2022年11月18日、11日目、「道の駅来夢とごうち」での朝はかなり冷え込みました。夜中に着いたときは小さな道の駅で寂しいところと思ったものの、ワンコと散歩していると道路を挟んだ向かい側に大きな駐車場がありました。
朝ご飯は前日にお風呂で買った弁当です。冷たくなっていたけど美味しかった。
朝ご飯を済ませて8時40分に出発。来た道を少し戻って「筒賀の大銀杏」を見に行きます。標高の高い山の中なので、見頃は終わっているだろうと思いながらも、とりあえず行ってみることに。
案の定、ほとんどの葉っぱが落ちてしまって、ほぼ丸裸のイチョウになっていたのですが、逆にそのおかげで一面に黄色のじゅうたんを敷いたような素晴らしい光景が見れました。
次は安芸高田市まで走って「清神社(すがじんじゃ)」へ向かいます。清神社がある場所は、『日本書紀』に見られる素盞嗚尊が八岐大蛇を退治した「安芸国可愛之川上(えのかわかみ)」の地とされ、その素盞嗚尊を主祭神として祀っています。また、神社名は素盞嗚尊が退治後に「吾が心清清(すがすが)し」と発した言葉に因むとされます。近くを江の川(ごうのかわ)が流れており、これが『日本書紀』にある「可愛之川(えのかわ)」と考えられるわけです。
この神社はJリーグのサンフレッチェ広島が毎年必勝祈願をする神社として地元では有名ですが、古代史マニアにはむしろ素戔嗚尊が祀られていることに興味がありますね。
古代出雲の勢力範囲が意外に広くて、もしかすると瀬戸内海にまで達していたのかも、なんて思いながら参拝しました。次に行った三次市もその出雲勢力圏を考えるにあたって外せない場所です。三次市は出雲特有の墳墓である四隅突出型墳丘墓(通称「ヨスミ」)の発祥地と考えられているからです。その三次市で訪ねたのが、古墳時代の初期に造られた四隅突出型の古墳「矢谷古墳」です。
三次市では各地に先駆けてヨスミを造り始め、古墳時代に入るまで造り続けたということになります。これは三次市がヨスミ勢力の拠点であったことを表しているのではないかな。清神社とは江の川でつながり、わずか25キロしか離れていないこともあわせて考えると、素戔嗚尊の勢力拠点がここにあったのではないかと思うのです。ここまで古代史シリーズに付き合ってくれた奥さんに感謝。
さあ、次はいよいよ本日のメインイベント「国営備北丘陵公園」です。国兼池の周囲に造られた広大な公園で、最初はすべてを周るのは無理だろうと思っていたのだけど、夜になるとイルミネーションがあるのがわかったので、夜まで公園でゆっくり過ごそうと決め、池を巡ることにしました。
園内の職員さん曰く、今年は雨が少なかったので紅葉に艶がない、と。なるほど、そういうことがあるのか、と。それでもなかなか素晴らしい紅葉が見れました。夕暮れになって一度車に戻り、ワンコは留守番です。イルミネーション点灯までの間に腹ごしらえのかき揚げそば。あったかくて美味しかった。
時刻は17時半、いよいよ点灯。
平日なのに続々とお客さんがやってきますが、私たちはお昼から夜まで公園での時間を堪能したのでこれにて終了です。この日のお風呂は翌日に行くことにしていた帝釈峡の近くにある「休暇村帝釈峡」の日帰り入浴。30キロ先と少し遠いのだけど遅くまでやっているのがここしかなかったのです。ところが、この温泉に行く途中に驚きの景色を見ることに。
星のよく見える夜空の下、まっくらな山道を走っていると「コスモドーム」の表示板が。星がよく見えるから、きっと星空を観測するドームがあるのだろう、ちょっと寄ってみよう、と言って駐車場に入ったのだけど、真っ暗すぎて車のヘッドライトが照らすところしか見えません。さらに上にのぼる細い道があったので、たぶんこの上にドームがあるのだろう、と言いながら車を降りてビックリ。こぼれ落ちそうな星、星、星、無数の星。
これは周防大島で見た星空を凌駕するものでした。周囲は真っ暗で、雲ひとつなく、標高が高い、という好条件が重なったのだろうけど、それにしても感動の星空でした。
あとで調べてみると、ここに星空観測のドームはなくて、ドーム型の体育館やテニスコート、グランドなどがあるスポーツ施設でした。でも、勘違いしたおかげで感動を味わうことができたので結果オーライ。
休暇村帝釈峡へ到着すると駐車場には車がいっぱいでしたが、お風呂はほとんど人がいなくて、ゆっくりと浸かることができました。
車中泊場所はさらに10分ほど走った「道の駅遊YOUさろん東城」。いい場所を選んで寝る準備をしていると隣にパトカーが停まった。もしやと思っていると、やっぱり。車中泊あるあるの職質、初体験です。ふたりのお巡りさんが、優しい振る舞いで丁寧な言葉使いながらも、主な荷物をしっかりとチェックしていました。
明日は帝釈峡へ行くと伝えると、車中泊するなら今晩のうちに帝釈峡へ行って駐車場で泊まれば駐車料金をとられないからその方がいいよ、と親切に教えてくれました。素直に言うことを聞いて帝釈峡へ行ってみると明かりがまったくなくて真っ暗、車どころか人っ子一人いません。さすがにここで寝るのは怖いと思って道の駅にトンボ返り。充実の一日でしたが、最後の最後に嫌な感じになりました。
11日目のこの日の走行距離は178.5キロ。最後の道の駅と帝釈峡の往復は無駄足でした。
