朝方−8.2度まで下がった。それでいて最高気温は4度。このところの天気はおかしい。
エルニーニョの影響なのだろうか。とはいえ気象庁はエルニーニョの明快な特徴は出ていないと言う。とすればこれはなんなのだろうか。
久しぶりに近所の教会にくる、プロデビューしちゃった若者と会う。たしか8月のお祭り以来だろうか。
なぜか25歳の自分にいいたい事があるとすれば?と聞いて来たので「カメラマンだけはなるな」といった。どうも苦戦しているようだ。
転職するなら30歳までがチャンス。35歳が次の節目。40超えてカメラマンというのはよっぽどでない限り転職出来ないだろう。45超えるとビルメンテナンスか警備くらいしか仕事がなくなるよと余計なアドバイスをする。あとは年齢×10万円が所得目標だと教える。この程度稼げないと老後が無い。これは私が25歳の時に見つけた法則だ。普通の生活ならもう少し低くてもいいが、デジタル時代のカメラマンだと機材の消却が早すぎるので、これより稼ぐ必要があるだろう。
レンズの修理代が半端無くなって来ていますから。超音波モーター様のおかげで。レンズも非球面の精度が怪しくなる事もあるようで(要求されている精度が高すぎるが故)へたりやすくなっているような気がする。それもあって昨年レンズの大掛かりな入れ替えを行った訳だ。
かれはその意味がイマイチ分からないようだ。そりゃそうだ、機材がオシャカになった経験なんてないだろうし、恐怖の契約不履行状態に陥りそうになった経験も無いだろう。ギックリ腰の恐怖もまだ知らないだろう。
将来の不安はありますか?と聞かれた。「あるけど普通の人の不安ではないと思う。死は怖れていない。ただ仕事がなくなる不安が凄い。」。付け加えなければいけなかったのに、「契約不履行の恐怖」「契約先に損害を与える恐怖」もあったな。
写真を撮る場合、被写体の損害になるような事は避けなければいけない、ということでゲッティイメージングスを引き合いに出し、例えば高松公園で鳥に餌をやっている様子は撮影してはいけない。タバコを吸っている人も撮ってはいけない。法的な規制があるからだ。ただ罰則規定が無かったりするしお目こぼしがあるから出来るだけであって、発表する事で何らかの損害が発生する可能性があるものは避けなければいけない。
解ったかな?
氷の上をカルガモが歩いています。実はこの写真、足が滑った瞬間です。どうも滑るカモと滑らず歩けるカモもいるみたいですね。
技術をアホな方向に使いがちなのが、私でございます。
アメリカのオバマ大統領がなぜシャルリ・エブド事件のデモパレードに参加しなかったのかという良い記事があった。日経BPだ。
「シャルリエブドは06年以降、預言者ムハンマドを茶化すイラストを掲載し続けており、フランスのシラク元大統領も「行き過ぎた挑発だ」と批判してい た。2011年11月2日にはフランス当局から警告を受けていたにもかかわらず、ムハンマドのヌード姿のイラストを複数掲載した。この点について同年9月 19日、ホワイトハウスの定例記者会見でカーニー報道官に記者団が質したことがある。
同報道官は「はっきり言って、(こうした風刺画を)掲載した判断について疑問を抱いている。言い換えると、掲載に踏み切った背後にある判断に(「表現の自由」に関わる)権利があるかないかについて疑いを持っているということだ」
~中略~
「『表現の自由』の名の下にこの風刺新聞が侮辱したのはイスラム教過激派テロリストではなく、15億人のイスラム教徒だ。この下品な風刺新聞は『表現の自 由』を振りかざしてありとあらゆるタブーに挑戦してきたというが、唯一の例外はユダヤ民族だ。08年にはユダヤ人を侮辱したマリス・シネという記者を問答 無用で解雇している。フランスの歴代大統領はこの新聞に何度なく警告を発してきたが、オランド大統領は一切行動を起さなかった。フランス人は元より欧米人 が『シャルリエブド』の下劣な風刺画の存在には目をつむり、『表現の自由』にすり替えて声高に叫んでいるのは、まさに『Judeo-Christian- Caucasian Arrogance 』(白人のユダヤ教・キリスト教的傲慢さ)以外のなにものでもない。養父の国、インドネシアでイスラム教を学んだオバマ大統領にはそのからくりが見えているのだろう」
ホワイトハウスはパレードに参加しなかったのは間違いだったと認めているが、本質的にシャルリ・エブドはヘイトクライムを行ったのであり、多元主義をとるアメリカとしては容認出来なかったと言う事なのだろう。そして表現の自由とすり替えられていたという指摘は大きい。
職業カメラマンとして、現実にこの線は守らないといけない。
湯川さんは殺されたと、日本政府もアメリカ政府もおおよそ認めた。湯川さんの父親もようやくコメントを出した。短いものだったがその心情がささるものだった。死体の受け渡し交渉も行われているらしい。
そしてあの映像での後藤さんの痩せ方と目の空ろさが気になった。相当なストレスにあるのだろう。
