古希からの田舎暮らし

古希近くなってから都市近郊に小さな家を建てて移り住む。田舎にとけこんでゆく日々の暮らしぶりをお伝えします。

やっぱり六条大麦をつくろうかな。

2011年06月17日 02時40分04秒 | 古希からの田舎暮らし 80歳から
 レンゲ畑の花を一つだけ撮って「レンゲってきれいだなあ」と感じました。先日も京都の路地裏を歩いていて「人間はいじらしいほど緑や花の好きな動物なんだ」と思いました。
 さて六条大麦は4,2キログラムありました。道子さんが「《ゴマ選別》で培ったネバリ》でゴミやヒゲを選別してみる」と書きましたが、麦そのものを食べるわけではないので水に入れて浮いたゴミをとり除き、フライパンで炒ることにしました。
 その前に《大麦の焙煎の仕方》をネットで調べていたら、ある人が麦茶を自分でつくって飲んでみようと試みています。その人のブログを見ると彼は「生(なま)の大麦はどこにも売っていなかった。ホームセンターで売っている『ハトの餌』に生の大麦が入っていることがわかり、ピンセットで選別して、それを炒って飲んだ。また押麦(ご飯に混ぜる麦)も炒って飲んだ」と書いています。涙ぐましい努力です。
 大麦をフライパンに入れ弱火で炒ると、香ばしい匂いが部屋いっぱいに広がります。じっくり炒って麦茶にして飲んでみました。ひと口飲むとまたひと口飲みたくなります。
 田舎に引っ越す数年前に道子さんが「むーな村」で小麦をつくったことがあります。そのときは1メートルの畝に二条播きにして3合ほど収穫しました。でも小麦粉にすることもできず、そのままにしていたらムシが食い、捨ててしまいました。それ以来「麦をつくってもどうしようもない」と敬遠していました
 このたびの『大麦つくり』は「『麦踏み』を孫たちに体験させてやろう」と思ったのが一番の動機でした。ぼくの頭の中では、昭和28年頃のNHKのラジオ歌謡『麦踏みながら』が鳴っていました。当時の国民に愛唱された歌です。

  ♪ 山懐の 段々畑 
    麦踏みながら 見た雲は 
    あれは浮雲 流れ雲 
    ひと畝踏んで 振り向けば
    風にちぎれて 空ばかり 
 
 しかしあちこち探してやっと種を手に入れ、麦が伸びてきたのに、孫たちはちょっと踏んだだけで、おじいちゃんがしこしこ三回踏む羽目になりました。収穫も手間がかかりました。おじいちゃんの感傷や懐古趣味で孫たちを振りまわすつもりはありませんが、レンゲ畑も麦踏みもどれほど幼い子の心に残るでしょう。だから水戸黄門みたいに麦つくりは「モーイーでしょう」と打ち切るつもりでした。
 でもこの麦茶の味はよそでは得がたい。やっぱりつくろかな。
 なお「生の六条大麦(有機無農薬だけどゴミが混じってます)を自分で炒って麦茶を飲んでみたい」人に少しさしあげます。コメントにアドレスを知らせてください。
  
 
  
コメント
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