『アエネイスミッション』[Aeneas Mission ]

建国の使命を抱くアエネイスのフアストミッションは自軍団自民族引き連れて炎上壊滅するトロイからの脱出である。

『トロイからの落人』  FUGITIVES FROM TROY              第5章  クレタ島  146

2012-10-19 08:48:52 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 パリヌルスは、肌に冷え込みを感じて目を開けた。夜半である、浜が明るい、彼は空を見上げた。月が煌々と玲瓏の光を投げおろしている。全天に星が瞬いている。
 彼のいつものくせである、北の空に荷車(大熊座)の七つ星を見上げた。彼らは太陽と星を頼りにエーゲ海の南の端まで来た。建国を目指す第一段階の地点までにあと一日の航海である。その出航の時を間じかにして彼ら全員の心気は高揚していた。
 『出航にはまだ少々早い。いま少しうつらとしよう』彼は軽く目を閉じた。閉じたまぶたの裏には、エノスを出てからの航海の数々の風景が浮かんだ。彼はうつらうつらと神経を休ませた。
 浜の空気が動き始めた。その雰囲気を感じて彼は目を覚ました。傍らにアミクスが立っていた。
 『パリヌルス隊長、オキテス隊長がもうそろそろだと言っています』
 『おっ、そうか。判った』
 パリヌルスは起ちあがった、東の空に目をやる、まだ黎明の気配がない、海は凪いでいた。彼はカイクスを伴ってオキテスのもとへと歩を運んだ。
 『おう、おはよう。パリヌルス、気分はどうだ。クリテスの言うとおりの天気の気配だ、どうする?もういいな』
 『おう、いいだろう。行動を起こそう。カイクスにアミクス、船長たちに伝言だ。出航準備に取り掛かるようにと伝えてくれ』
 『はいっ!判りました。ほかに伝えることは?』 と念を押して連絡に走った。

『トロイからの落人』  FUGITIVES FROM TROY             第5章  クレタ島  145

2012-10-18 08:22:58 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 天候待ちの日は明けた。クリテスの天気に関する予想は的中した。常の日なれば凪ぎの頃合である、吹き返しと思われる西南の風が浜に吹き始めた。
 パリヌルスら三人は、統領と軍団長を囲んで、明早朝の船出について打ち合わせた。
 天候の移り変わりについてクリテスは、見事に言い当てていた。日が暮れるころには、空に星がまたたき、風もおさまり、明日の好天を期待させた。
 パリヌルスはカイクスを呼び寄せた。
 『カイクス、天候の移り変わりは、まさにクリテスの言うとおりだ。全くおそれいった。ところで各船長に伝えてほしい。明早朝、北に輝く荷車(大熊座)を背にして出航する。時は知らせる。そのように彼らに伝えてくれ』
 『判りました。隊長、明日の好天、一日もちますかね』
 『一日はもつ安心しろ。あとは風次第だ、船を押すいい風を願っている。カイクスお前、明日の航海を楽しめ!』
 『有難うございます。では、伝言に行きます』
 カイクスはパリヌルスの許を離れた。
 パリヌルスは、明日の航海の無事を念じた。航海の無事には自信がある。それ故に彼は祈った。彼は祈りの力を信じた。身心中に宿しているもう一人の自分の見えざる手の力を信じた。彼は、ただただ無事にこの海洋を渡りきることだけを念じた。

