どうでもいいこと

M野の日々と52文字以上

暑かった

2017-03-31 01:23:39 | 日記

 

いきなり13.8度まで気温が上がった。これは暑い。寒さに慣れきった身にしてはかなりのものだ。おまけにまだこの季節は急に気温が下がることもあるから下着とかはまだ冬装備だ。

いきなりというのはいつも困るものだ。

 

 

現代ビジネスオンラインに面白い記事があった。「正気ですか?「パン屋は愛国心が足りない」という道徳教育の愚」だ。

小学校道徳の教科書検定で、文部科学省が「我が国や郷土の文化と生活に親しみ、愛着をもつ」(「学習指導要領」)との点が足りないと指摘し、ある教科書会社が「パン屋」を「お菓子屋」に書き換えたというのである(3月24、25日付新聞各紙報道)。」

すでにネットでは揶揄されている話だが、これは近年特に目立つ話だ。

教育改革国民会議(小渕恵三→森喜朗内閣)の報告書では、「いじめ、不登校、校内暴力、学級崩壊、凶悪な青少年犯罪の続発など教育をめぐる現状は深刻であり、このままでは社会が立ちゆかなくなる危機に瀕している」「子どもはひ弱で欲望を抑えられず、子どもを育てるべき大人自身が、しっかりと地に足をつけて人生を見ることなく、利己的な価値観や単純な正義感に陥り、時には虚構と現実を区別できなくなっている」などと無根拠に決めつけられ、「学校は道徳を教えることをためらわない」「奉仕活動を全員が行うようにする」などとの方針が打ち出された。」

まあ古くからこの議論はあるわけだが、にしても「子どもを育てるべき大人自身が、しっかりと地に足をつけて人生を見ることなく、利己的な価値観や単純な正義感に陥り、時には虚構と現実を区別できなくなっている」ということはすでに教育するべきことではなくなっているということなのだ。大人改造計画?ならわかるが教育問題として取り上げているのだ。今できていないことを未来に押し付けるというのは、賢い話ではない。ただこれでも第一次安倍内閣の教育再生会議に比べれば可愛いものだ。

限りなくできない非才、無才には、せめて実直な精神だけを養ってもらえばいい」(三浦朱門)とか、「子どもを厳しく『飼い馴らす』必要があることを国民にアピールして覚悟してもらう」(教育改革国民会議第一分科会配布資料)とか、「日教組をぶっ壊すために火の玉になる」(中山成彬)」

私としてはこういった変なところに着地する前に、考えるべきことがある。まず大人が地域を考えるシステムを作るべきだ。その上で最低限でも自分たちでできることは考えようというのがいいと思う。アメリカのコミュニタリアンの考えに近いが、日本には宗教的な共通基盤がない。かなり苦しいことだ。だがその地域それぞれで考えなければいけない課題はあるはずで、それを手助けするのが政治家の仕事でもある。

で、それをしないで教育に手をつける手法は、全くいだだけませんな。



昨日は早く寝たせいか、とても悪い夢を見た。

私はエッシャーの絵画展にいる。様々な絵を見ながら、絵の部分は全体であるという。ホビットが連続する絵では、私らは全て違うが全て同じなのだという。

私らは全て同じだが、一人一人は違うって?一枚の絵だろう?そこから抜け出てきたとしても、それは一枚の絵でしかないはずだ

ホビットは「だからスパーフラットなのだよ」。そう答える。ポストモダンと熱力学のよく分からない混合で生まれた「スーパーフラット」、全ての力学が均衡して徐々に衰退してイデオロギーから服飾のリバイバルまで、全ての知識が飽和した社会での、全くの熱力学第三法則的なエントロピーの最大に達した世界、ホビットは言う。「だから我々は別なのだ。一つを見ると全てを見ない。全てを見ても、それはつもりでしかない」