(つづく)
↓↓↓↓↓↓↓電子出版しました。ぜひご覧ください。
朝ご飯は前日にお風呂で買った弁当です。冷たくなっていたけど美味しかった。
朝ご飯を済ませて8時40分に出発。来た道を少し戻って「筒賀の大銀杏」を見に行きます。標高の高い山の中なので、見頃は終わっているだろうと思いながらも、とりあえず行ってみることに。
案の定、ほとんどの葉っぱが落ちてしまって、ほぼ丸裸のイチョウになっていたのですが、逆にそのおかげで一面に黄色のじゅうたんを敷いたような素晴らしい光景が見れました。
次は安芸高田市まで走って「清神社(すがじんじゃ)」へ向かいます。清神社がある場所は、『日本書紀』に見られる素盞嗚尊が八岐大蛇を退治した「安芸国可愛之川上(えのかわかみ)」の地とされ、その素盞嗚尊を主祭神として祀っています。また、神社名は素盞嗚尊が退治後に「吾が心清清(すがすが)し」と発した言葉に因むとされます。近くを江の川(ごうのかわ)が流れており、これが『日本書紀』にある「可愛之川(えのかわ)」と考えられるわけです。
この神社はJリーグのサンフレッチェ広島が毎年必勝祈願をする神社として地元では有名ですが、古代史マニアにはむしろ素戔嗚尊が祀られていることに興味がありますね。
古代出雲の勢力範囲が意外に広くて、もしかすると瀬戸内海にまで達していたのかも、なんて思いながら参拝しました。次に行った三次市もその出雲勢力圏を考えるにあたって外せない場所です。三次市は出雲特有の墳墓である四隅突出型墳丘墓(通称「ヨスミ」)の発祥地と考えられているからです。その三次市で訪ねたのが、古墳時代の初期に造られた四隅突出型の古墳「矢谷古墳」です。
三次市では各地に先駆けてヨスミを造り始め、古墳時代に入るまで造り続けたということになります。これは三次市がヨスミ勢力の拠点であったことを表しているのではないかな。清神社とは江の川でつながり、わずか25キロしか離れていないこともあわせて考えると、素戔嗚尊の勢力拠点がここにあったのではないかと思うのです。ここまで古代史シリーズに付き合ってくれた奥さんに感謝。
さあ、次はいよいよ本日のメインイベント「国営備北丘陵公園」です。国兼池の周囲に造られた広大な公園で、最初はすべてを周るのは無理だろうと思っていたのだけど、夜になるとイルミネーションがあるのがわかったので、夜まで公園でゆっくり過ごそうと決め、池を巡ることにしました。
園内の職員さん曰く、今年は雨が少なかったので紅葉に艶がない、と。なるほど、そういうことがあるのか、と。それでもなかなか素晴らしい紅葉が見れました。夕暮れになって一度車に戻り、ワンコは留守番です。イルミネーション点灯までの間に腹ごしらえのかき揚げそば。あったかくて美味しかった。
時刻は17時半、いよいよ点灯。
平日なのに続々とお客さんがやってきますが、私たちはお昼から夜まで公園での時間を堪能したのでこれにて終了です。この日のお風呂は翌日に行くことにしていた帝釈峡の近くにある「休暇村帝釈峡」の日帰り入浴。30キロ先と少し遠いのだけど遅くまでやっているのがここしかなかったのです。ところが、この温泉に行く途中に驚きの景色を見ることに。
星のよく見える夜空の下、まっくらな山道を走っていると「コスモドーム」の表示板が。星がよく見えるから、きっと星空を観測するドームがあるのだろう、ちょっと寄ってみよう、と言って駐車場に入ったのだけど、真っ暗すぎて車のヘッドライトが照らすところしか見えません。さらに上にのぼる細い道があったので、たぶんこの上にドームがあるのだろう、と言いながら車を降りてビックリ。こぼれ落ちそうな星、星、星、無数の星。
これは周防大島で見た星空を凌駕するものでした。周囲は真っ暗で、雲ひとつなく、標高が高い、という好条件が重なったのだろうけど、それにしても感動の星空でした。
あとで調べてみると、ここに星空観測のドームはなくて、ドーム型の体育館やテニスコート、グランドなどがあるスポーツ施設でした。でも、勘違いしたおかげで感動を味わうことができたので結果オーライ。
休暇村帝釈峡へ到着すると駐車場には車がいっぱいでしたが、お風呂はほとんど人がいなくて、ゆっくりと浸かることができました。
車中泊場所はさらに10分ほど走った「道の駅遊YOUさろん東城」。いい場所を選んで寝る準備をしていると隣にパトカーが停まった。もしやと思っていると、やっぱり。車中泊あるあるの職質、初体験です。ふたりのお巡りさんが、優しい振る舞いで丁寧な言葉使いながらも、主な荷物をしっかりとチェックしていました。
明日は帝釈峡へ行くと伝えると、車中泊するなら今晩のうちに帝釈峡へ行って駐車場で泊まれば駐車料金をとられないからその方がいいよ、と親切に教えてくれました。素直に言うことを聞いて帝釈峡へ行ってみると明かりがまったくなくて真っ暗、車どころか人っ子一人いません。さすがにここで寝るのは怖いと思って道の駅にトンボ返り。充実の一日でしたが、最後の最後に嫌な感じになりました。
11日目のこの日の走行距離は178.5キロ。最後の道の駅と帝釈峡の往復は無駄足でした。
(つづく)
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