「 起きて半畳寝て一畳 」
この言葉も最近では使われなくなりました。
この後の文句は
「 天下とっても二合半 」
と続くのです。
人間どんなに贅沢しても、
起きて本読んだり、仕事するには
半畳もあれば十分、そして
寝るときには一畳あれば事足りるということです。
最近の家では畳というものが少なくなり
そして、畳の寸法もまちまちで、
起きて半畳ということばがだんだんと意味をなくしてきているようです。
普通は三六畳 ( サブロク ) というのでしょうか、
三尺六尺 ( 1.8m×0.9m ) という寸法です。
昔は京間という寸法があって、
六尺五寸・三尺一寸五分 ( 1.910m×0.955m )
という大きさです。
お寺とかの本堂はこの寸法です。
不思議なもので、畳の藁床は稲から作り、
畳表の藺草 ( いぐさ ) の寸法が
ちょうど畳がとれる大きさなのです。
植物の大きさと人間の行動する大きさが
ちょうど合っているということです。
人間の生きていく知恵は
自然に生きている動植物の大きさと
たくみに関係しているのです。
昔は 「 畳 」 は家財道具として扱ったようで、
引っ越しの時は箪笥長持と一緒に畳も
持って行ったそうです。
今は家に合わせて畳を作りますが
昔は畳の大きさが決まっていて、
それに合わせて家もできていたので、
どこに持って行っても合うということだったのでしょう。
というのは昔は畳は貴重品で、
畳の大きさ縁の色、厚さとかで
位が決まっていたようです。
先日訪れた本山の醍醐寺、
「 白書院 」 というところへ通されました。
廊下を通り、ちょうど障子越しに 「 国宝 唐門 」
が見えます。
ここが白書院です。
書院となるとお客を接待するということで
ぜんぶ畳が敷き詰めてあります。
ただ、畳の敷き方が普通とは違っています。
普通で言う 「 不祝儀 」 の敷き方です。
互い違いに並べるのではなく、
縦一列に敷いていきます。
お寺の本堂もこの敷き方です。
それから、お勤めがある
醍醐寺三宝院の本堂 「 弥勒堂 」 へ
通されました。
ここは寝殿造りになるのでしょうか ?
畳はお坊さんが座るところだけにしか
敷いてありません。
東寺の御影堂も寝殿造りなので
畳も 「 置き畳 」 で必要なところへ持って行って
敷くという形になっています。
最近では床はフローリングにするほうが多いそうで
そして、畳も捨てがたいということで、
寝殿造りよろしく必要なところへ敷いて
畳を利用しているということです。
平安貴族のころは畳は権威の象徴でもあった、
その貴重な畳が庶民のものとなり、
フローリングが全盛を迎え、
今また、平安時代のように戻ってきているのではないでしょうか。
面白いことに、マンション等では
一畳二畳という表現ではなく、
一帖二帖という文字に変わってきているそうです。
畳には襖、
醍醐寺・白書院の 「 五七の桐 」 のご紋
光り輝いていました。