「この黒は怖いかい?私は大丈夫かい?今はその区別すら無意味なのだ。部分を怖いとか好きとかいっているだけで、全体には何にも影響がないのだ。だからスーパーフラットなのだ。全てが並列で並んでいる社会を分かったつもりでいるのは、断片でしかない。その断片にしがみつきたいだろうが、全く全部は見ることができない。かつてのように我々が増大する前は、我々も意味をなしていたかもしれないが今は全体に収まっている。一つ一つは正義であり悪であり総じて無害だ。ただ偏ることはできる。それは全くの平面だから3次元になると言うことだ。だがそのエネルギーは過去のようには作ることはできない。また平面に戻るだけなのだ。ただし平面はそこで変質したかもしれない。全くの平面になった社会。個人はデコボコかもしれないけど全くのフラットなのだ。もはや歴史も停止した。災害やらいっぱいあるが停止した歴史には全てが無価値になるのだ。」

「スーパーフラットに少しでも刃を突きつけられないのか、槍とかそういった武器は膜を破れそうだが」そういった無意味な質問をした。それには簡単に言い切られた。「価値観の相対化が人の全てに進んだ時点で全てが終わっているのだ」。

ものすごく抗うのだがなんとも言えないほどに延々と夢を見た。実はこの夢はある意味創作なのだが、図形ばっかり出てくる夢なのだ。これを翻訳するとこういった話なのだが、創作と言われても仕方がないのだが、あんまりにも酷い夢だった。

我々は、部分にしがみついて生きるしかないのだ。



ここまで夢に言われてしまえばスピリチャルとかそっちにいってしまえと考えたいんだけど、それだけは絶対やりたくない。

分かっていることをやるのは好きじゃない。分かっていない方が好みだ。

でもあの夢は執拗だった。

あの夢がまた出てきても、戦えるかなぁ。頑張ろう。


Ps.なぜ環境保護派は、自然の多様性をいうのがだ、人の多様性を言わないのかな。実際にはこちらが大問題なのだが。


日常です

2017-03-29 19:54:52 | 日記

 

今日は泳いだ方がいいなと思っていたのだが、仕事と重なっていた。どうするか。合間を縫うしかない。そうした。

 

 

おととい夜中に覆面パトカーに出会った。交通機動隊のようなのだが、少し変だった。

自転車のライトは振動を検知する賢いやつなのだが、最近不具合が多く点かないことがある。それで止められた。免許証から色々あったが、最後に「靴底見せてください」と言われたのは、驚いた。

何があったのだろうか。とても紳士的な人たちでもあった。でも「検問」とかよくわからない単語が出ていたな。あれはなんだったのだろう。

 

 

トランプさんがインターネットプロバイダーが、契約者の個人情報を契約者の承諾なしに第三者と共有できるようにするらしい。大統領例は近日中に出てくるようだ。

盗聴されたと騒いでいるのに、これはね。

 

 

 

都合の良い人たちだなぁ。


最近なぁ

2017-03-29 01:16:27 | 日記

 

カメラマンなのでよく「ご専門は」と聞かれる。地方で仕事をする限り専門性というのはないのだが、最近キンクロハジロになりそうなのが怖い。潜るタイミングもかなりの精度でわかるようになった。成功率50%というところか。以前は1%程度だったのに。

 

 

さらにイライラしているやつを発見できるようになった。

嬉しいような悲しいような。

 

 

ケンカも予測できるようになった。

 

 

口がここまで広がるとは思わなかったな。

 

 

日本が核兵器禁止の国際条約締結の交渉に望まないことがわかった。理由は核保有国が並ばないのは意味がなく現実的ではないということだ。それでは田舎にある「核廃絶宣言の村」というはのはなんなのだろうか。結局関係ないところでしかできない話なのだ。

日本がこの条約に締結した場合、アメリカの核の傘から外れるということを意味するし、非核三原則の曖昧なところを厳密に運用しなければいけなくなる。それが現実的ではないという判断なのだろう。ただね、これで世界で唯一核兵器の被害にあった国という名前は返上しなければね。

なお被害がないといっているだけで、空中核実験をやった国は全て被害がある。特にアメリカだね。



何か別な生き物に見える。



ニューズウイークの「東芝は悪くない」という記事がとても面白かった。筆者の小幡績氏は、1992年東京大学経済学部首席卒業、大蔵省(現財務省)入省。1999大蔵省退職。2001年ハーバード大学で経済学博士(Ph.D.)を取得。帰国後、一橋経済研究所専任講師を経て、2003年より慶應大学大学院経営管理研究学科(慶應ビジネススクール)准教授という経歴で、経済ジャーナリストとは逆の意見を言うことが多いが、本質に近いことを言う。今回もそれだ。

