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必ずコメントに参ります by iina

田母沢御用邸

2014年11月03日 | 
大正天皇御用邸


 1階 御座所、御次の間、御学問所
 2階 御日拝所、御寝室、劔璽の間
 3階 御展望室



         防空壕跡




御湯殿

 風呂には入らずに、
 湯浴びした。


十二単衣 皇子と皇女

←天皇の便所   皇后の便所→
天皇の汚物を下で受けて体調管理したとは、息苦しいなぁ。
貴族女性の着物は裾が長いため、後ろに板を立ててそこに着物をかけたもの。
つまり「衣(きぬ)かくし」が変化して「金隠し」になったのだとか。
手洗いが皇后の方が広いのは女管たちが着物や袖を持つ必要があったから。

     [ 華厳の滝にもどる ― 旅のつづき] 

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7 コメント

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金かくし (656)
2014-11-03 07:56:02
「金隠し」は、高貴な女性の「衣(きぬ)かくし」が変化して名づけられたのでしたか。

男性の金隠しとばかり思ってましたから、意外であり面白いです。
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Unknown (焼酎学生)
2014-11-03 09:43:03
大正時代に日本が参戦した、第1次大戦の戦場は欧州ですから、防空壕設備を必要としたのは、第2次大戦時の管理人用でしょうかね?
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(656) さん へ (iina)
2014-11-03 09:45:58
そこに注目しましたか。
iinaの中学時代の先生が、天皇陛下が泊まられた家でうんちを、ひしゃくで待ち受けるのを見て、神聖な陛下と思っていたけど、
人の子なんだと思ったなんて話をしてました。

それを親爺がやって有難がっていたといいましたが、思いあわせると、官吏がやっていたことを見て何を勘違いしたか拾った
ようにも思えます。それを大事にどうとかしたと云いましたが、何に使ったか記憶にありません。

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トイレ (野の花)
2014-11-03 12:09:15

iinaさん いまはトイレはどうなんでしょうね?

息苦しいというか そう言う環境に生まれ育ってこなかった人には 大変なことだと、思われてなりません。
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2コメントに m(_ _)m (iina)
2014-11-04 08:07:01
(焼酎学生) さん へ
ベルサイユ宮殿に菊とは予想外の景色です。これほど大きな懸崖は、菊だけに凛としたたたずまいです。

仕事を男女平等に差別させない趣旨で法制化された男女雇用均等法も、総合職(転勤型)と事務職(地域固定型)に
区分けして、前よりも差別化が進みました。
会社は、法の趣旨よりも雇うコストを考え他企業と横並びに運営しますから、ちょっとしたキッカケで悪用される危険
もあります。

防空壕を必要としたのは、第2次大戦ですから、昭和天皇や皇太子の時代に造られた気がします。




(野の花) さん へ
そうでした、霜月でしたね。
ニュースでも、霜がおりたと報道する季節になってきました。あれほど暑かった夏も、木枯らしの吹く季節に移りゆく
のでした。

高貴な身分の方が幼いころから当たり前に手厚く保護されていますから、われわれが堅苦しく感じることも平然と暮らす
のだと思います。

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田母沢御用邸 (hide-san)
2018-05-18 21:27:22
田母沢御用邸には前を素通りしただけ、中に入れば良かったと悔やんでおります。

前を素通りして、芭蕉が訪ねた「憾満(かんまん)ヶ淵」へ行きました。
https://blog.goo.ne.jp/hidebach/e/9b980ecfd7a35a5df1f2ec32f12d9076
確か大正天皇の歌碑があったように思います。
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(hide-san) さん へ (iina)
2018-05-19 09:42:31
憾満ヶ淵へは、田母沢御用邸の直ぐ近くにあったのですね。地蔵さまたちが壮観です。^^

裏見の滝は、日光なら華厳の滝が余りに有名過ぎて見落としがちですね。伊豆の裏見の滝は本当に滝の裏から見れました。
芭蕉が此処に寄ったとなれば、 (hide-san)さんも訪ねないといけませんね・・・。


> 野州一ノ宮 大神神社(おおみわじんじゃ)へ寄って、次の日に鹿沼で一泊、その後日光に来ている。
奈良の大神神社をiinaは訪ねています。御神体は三輪山です。此処の高台からは大和三山が眺められます。
https://blog.goo.ne.jp/iinna/e/6ec483cd9280f0ae46099d2d35c3e006

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