以前のこと、往年の名指揮者「フルトヴェングラー」に関するブログを投稿したところ、関東にお住まいの方から次のようなメールをいただいたことがある。
「今回メールをしたのはフルトヴェングラーのことです。私はフルトヴェングラーを殆ど聴くことはありません。なぜ聴かないのか考えてみたのですが考えるまでもなく答えが出ました。
一つはフルトヴェングラーにはモーツァルトの録音が殆どないということです。レパートリーの大半がモーツァルトという私にはフルトヴェングラーの出る幕はないのです(ドン・ジョバンニはたまに聴きます)。
二つ目はベートーヴェン
ベートーヴェンは好きな作曲家ですが聴く分野はピアノ・ソナタと弦楽四重奏曲なのでこれまたフルトヴェングラーの出る幕なし(ブライトクランク録音の「英雄」は愛聴盤です)
三つ目、これがもしかすると一番の理由かもしれませんが、フルトヴェングラーにはステレオ録音がないということです
私も一応有名なものは聴いてきましたが音質が悪いものが殆どなので再聴する気にはなりません。
以上三つの理由からフルトヴェングラーは私にとっては疎遠な指揮者となります。
しかし亡くなったのが1954年。あと数年生きていてくれたらステレオ録音のフルトヴェングラーが聴けたかと思うと残念ではあります。」
フルトヴェングラーを聴かない理由の一つとして「ステレオ録音がない」ことを挙げておられるが、当時は「熱烈なフルヴェンの信奉者」だったので「人それぞれだよね」と軽く一蹴した。
で、今さらなぜこんな話題を持ちだしたかというと、このところようやく「ステレオ録音が無い」ことに合点がいくようになったから。
というのも、これまでは「名指揮者による演奏だけど録音が悪い」or「演奏は並みだが録音状態がすこぶるいい」の二者択一を迫られたときに、文句なく前者だったのだが、このところあっさり「宗旨替え」して後者を優先するようになってしまったことにある。
身近に実例をあげてみよう。
我が家で現在「一番いい音」として君臨しているのはパソコンを使ったハイレゾ再生である。
毎朝、パソコンで「AIMP」ソフトを開き「モーツァルト専門チャンネル」を選択してDAC「A22」(GUSTARD)により「384KHz」で聴いているが、音響空間の果てしない透明感と艶やかな楽器の音色にうっとりと聴きほれている。
ちなみにCDのサンプリング周波数は「44.1KHz」であり、「384KHz」は「48KHz×8」となる。
それにスピーカーが「AXIOM80」(オリジナル版)だからなおさらのこと(笑)。
こんな音を聴かせられたら「どんな演奏家でも50歩100歩だなあ」という気にもなろうというもの。
もちろん初心者は論外だが、ある程度商業的な録音に参加できるほどの腕前の持ち主なら誰だっていいという心境になってしまった。
言い換えると演奏の表現力の細かい差なんて、生に近い音質の差の前には些細な問題になってしまうし、結局のところ大作曲家の前ではどんな名指揮者であろうと名演奏家であろうと使い捨ての道具にしか過ぎない。
50年以上にもなるオーディオ歴を通じて、こういう心境になったのは初めてで、やはり「ハイレゾの威力」は凄いですね。
たしかにレコードもいいけれど、ネットから次から次に繰り出される無尽蔵ともいえる「膨大な音楽ソフト」の前にはただひたすら頭を垂れるしかないのだから。
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