いつもこの時期は、一年を振り返ってって時なんだけど…。
それって、いい一年だった時なんだなって思います。
自分もそうですが、決していい年だったとは言えない一年。そして、とてもお正月の浮いた感じにはなれない時を過ごす人も、けっして少なくないんだなって思います。
世の中が浮かれれば浮かれるほど、辛くなる時もあるんですよねえ…。
まあ、私はそれほどでもないんですけどね。
やっぱり、Gオさんとは義理の仲ってことなのかな。
実の親の時には、何をしていても、ふいに涙が止まらなくなった…。
いつも、頭の中から離れなかった。
あ、泣きそう。ではなくて、いきなり涙が溢れちゃうんだよね。
やっぱり辛かったのは、もう、助からないって判った時。
それからは、涙は止まらない。
人前で泣いてしまう訳ではないし、表面、明るくしているんだけれど、でも、一人になると涙はあふれて、とめられない…。
やはり、何年たっても忘れられないのは、父親の最後の一週間だった。
最後の一年だった。
その時の気持ちは、肉親にも話す事はなく、お互いに心の中にしまったままだった。
そして、その、少しだけ話したのは、2人の叔父が亡くなり、その葬儀への往復、久しぶりの泊まりの時だった。
でも、未だに、その時の、母の気持ちはきっと、何分の一もわかっていないんじゃないかと思うんだけど。
少しだけ、私のその時の気持ち、いえ、父親の様子を話しただけ。
それぞれが交代で付き添った時の話は、未だに話をしていない。母とも弟とも。
それぞれに、きっと、心の中にしまったままなのかもしれない。
それでも、思い出話で入院中の辛かった、いえ、入院中の父親のこんな事言ったよぐらいの話しですけど、出来たのは、良かったと思っています。
でも、今までは、自分の気持ちを履きだす、聞いてもらえる母親がいましたが、今は、母親には相談できなくなりました。母親に言ってはいけないことが、一杯になりました。
もちろん、今までだって、すべてを言えていたわけではないですが、やはり、どこかで、母親と話をすることで、気持ちが和やらいでいましたが、今まで通りにはいかなくなってしまったのが、もしかしたら、一番辛いことかもしれません。
Gオさんを亡くしたオットや義母も、それから、認知症になってしまった母親を抱えた実家弟夫婦も、それぞれ、いろんな思いを抱えながらの年越しとなりました。
私の友達もそれぞれに、親の介護や病気、その他の様々な困難を抱えたまま年越しをする人がいます。
なかなか、お互いに時間もなくて今年はついに、一件もいわゆる年忘れというか、忘年会というかはないまま、年越しになります。
早く、友達とも、いろんな事を話をしたいです。でも、今はお互い、一日一日を生きていくしかありません。
一日、そして一日。
一歩一歩、自分の道を、やるべきことを、出来ることを。
下り坂だろうが上り坂だろうが、前に進むしかない。
回り道でも、前に進めばいいんだ。
でも‼
と、とりあえず、片付けか?ドテ
胸の中にある一番大事で一番言いたいことは、決して口にしない。と
ニュアンスとしてこのような事だったと思います。
何かにつけ、ホントそうだなあ~って思います。
自分の胸の内で温めながら、溶けるのを待つか、納得させるか、最後まで持って行くか??
誰もがそんな事を胸に秘めているのじゃないでしょうか?
そうですね。一番大事なことはもしかしたら、誰にも話せないのかもしれません。今回伯父さんも2人亡くなり、従兄弟たちとも今まで話したことのない話をし、従兄弟の知らない伯父さんの姿、そして、それぞれの家族や、家に対する思いというものを、知る機会がありました。でも、きっと奥底にある想いは、そのまま、秘めたままなんでしょうね。
最後の最後までありがとうございます。これからもよろしくお願いします。