『トロイからの落人』  FUGITIVES FROM TROY             第5章  クレタ島  144

2012-10-15 08:22:46 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 『隊長、船長たち全員集まりました』
 『おっ、よし、行こう』
 『皆、集まってくれたか。いま、我々の向かうクレタ島へは、島ひとつない海原を渡るわけだ。航海は、一日に及ぶ、朝早くミロス島をはなれ、クレタに着くのは日没後である。ただし、深夜になることはないと考えている。この海洋を渡るについて天候の如何んをクレタ出身のクリテスに聞いた。彼が言うのでは、この荒れた天気は、雨は止むが風は一晩中吹くそうだ。そのあと風の吹き返しがあるそうだ。明日の出航は無理と判断した。そのようなわけで明日は天気待ちの日とする、いいな。しかし、明後日は天気はよくなる、十中八九は信じてよい。明後日、空に星の輝く朝まだき、この浜を出航する、いいな。星をかついでの出航だ。船を押す風は期待できない、手漕ぎでの出航だ。その後も風に船を押す力を期待できないと考えている。出航したら真っ直ぐ南へと向かう。我々の航海を阻むものは何もない、我々は一路クレタへと向かう。以上だ』
 パリヌルスの口調は、聞いている者たちの心をゆすぶった。彼らは強くうなづき答えた。
 『質問はないな。では、身体を休めてくれ。明日は、明後日の航海に備えて、船の点検、整備に努めてくれ、わかったな。では解散する』
 浜は短い秋の日の夜のとばりにつつまれていた。雨は小降りになってきている、風は陸に上げている船をゆすった。

『トロイからの落人』  FUJITIVES FROM TROY             第5章  クレタ島  143

2012-10-12 06:03:12 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 『お前、なかなか天気に詳しいな。ここまで説明できるとはたいしたもんだ』
 『え~え、私の父は漁師なのです。クレタのハニア地方では、名の知れた存在なのです。そのようなわけで海の天気については詳しいのです』
 『パリヌルス、どう思う。彼の天気についての話はなかなかだ。彼の言うとおりかもしれん』
 『クリテス、そこでどうだ。明後日の空模様は?風の具合は?そして、一日もつかどうかだ。お前の天気予想を聞きたい』
 四人は暗くなりつつある荒れた天気の空を眺めた。
 『私が先ほども言ったように明日の午後の天気具合が、明後日の天気の鍵となります。明日は、今、吹いている風の吹き返しがあって、午後おそくになって気温が下がり、冷え込んでくるようであれば、明後日の天気は上々のはずです。明日の夜半から空に星がまたたくようであれば、天気は一日、いや、二日はもつ筈です。風も船団にとって、いい風になると思います』
 『判った。オキテス、オロンテス、両人どうだ、明日は天気待ちの日にしよう、それでいいか』
 『そうするより他に手はない、大事をとろう。あわててしくじることは出来ん』
 『よし決まった。明日は天気待ちだ。明後日朝まだき、この浜を出航する。この旨を全員に伝える。カイクス、船長、副長たちを集めてくれ』
 『判りました』
 『クリテス、有難う。君の意見を尊重する。オキテス隊長、オロンテス隊長、これでいいな。決定とする』
 二人はパリヌルスに向かってうなずいた。

『トロイからの落人』  FUGITIVES FROM TROY             第5章  クレタ島  142

2012-10-11 06:50:25 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 『判りました。私が知っていることでしたら、お話いたします。どうぞ、お聞きください』
 『尋ねることについて話してくれればそれでいい。お前も知っているとおり、今度の航海はクレタまで島ひとつない海洋を南下するわけだが俺たちにとって初めての海洋なのだ。お前の知恵を借りたい』
 パリヌルスは要望を伝えた。
 『よろしいです。何なりと聞いてください。知っているかぎり話します。どうぞ、、、』
 『いま、我々はミロス島にいる。この風雨、明日 朝にはおさまっているかどうか』
 『この風雨ですが、空を見るかぎり、雨はやみますが風の吹き返しがあります。明日は風のおさまりはなく、西南の風が吹くと思われます。夕刻にはおさまりますが、気温が下がって冷え込めば、明後日の天気模様はよく晴れて風も北からの風なるはずです。風は大陸から降ろしてくる風ではなく、海洋を渡ってくる風です。昼前は余り強くはありません。しかし、クレタに近づくと風は確実に北からの風となってクレタがひきつける風となります』
 『う~ん、そうか。オキテス、お前どう思う?』
 クリテスの話を聞いたオキテスは質問した。
 『この季節、天気は変わりやすい。明後日はいい天気、航海日和になるか。そのうえ一日、その天気がもつかどうかだ』
 『この辺りになると、エーゲ海の北の地方と違って海洋性の気候を帯びています。まだ、この時節 天気の急変はないと思います。あと半月も過ぎれば海の荒れる日が多くなり 雨の降る日もあるようになります』