よくある経済ジャーナリストは「日本企業はリスクを取らなさすぎる」と言う。企業買収とか積極的に進めるべきだし、トップを目指すべきだと言う。その意味ではトップを目指して、三菱重工の2倍の金額で買収したWHはどうだったかといえば失敗した。なぜなら超名門のWHは東芝から見てもガバナンスが効かない大きな企業だった。東芝は見下されたのだ。結果何にもできずにWHは体質を改善できずに倒産の危機にある。

東芝をはじめほとんどの日本企業は経営の基本がわかっていない。経営とはリスクをとらずに利益をあげること。それがすべてだ。」

ものすごく細かいところにリスク管理はするが大局的なリスク管理は一切できない、と言うことになるのだろう。従業員にはコンプライアンスがとか顧客管理がとかうるさくいっているのに、ネット管理が甘いとかそういったことはとても多い。

普通の考え方をすれば、利益よりも事業を優先させる、という職人魂のような誤った考え方を捨ててすべては利益のために、リスクを最小化し、リスクを上回る利益のあるときだけリスクをとる、ということを徹底することである。」

職人魂を重視するならばそれを徹底するべきで、それでもリスク排除は徹底しなければいけない、といっている。



アメリカが地球温暖化防止のための対策を緩和するようだ。アメリカ人にとって今までの自分たちの生活を否定する地球温暖化議論は、石炭業界でなくとも、受け入れたくないのだろうな。

メキシコとの壁もどうなるのだろうか。おっそろしく丈夫なものになりそうだが、やっぱりメキシコ人が作るのだろうか。プエルトルコ人だろうか。アメリカ人は絶対作らないだろう。マリファナが合法かされた州ではビールの売り上げが落ちるくらいだからな。


平和でございます

2017-03-28 01:18:35 | 日記

 

缶バッチのデザインを決めて過ごした。とても楽しいのだがとても不安になる。何しろ結果がどうなるのかが、経験がないので全くわからないのだ。それではといえのプリンターで確認用の出力をしたら、何かもっと不安になった。

テスト的な発注が必要なのかもしれない。

 

 

写真展や写真集、ファイルというのを作るのとまた違う問題がある。元は四角い写真を丸くトリミングするというのもあるが、少し球面になるのだ。これがどうなるのかと、安い缶バッチ業者は多分オンデマンド印刷の技術を使うのだが、その発色がどうなるのかだ。そして表面のプラスチックで色合いが少し深くなるので、浅い色調整が必要になる。だがそれがどの程度か全くわからない。

 

 

そして一番大きいのが、人にプレゼントしたとしても喜ばれるものになるかどうかだ。私の好みで徹底したいのだが、そのあたりが本当に難しい。その上できれば少数でも売って見たいと思うので、商品コンセプトという問題も起きる。白鳥の写真は私はどうでもいいのだが、高松の池といった段階で1点もないのはどうなのかとなる。

実はこういったことが悩ましい。もうバカバカしい写真で全部終わらせたいのだが。

 

 

ただ自分でも意外なのだが、写真集とかと違って缶バッチだと物的な側面が大きい。多分これが迷いの原因なんだな。缶バッチとしての魅力と写真としても魅力との差があるわけで、そこが全くわからないと思う。

 

 

被写体はこんなに可愛いのに、缶バッチが可愛いアイテムだから悩むのだな。

 

 

オオバンの正面は、いいかな?

