
いや私じゃないよ。私がそんな激しい運動をするわけは無い。
知り合いが最近前十字靭帯を切る事故にあった。まあ当然側靭帯やら半月板、あと足首も大損傷。アスリートがちょっと別競技をやってこの事故になったわけだ。別競技だし体重の問題もあるからそうなるのだろうと、普通はそう思う。
この事故にあった彼は、そう運動神経はいい方ではないが、とにかくマジメでコツコツと、準備運動からストレッチから食事メニューまでほんとうにしっかりやる子だった。いきなりのこの大事故がちょっと信じられなくて、まだ困っている。おまけに事故後に肩を貸して送ったのだが、送った先が彼の自転車だった。彼は自転車で病院に行ったのだ!
マジメで我慢強いのもいい加減にしろと、今では思う。救急車レベルだと気がつかなかった私も鈍感だが、多分彼も気がつかなかったと思う。
以前見た事のある前十字靭帯断裂事故だと、大体顔面蒼白で痛み苦んでいたが、彼は全くなかった。

自分の30年前の事を考えれば、前十字靭帯断裂事故と言うのはそうそうにないものだった。あるとすればラグビー部などののコンタクトプレーのあるスポーツや、バイクなどのモータースポーツだった。あとはスキーがある。これらは意図しない衝撃があるからそうなるのだろう。アメフトなんかもそうだ。防具がある分スピードが出せる。その結果偶然にも事故が起きる。
ただ事故に遭う人は、まあ事故なのだから誰にでも起きるのだが、基本はだらし無い奴が熱くなって起こすケースが多かった。そしてなぜか熱くなる人ほどストレッチや準備運動を疎かにしがちだった。食生活も行き当たりばったりだし、それでいて自信過剰だったりもする。そして若年層ではこの10年間で私の回りでは激増している。しかしやはりだらし無い子が多い。
あとは年を取ってからのスポーツでの事故だが、これは全く別だろう。スポーツをする年齢層が広がれば当然事故は増えるわけだ。
だが今回の事故は、全くそれに該当しないのだ。若いし、とてもマジメで優秀。彼が前十字断裂を引き起こしたとなれば、全く違う事だとなる。

それは何かと言えば、やはり子供時代の過ごし方のようだ。
この前十字靭帯とか関節を支える靭帯は、基本的に成長が遅い。特に前十字靭帯とかは血液の供給の少ない所にあるので、一端断裂すると再結合しないらしい。筋肉と結びついている腱とは組織的に同じだが、ここが一番違う所だ。それでも筋肉に比べれば腱の成長も遅い。
このため靭帯は成長にあわせて鍛えるしか方法が無い。その方法とは、いろいろな体を使った遊びをする事なのだ。
ちなみに前十字靭帯事故は男女差がある。女子は男子に比べて2倍以上多いと言われているが、この理由は体の構造もあると思うが、多分幼少期の過ごし方に問題があるのだろう。
遊ぶ場所も少なくなった。ましてや不整地などは遊ぶには危険と見なされ、子供が遊ぶ場所では無くなった。登下校も変質者対策からクルマで送り迎えが当然になっている。それではスポーツ少年団に入ったりすればいいのではないのか?となるのだが、技術主導の教育になりがちだ。なぜそうなるのかと言えば、走り込みなどのキツイトレーニングは、クレームになりがちだ。クラブ運営上これはマズイわけだ。はっきりと上達が見える技術系の方が子供にも親にも受けがよい。そこで能力を大きく伸ばした子供達は、他のスポーツに移行しない。するとますます偏った体になって行く。だからいろんなスポーツを取り入れたクラブなども出始めている。
更にゆとり教育の一番悪い所が、体育の時間を削った事、そしてここも技能中心のメニューに変わった事が上げられる。もちろん準備運動にストレッチやバランス運動を取り入れたりして、靭帯に程よい刺激を与えて強化するメニューも用意されたりしているが、いかんせん時間が少なすぎる。
これが中学校以上になると、スポーツはかなり技能中心になってしまい事故率がかなり上がっている。伝え聞いた話では、岩手県でバスケットボールとハンドボール部の高校生に、「前十字靭帯はどこにあるか知っていますか?」とアンケートで聞いたら、なんと90%が知っていた。そして「前十字靭帯断裂事故を見た事がありますか?」では80%が見た事があると答えているそうだ。
これはどうゆう事なのか?体が急激に発達する時期に、その成長について行けないからだと簡単に考えられる。そして技能中心のプログラムが、過度の負担をかけているのだろう。例えばNBAのスター選手のような動きを要求されたりしたりするのだろう。また競技レベルが上がっているのもある。
こういった事が前十字靭帯断裂事故を増やしているのだろう。
だが、最大の問題は医療技術の向上だ。前十字靭帯損傷では他から腱を移植して縫合する手術が主流になっている。手術の成功率は高く、昔と違って将来膝がおかしくなるとか、曲がらなくなるとかそう言った不安は無くなった。そしてスポーツに復帰するアスリートも多数いる。だから指導者も、無理な動作を要求したりするのだろう。そして日本のスポーツはほとんどが若年層だ。そのほとんどが社会人になると辞めて行く環境では、無理が横行しやすくなっている。
理学療法士のガイドラインがある。
これによるとアスリートなら、手術後80%は競技に戻ると言われている。ただ2年後までにもとの競技レベルに戻ったと言うのは50%程度なので、やはり大きな事故であるのは変わらない。そして現実的に断裂事故がトラウマになったり、微妙な違和感からパフォーマンスレベルを向上できないという現実が見えてくる。
実際スポーツと故障の問題は古くからあるが、10年以上前にラグビーで肩脱臼が流行った時期があった。鋭いタックルを指導した結果だったのだが、これが30年前だったら起きなかった事故だ。子供達が弱くなったのは確かだったのだが、今回つくづく思い知らされたのだった。