『トロイからの落人』  FUGITIVES FROM TROY             第5章  クレタ島  141

2012-10-10 08:28:09 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 『それはいいでしょう。今度の航海は天候と風の具合のふたつ、これがクレタに無事着くか着かないかの切り札です。予備知識を持って挑む、それにご両人の航海に関する技術と配慮をもってすれば怖いものなしです』
 『オロンテス、お前言ってくれるね。そこまで言われると何んとしても、この航海を、この海を無事に渡らなければならん。お前には大変な仕事を押しつけている、お前がいればこそ、統領以下、我々を含めて民族全体がこの航海に挑んでいける。お前はかけがいのない存在なのだ。統領、軍団長もそうであろうと思うが、オキテスも俺もお前に感謝の念でいっぱいだ。これからも頼むぞ』
 『判っています。こちらこそ感謝、感謝です』
 彼らは固く手を握り合って意志を通わせた。風雨の中で交わした三人の意志は固かった。
 この三人が民族の存亡を賭けた大いなる航海の成否の鍵を握っていたのである。
 パリヌルスは近くにいたカイクスに声をかけた。
 『おい、カイクス、お前クリテスがわかるか。ここへ呼んできてほしい』
 『え~え、わかります。ここへ連れてくればいいのですね』
 『おっ、そうだ』
 クリテスが姿を見せるまで少々の間があった。
 『おう、クリテス、来てくれたか。俺たち三人がわかるな』
 『え~、わかります』
 『俺たち、クレタへ向けて航海をしているわけだが、天候についてお前に尋ねたいことがある。話してほしい』

『トロイからの落人』  FUGITIVES FROM TROY             第5章  クレタ島  140

2012-10-09 06:37:39 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 『気になるのは明日の空模様だ。明日からの航海は、このミロスから真っ直ぐ南下して、クレタに向かうわけだがクレタのハニアの浜まで島ひとつない海洋を行くわけだ。途中に船を寄せる島ひとつない大海原だ。航海を無事に終えるかどうかは、空模様と風向きだ。このふたつが統領以下、民族の運命を決めるといっても言葉が過ぎることがない。オキテス、お前はどう考える。俺ひとりで考えても、不安の全てを払拭することができない』
 『俺だって不安だ。パリヌルス、お前がいるからこそ、この建国の大航海ができるのだ』
 『天候の変わりやすいこの季節だ。多少の困難については覚悟をしているが、一日いっぱいの航海日和がほしいと願っている。とにかく早朝から日没まで天候の急変はご免こうむりたい』
 『なあ~、パリヌルス、クリテスを呼んで、今頃のこの海洋について話を聞くというのはどうだ。我々が初めて渡る未知の海洋を行くわけだ。クリテスが海の気候について知っているかどうか、知っていれば、奴から予備知識を得ることができる。話を聞いてみて損はないだろう。どうだ』
 『そうか、そんな手があるか。いいだろう。呼んで話を聞こう』
 話が結論に達したところにオロンテスが帰って来た。
 『夕めしを配り終えた。思いのほか海が深かった。浜まで運ぶのにちょっと手こずった』
 『そうか、それはご苦労だったな。いま、俺たちは、クレタまで大海原を突っ切る相談をしていたところだ。そこでだ、デロスから同道しているクリテスを呼んで話を聞こうと思っている。三人で話を聞こう。いいな』


 10月3日の投稿で間違えたところがあります。訂正いたします。
 第5章 クレタ島 136
 7行目  第一船 を 一番船 に
 14行目 第二船 を 二番船、五番船 に訂正いたします。
 申し訳ありませんでした。深くお詫び申し上げます。

