「声」の力

　振り返ってみると、言葉に動かされて来たというよりは、その言葉を乗せていた「声」に動かされて来たように思う。面白い話も意味深い言葉も、それを語る声がどのようなものであるかによって、大きく違ったものになってしまう。逆に言うと、「声」には言葉に命を与える力がある、とも言えようか。
　
　今何を語りかけたいか、その思いが文字に書いた言葉で十分伝えれるほど力を持っているなら、その思いをいっぱいに秘めた声で語りかければ聞いた人にとって一生を左右する言葉になるかもしれない。しかし、日本では「討論」を教育の現場で実践していないだけでなく、詩や小説の朗読など「声」の力を訓練する教育はほとんど実施していない。そのために、１対１で話す場合の「声」の使い方、１対多で話す場合の「声」の使い方、十数人に向けて、また数十人に向けて話す時の「声」の使い方など、自然と区別して使い分けられる人はほとんどいない。１対１であるのに数十人いるかのような「声」で語られては耳が痛いばかりで心に響かないし、その逆では全く何を言っているのか聞こえないだろう。
　
　優しい気持ちを伝える「声」、悲しい気持ちを伝える「声」、楽しい気持ちを伝える「声」。同じセリフをしゃべっても、高度に訓練された俳優なら「声」だけでセリフにはない意味を伝えることができるだろう。「声」にはそれぐらい力がある。
　女性は多くの場合、生まれながらにしてこの「声」の威力を十分に知っているようだ。おそらく母として子供に接する存在であるからだろう。そして子供は言葉の意味を知る以前に声の意味を理解している。母親の体内にいる時から教育されるからだろうか。近所の奥さん達と大笑いしながら楽しそうに話している母親が、いきなり強烈なするどい声で近くで遊んでいる子供を注意したり、転んだ子供に駆け寄って優しい言葉をかけてやったりするのをよく目にする。そうした、子を持つ女性は一瞬で「声」を使い分けている。「声」をうまく使って心をつかむ技術については女性は男性にない技術を持っていると言えよう。
　
　しかし、残念なことに女性は地の声で多くの人々に話しかけるのが難しい。せいぜい十数人止まりであろう。それ以上の多人数の人々にマイクもスピーカーもなく地声だけで話しかけようということになると男性のほうがずっと有利だ。おそらく女性がこれまでの時代、リーダーの地位につけずに来た理由の一つに、この、大きな声が出せないという不利な点があったこともあげられるのではないだろうか。
　
　だが、最近は男性でも大きな声が出せない場合が多い。大きな声を出さなければならない場面が発生するといきなり声から感情が喪失する。語りかけるのではなく、ただ大声を出しているだけになってしまう。肉体的なハンディキャップがあるなら、女性同様マイクやスピーカーなどを上手く使うことを考えたほうが良い。伝えたい思いがあればいろいろな工夫が生まれるだろう。
　
　人を引っ張って行く気概がある人なら、男女問わず、自分の生の「声」で人とうまくコミュニケーションして欲しい。時には静かなよく通る声で目の前のたった一人に向かって大事な話をし、時には楽しげなよく響く声で集まった十数人の仲間たちに夢を語る。そして時には背を向けて小さな声で愚痴を言ってもいい。わが社の若いリーダー達が「声」の使い手になってくれることを願っている。ただ願うだけでなく、それなりの訓練をしなければならないだろう。個々人の生活の中でも「声」を上手く使う訓練を積むことによって得られるメリットは、かなり大きいはずである。（三）


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