになってくる。この時期を非代償期と呼ぶ。

 これは肝臓に余裕が無くなってきたと言うことであり、カゼをひく等というちょっとした体調の変化から、一気に死へ向かうことも多い。

 万事においてこの余裕の有無というのは大切と思われる。余裕が無ければ様々な変化へ柔軟に対応することは出来ない。精神も肉体も堅くなり柔軟性がなければ、ちょっとした出来事で一気に健全さが失われかねないのである。

 心の余裕を測る手段の一つとして、笑えるか、ということがあると思う。ぐっと来たときに、ある意味笑い飛ばせるかどうかでその後のあり方が随分と変わる。

 日本の文化の一つ、「落語」で語られる世界も、直接的に語られればかなり厳しい人間関係を描いている場合も多いと思う。しかしそこを笑いに転化してしまっている。日本人の心の財産とも言える。

おなら

2006-06-14 | 想い・雑感
 出物腫れ物所嫌わず…などと言いますが、やはりおならが出そうになると場所柄を考えてしまうものです。公の場にいながら心身共に弛緩しているとき、身構える間もなくぷっとやっちゃたりすると若干あせりますよね。

 胃の手術を受けた後に、おならが増えたとおっしゃる方が時におられます。それが何故かをテーマにした研究は、私自身は見たことがありませんが、おそらく食事と一緒に入った空気がすぐに腸へ移動してしまうからだろうと考えています。

 通常おならの7割くらいは食事とともに入ってきた空気、残りのほとんどは腸管内で発生したガスと言われています。普通の胃の状態ですと、立ったとき一番上に来る胃の部分に入ってきた空気の多くが溜まってゲップとして出るのですが、胃を手術した後は飲み込むと割とすぐに小腸へ移動してしまうので、ゲップとして外に出る機会もなくおならの元が腸へと行ってしまうのです。

 術後おならが多くなったという訴えは男性に多いような気がします。これは女性が恥ずかしがっておっしゃらないというより、もともと男性に早食い傾向があるからだと思っています。急いで食べるような食べ方では、空気も多く飲み込んでいるようですから。

 「あーーー喰った喰った。」…ゲップ! とやっているような人が胃の手術を受けると、おなら大量発生の可能性が高いと思われます。快食、快便、快ぷっぷ!?
 

シンドラー

2006-06-14 | 想い・雑感
 シンドラーという名前を聞くと、映画「シンドラーのリスト」で描かれた、オスカー シンドラーを思い起こす人も多いと思いますが、最近ではエレベーターで有名になってしまったようですね。

 オスカーシンドラーが、自分の経営する会社で働かせた多くのユダヤ人を、ホロコースト行きという死から救ったのに対し、エレベーターは人の命を奪ってしまいました。この会社名も個人の名前に由来しているのでしょうね。

 シンドラー社の対応を見ていると、欧米と日本とでは安全に対する感覚が違うのだろうなと思います。アメリカの留学先では、高層建築の病院でしたが、業務用エレベーターは当たり前のように乗降階の床とはずれて止まっていました。そしてそれが大きな問題とは誰も感じていない風でした。

 それにしても、エレベーターと床との間に挟まれる瞬間を想像しただけでも身の毛がよだつような恐怖を感じます。亡くなられた青年のご冥福を、心からお祈りいたします。