『トロイからの落人』  FUGITIVES FROM TROY             第5章  クレタ島  139

2012-10-08 07:00:18 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 時は過ぎてゆく風雨はおさまりそうにない、薄暗い風雨の浜に宵が迫りつつあった。
 オロンテスが重そうに口を開いた。
 『パリヌルス隊長にオキテス隊長、夕めしは皆に配ってはありませんが、どのようにしましょうか』
 『あっ、そうだったか。オロンテス、即、手を打とう。六番船には海中を歩いて行けそうか?』
 『ぎりぎりの浅瀬に泊めています。いけるはずです』
 『カイクス、船長、副長たちに、ここへ集まるように伝えてくれ』
 カイクスは、風雨の中を駆け巡って伝言を伝えた。彼らは間をおかずに集まった。
 『おうっ、皆、集まったか。夕めしのことについて指示する、即、かかってくれ。風雨はまだまだおさまらない。夕飯はまだ六番船に乗ったままだ。この風雨だ、浜で夕めしとはいかん。各自が今いる場所で夕めしとする。いいな。君たちは部下を15人くらいづつ引き連れて六番船まで取りにいってくれ。船までは海中を歩いていける、オロンテスの指示に従ってやってくれ』
 『判りました』
 オロンテスを先頭に一同は行動に移った。指示を終えたパリヌルスは、今日を振り返った。
 強い風に押されて、予定したミロス島の停泊地に着くことができた。彼は安堵すると同時にその無事を喜んだ。
 『オキテス、このミロスまで何とか無事に来れた。君に感謝、感謝、大感謝だ。有難う』
 『いやあ~、俺はお前に頼りきりだ。俺こそ、お前に感謝の気持ちでいっぱいだ』
 風が二人の言葉を吹き飛ばす、交わす目線が心を結び付けていた。

『トロイからの落人』  FUGITIVES FROM TROY             第5章  クレタ島  138

2012-10-05 07:13:50 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 ミロス島はエーゲ海の南西部に位置するギリシア領の島である。かの有名な『ミロのビーナス』が発見された島である。このミロス島は黒曜石を産出した島であり、エーゲ文明の中心的な役割をはたしたところでもあった。
 アエネアスたちが上陸した浜は、島の南東部であり、現在のパレオチョリビーチのあたりと思われる。島の北側には大きな入り江があり海賊たちの集結地であった。
 船団の者たちはこの風雨がおさまらない限り、何もできない状態におかれた。
 パリヌルスをはさんでオキテス、オロンテスがいる。
 『パリヌルス、この雨、風だ。何もできない。ちょっと休んでおさまるのを待とうではないか』
 『まあ~、そうだな。手持ち無沙汰は俺ムキではないが致し方ない』
 『オロンテス、そういうわけだ。オキテスの言うようにちょっと休もう』
 『え~え、そうしましょう。見てのとおり、この状態の浜です。夕食といってもパンと副菜を配るだけですから』
 彼らは、海と浜を眺めながら、風雨のおさまりを待った。

『トロイからの落人』  FUGITIVES FRIM TROY             第5章  クレタ島  137

2012-10-04 06:23:52 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 風雨の荒れた海での下船が行われた。荒波に翻弄され、彼らは船に取りすがった。改造交易船の2隻は軍船の4隻に比べて沖合いに停船している。船上の者たちを舟艇が浜へと運び下船作業を進めた。このあと、全員が総がかりで軍船の4隻を浜へ陸揚げした。
 浜は平坦であり、かなり広く陸揚げ作業は難なく行えた。改造交易船にいたっては船底が海底に触れる深さのところに停船させ、想像を超える数の碇石で安定させた。
 パリヌルスはカイクスを伴って点検を終えた。ここまでは全員が無我夢中で作業に取り組んだ。
 彼らは我に帰った。浜を眺めた、風雨を避ける何ものもない浜であった。
 パリヌルスは全員に陸揚げした船に身を寄せて風雨を避けるよう指示して、ギアスを呼んだ。
 『ギアス、舟艇に積んでいる荷物は多いのか?』
 『いえ、ほとんど無いに等しいですが』
 『そうか、聞いてくれ。風雨を避けるのに舟艇を使う、いいな。使い方はこうだ。舟艇を逆さにして櫂で支える。判るな、それができたら、統領たちをそこへお連れしてくれ。それから市民の幼い子供たちもだ。風の向きに注意して作業をやるのだ。いいな』
 『判りました』
 ギアスへの指示を終えたパリヌルスは、リナウスを呼んだ。
 『おう、リナウスきたか。お前、各所をまわって風雨の避け具合を点検してくれ。そして、怪我している者がいるか、いないかを調べてくれ。終わったら俺まで報告だ』
 風雨の激しさは海上にいるときより増している。一木一草もなく、風雨をさえぎる何ものもない殺風景な浜であった。