平和への希い


 
  積極的平和主義とは、世界のすべての国が、日本
  の平和憲法を掲げる努力をすることです。

平和への希い2422 基地攻撃で始まった戦争

2021-12-08 10:42:02 | 日記

80年前の今日12月8日、日本が真珠湾を奇襲し、太平洋戦争を仕掛けた日。

アメリカにとっては、「リメンバー パールハーバー」と、「決して日本を許さない」世論が沸騰、反撃開始

を記念する日。

結果は、国民300万人余の死と遺族の悲しみ、原爆や空襲での後遺症に苦しむ国民、ひめゆり部隊などの

悲劇、塗炭の戦後生活を強いられた国民、近隣諸国への侵略で犯した殺戮や蹂躙、敵対国米英など兵士の戦死

と遺族の悲しみ、などなど、戦争のバカバカしさを証明しただけ。

 

1941年12月8日朝6時の臨時ニュースで、「帝国陸海軍は、本日8日未明、西太平洋において、アメリカ、

イギリス軍と戦闘状態に入れり」と、ハワイ真珠湾の米海軍基地に対する奇襲が成功したことを発表。

日本中は、真珠湾奇襲での「戦果」が、多くの国民を高揚感に酔わせた。

作家の太宰治でさえも、妻がしたためた日記形式で、「12月8日」を、「日本も、けさから、ちがう日本に

なったのだ」と「戦果」に興奮している様子を書いていたのです。

この興奮・高揚感は、人類史上初の2発の原爆で惨憺たる結末となって、打ち砕かれたのです

一流の経済学者による、「陸軍調査研究機関」が、「経済力は、英米20に対し日本は1。開戦後2年間は

持っても、持久戦は無理」と結論づけており、指導層もわかっていた筈なのです。

無謀な戦争への突入は、いっとき熱狂で迎えられたが、すぐ破滅への淵へ出くわしたのです。

いかに無謀な戦争であったかを後で知った国民は、作られた「蜃気楼のような高揚感」だったことを悟り、

戦争がもたらす悲惨を痛体験したことを大切にして、「軍隊を持たない、戦争をしない」という憲法を守り、

76年間、「戦争をしない国」を貫いてきたのです

 

集団的自衛権を含む新安保法で、「戦争をしない国」が危うくなりそうですが、私達日本国民は、

「1941年12月8日は、『戦争をしない、ちがう日本』の出発点だったのだ」と、認識し、『平和国家

日本』を今後も貫いて、世界各国に働きかけて、平和への努力を積み重ねて行く必要があると思うのです。

真珠湾奇襲のような敵基地攻撃を、「国民の安全を守る」ためなんて言っている政治家は、またまた、国民を

戦争に巻き込む毒虫です。しっかり見張っていないと、悲劇の歴史が繰り返されてしまいます

日本の政治家は、「戦争を二度としない」という憲法を必死に守り、世界の国々に、不戦の平和憲法を、掲げる

よう訴え続ける責任があるのです。全ての国が平和憲法を掲げれば、国と国の戦争は無くなるのです

ウォーキングで出会った花雲。

12月8日、「今日は何の日カレンダー」より 太平洋戦争開戦記念日、こと納め、針供養(法輪寺)
▲釈迦が悟りを開く(紀元前428)▲賭博のすごろく禁止令(689)▲戦没者供養のため北条時宗が円覚寺建立(1282)
▲わが国初の日刊紙「横浜毎日新聞」創刊(1870)▲日本、真珠湾を奇襲攻撃。太平洋戦争勃発(1941)
▲新宿コマスタジアム開場(1956)▲プロレスラーの力道山、赤坂のキャバレーで刺される(1963)
▲ジョン・レノン、ニュー・ヨークのダコタ・アパート前で狂信的ファンに射殺される。40歳(1980)
▲愛人バンク第1号の夕ぐれ族が摘発される(1983) ▲米ソが中距離核戦力全廃条約調印(1987)▲ロシア・ベラ

ルーシ・ウクライナが、ソ連消滅と独立国家共同体の創立宣言(1991)▲福井県の高速増殖炉「もんじゅ」で、

ナトリウム遺漏事故、事故隠し問題(1995)▲AKB48初公演(2005)▲森繁久弥に国民栄誉賞(2009)

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