ラインで友に伊豆旅行の写真を送ったところ、江川太郎左衛門像を見て、実は叔母が江川家に嫁いだから、遠い親戚という返信が届いた。
タイムリーにも、タモリの「ブラタモリ」が鎌倉を旅直後の2日、10日に2週にわたって放送した。
旅した韮山は、蛭が小島に流された鎌倉幕府を開いた源頼朝の史跡があるので放送を興味深く見た。
2週目に、元寇襲来を国家危機ととらえて、北条家が行った鎌倉の極楽寺に宗教拠点を集中させる事業を行い、北条家の家紋を見せた。 →
この家紋が、右の三鱗で「ミツウロコ」と読ませる。
伝説によると北条氏の家紋は、北条時政が江の島に参拝したときに得た龍神の3つの鱗。龍の鱗は三角形で、三つを組み合わすと三角になる。
そこで、若いころの会社取引先が「ミツウロコ」だったので、あるいは初代は北条家につながる家系かと思った。
調べると、会社設立に鮮魚を扱い、3社の運送店が関わっているため、3社と「鱗」をとって「ミツウロコ」になったとのこと。
北条家とは無関係だった。
このように、旅したことで得た話題が波紋のように展開していった。
<<旅のはじめ
タイムリーにも、タモリの「ブラタモリ」が鎌倉を旅直後の2日、10日に2週にわたって放送した。
旅した韮山は、蛭が小島に流された鎌倉幕府を開いた源頼朝の史跡があるので放送を興味深く見た。
2週目に、元寇襲来を国家危機ととらえて、北条家が行った鎌倉の極楽寺に宗教拠点を集中させる事業を行い、北条家の家紋を見せた。 →
この家紋が、右の三鱗で「ミツウロコ」と読ませる。
伝説によると北条氏の家紋は、北条時政が江の島に参拝したときに得た龍神の3つの鱗。龍の鱗は三角形で、三つを組み合わすと三角になる。
そこで、若いころの会社取引先が「ミツウロコ」だったので、あるいは初代は北条家につながる家系かと思った。
調べると、会社設立に鮮魚を扱い、3社の運送店が関わっているため、3社と「鱗」をとって「ミツウロコ」になったとのこと。
北条家とは無関係だった。
このように、旅したことで得た話題が波紋のように展開していった。
<<旅のはじめ
鎌倉幕府の執権・北条時政が、蒙古が2度に亘って襲来した文永・弘安の役で万一に備えて鎌倉の極楽寺に宗教拠点を集中したことも放映していました。
興味深い内容でした。
ミツウロコの家紋もつけられていましたね。
>珍大根「ヴィーナスの誕生」は、恥じらうような姿をしています。
土の中に根を伸ばす大根がアのような形になるなんて、不思議ですよね。
収獲した時にびっくりしました。
母が、育てて随分と増えたのですが、数年前の寒波にやられて全滅しました。
いまは、わずかに育っている程度です。
五円硬貨を穴につけてましたが、家は相変わらずお金持ちとは無縁です。
ブラタモリは、3月いっぱいで終えるそうです。
ブログ記事の話題を友にふったら、教えてくれました。残念。
今見てもモダンです^^
義経は、相変わらずに昔も今も人気です。
> 芭蕉の「奥の細道」の目的には・・・義経の逃亡の足跡をたどることでした。
そんなことだったのですか( ..)φメモメモ
「ブラタモリ」は3月に突然終わりましたが、芭蕉も義経をたどったこともあったでしょう。
頼朝を扱ったのを視聴しましたょ。