ヨルダンで死刑判決を受けている女性との人質交換だが、ヨルダン人のパイロット二人と後藤さんとの交換だったら、ヨルダン政府と日本政府の満足出来る結果になるとは思う。しかしヨルダン政府としては国家主権の問題なので簡単には動けないだろう。いたずらに時間が過ぎると思う。
その前に法治国家では、死刑囚の解放と言うのはあり得ない話だ。ヨルダンでの最大の問題になるだろう。だから逆説的に日本は何も出来ないだろう。
サウジアラビアのアブドラ国王の弔問に、オバマ大統領が急遽参加する事になった。CNNのニュースだ。インド訪問の一部日程を削って行くと言う事だ。
「オバマ氏が中東での主要な同盟国であるサウジ入りを急に決めた理由は不明。ただ、オバマ政権は今月、パリで起きた連続テロ銃撃事件を受け国際社会の団結を示すために実行された大規模な行進に政府高官を派遣せず、批判されたいきさつがある。」
ただこの解説は的を得ていない。アブドラ国王は親米的だったがサルマン新国王が完全に路線を継承しない可能性がある。
サウジアラビアとアメリカの間には様々な問題がある。例えばサウジアラビアはアメリカの軍事産業の大得意先である。だがサウジアラビアがその先端兵器を使いこなすことが出来るのか不明と言う状態。その上サウジには米軍基地があるのだが、これがメッカの太守であるのに、異教徒の軍隊を置いていると言うので過激派たちが反撥している。
そうビン・ラディンはサウジアラビア一番のゼネコンの御曹司だった。絶縁されても嫌がる人もいると言う事だ。
ソ連のアフガニスタン侵攻の時に、タリバーンを育成したのはアメリカだった。だが金を出したのはサウジアラビアだった。その後もスンニ派の過激組織に資金を喜捨して来た最大のスポンサーは、サウジアラビアだった。
そして今サウジアラビアでは女性解放運動が目立つようになって来た。自動車の運転すら女性には禁止されている国だ。過去には女学校が火事なのに、消防士が男性だと言う事で合わせてはいけないとなって、女学生を燃え盛る火の中に押し返したと言う痛ましい事件もあった。アメリカにとっては女性解放運動は好ましい事だが、サウジアラビアは厳格なワッハーブ派の国でもある。
サウジアラビアの人権問題もある。昨年サウジアラビアでのメイド虐待事件が相次いで出た。メイド職をするのは大抵外国人なのだが、差別問題として大きく取り上げられた。いやそれどころではない。公開の石打刑やむち打ち、そして斬首もある。
一番大きいのはOPECで石油減産をしなかったサウジアラビアの態度だろう。そろそろアメリカのシェールガスやオイルに影響が出つつある。特にシェール関連は資金をジャンクボンドで集めているので、原油安のこの後の進展では問題が起きる可能性がある。ベネゼエラはアメリカと敵対関係にあるが、へたすりゃ年末にデフォルトになりかねない。アメリカもデフォルトまでは望んでいないだろう。
アメリカとサウジアラビアの間には問題がありすぎる。それを国王の腹一つで決められていた所がある。それが代替わりと言う事で、確実を狙いに行ったのだろう。トップが合って話をした事実と中身は、なかなか反故に出来ないものだ。
そしてやはりフランスの年末からの多発テロと、その後に発覚したヨーロッパでのテロ未遂、そして日本人の人質問題があるだろう。インドもイスラム問題を抱えている。正確に言えばヒンズー問題でもある。それは彼らが忌み嫌って来たハリジャンがイスラムに改宗した例が多すぎるからだ。イスラムだったらヒンズーと対等になれる訳だが、ヒンズーは元ハリジャンでそれだけで輪廻の枠から逃げられると思っているのか?という意識がある。だからイスラムとヒンヅーの対立が大きくなった訳で、現在のモディ首相がヒンズー主義の傾向があるので、このイスラム問題はインドの社会不安の可能性を常に持っている。
だからこそ、インドは譲歩してオバマ大統領の日程変更を認めたのだろう。インドに先にくる、この意味は大きい。そしてサウジアラビアに行く意味はもっともだ。そしてタージマハール訪問を削った意味は大きい。この訪問はオバマ大統領の趣味だと思うが、イスラム圏に行く前に見るのは不適切だ。インドも大切にしていると言うニュアンスがある。
アメリカは当初バイデン副大統領を送る予定だったが、時系列的に考えれば、湯川さんの死も加わった可能性がある。中東から信頼を得ていると思われていた日本人に対する事件だけではなく、この数日の中東情勢の変化が大きすぎる。後藤さんの救出には役に立たないと思う大統領訪問だが、サウジアラビアというイスラムの権威が動かせられるかどうかなのだが、これもまた難しいのではないのだろうか。
産油国の王家は、馬を飼うように、名誉のために戦士に金を与え続けていた。だがその戦士達が手に負えない状態になった歴史は状況はいくらでもあった訳だが、今回は自立した再生産のシステムを備えた存在だ。金を絞ればいいと言う問題ではない。サウジアラビアの権威が有効かどうか、これもまた難しい。
メッカの太守に会いに行くと言う意味は、今だからこそ大きい。