 

 

キンクロハジロの開脚角度を見よ!すっげえな。おかげで陸上は全く不利になっている。

 

 

とはいえ自分でも放っておけば、キンクロハジロしか使わないのがわかっている。それってどうなのよという疑問がどうしてもある。

こんなに可愛いのにねぇ。


キンクロハジロが喧嘩していたよ

2017-03-27 00:57:31 | 日記

 

今日も高松の池でキンクロハジロです。まあここまで来たらとことん今シーズンはキンクロしましょう。

今年は着水に下手くそ加減も撮影できたし、瞬膜が動くところも撮れたし、威嚇しているところも若干撮れた。そうそう、この写真は足の構造がわかりやすいですね。股関節のあたりが肩幅近くに来ています。これが原因で体重を支えるのが難しく、歩くのが困難になっています。その代わり水中での足の開脚角度が広くなり、水上で自由自在の泳ぎがでいるわけです。ハジロ類は大体そうできているのですが、キンクロは体が小さいせいか、特に目立つように思われます。ホシハジロに比べるとパワーの違いがゆとりの違いになって現れているように感じます。

 

 

で、ドシャっと落ちます。ホシハジロの方がもう少し上品ですね。でもこのテキトー感がキンクロの可愛いところ。何にも考えないで走り回っている男子のような感じです。

 

 

そしてバカっぽい。

 

 

さてそれでは喧嘩の現場にゆきましょう。

 

 

観察する限り、水鳥はある一定距離以上に同種の個体がいるのを好みません。白鳥だと家族や群単位だと我慢できるようですが、ハジロ類は一定の距離が必要なようです。20センチ以上近寄ってもらいたくないように感じます。ただ誰かが餌をやっているときは、みんな餌に夢中で密度が上がっていることに気がつかなくなるようで、餌がなくなると気がついて喧嘩するように見えます。

キンクロの場合、取っ組み合いになることはまず少なく、イライラした個体が威嚇しまくって周囲を蹴散らすだけなので、喧嘩には大抵なりません。なってもあっという間に終わります。それではイライラした個体とはどんな感じなのでしょうか。

 

 

凶悪そうなキンクロですが、多少警戒モードにはいって、イライラしていますがまだそれほどでもありません。

 

 

で、どこにでもいる感じのこのキンクロが実は本当にイライラしています。口を開くというのはイライラ絶頂で警告モードに突入している証拠なのですが、こういった個体が二つないと喧嘩にならないわけで、しかも一定の距離がないと成立しないので、滅多にありません。

この目の座り具合が、重要なのですがわかりにくいよね。私もわからん。

 

 

衝撃の映像の前に、ほのぼのとした福寿草の花をご覧ください。

 

 

水鳥なのでくちばし攻撃です。オオバンは足の攻撃主体でしたが、あれは例外。

 

 

しかし首を狙ってゆくな。

 

 

喧嘩しても何か間抜けな印象のキンクロハジロです。

 

 

ただね、翼を咥えて相手をあせらすとかではなくて、首狙ってゆくところがキンクロの面白いところですね。

 

 

実はここまでの喧嘩は滅多に見られません。大体2回程度の攻撃で終わってしまいます。理由は潜っちゃうから。オナガガモも少しビックリしているようです。いきなり消えちゃうんだからね。

 

 

勝利の雄叫びを、と言いたいところなのですが別個体でしょう。そしてハジロ類の鳴き声を聞いたことがない。これほんと。

 

 

なお喧嘩するのは大きな個体とかそういったわけではなさそう。イラっとしたら喧嘩なのだ。何しろ工業高校機械科ですから、女子がいないこといないこと。

 

 

ということで、今日も高松の池で一番可愛いキンクロハジロでお送りしました。なお一番綺麗とされているのは白鳥で、美しいとされているのがオシドリで、一番美味しそうと言われるのがマガモで、一番馴れ馴れしいのがオナガガモで、馴れ馴れしさがやりすぎ感ありで評価が下がっています。孤高のホシハジロとミコアイサは孤高すぎて評価を下げていますね。カルガモもその点ではそうなのですが、一部の超巨大なカルガモに関しては最もうまそうという評価が出ています。

本当にデカイからね。遠目でマガンと思ったらカルガモってあるあるです。

 

 

今年の冬は平年並みの気温変化でしたが、みぞれ混じりの雪が多く、地温が少し低く推移しているようです。水温も少し低いようです。なので桜の予想としては、全くの平年並みになるかと思っています。ガマガエルを使った予想からゆけば、遅めです。