1815 にんげんの聲が聴こえる
木枯らし吹く寒い日は、両膝の関節は疼き
歩くこともままならぬ。
あれから十年が経ち、先に夫は逝き
独り身となった私。
いまは床に臥す日が続き、寝返りはままならないけれど
床ずれが出来ては大変、と思い柵につかまり左右に身をまかせる。
部屋に入ると、尿便で滲み着いた紙おむつ
自分で取り替えることもできず
為すが儘に他人に身を委ねるだけ。
こんな辛い思いをしてまで
にんげん生き恥を晒しながら生きる位なら
町外れにある特別養護老人ホームに入った方が幸せなのではないか、と
周囲の他人(ひと)は聞こえよがしに言う。
私は汚れきった家であっても
北側の襖の上に夫の遺影があり
夫と生きてきた家で死にたい
自分は生きていく価値があるだろうか
このまま生きていても意味がない
生きたところで、この先何があるというのか
なるようにしかならない。
私は此処で最期を迎える・・・・
死ぬしかない、と思うこともあるが
死ぬ「勇気」もなく、悶々としている。
老臭と尿便臭が混じった酸っぱい臭いが漂う部屋に
毎日、朝と夕方 ヘルパーが訪れ
おむつ替えと食事づくりをする。
ヘルパーは老いた彼女に言葉をかける。
にんげんの聲が聴こえる