goo

小さな塾生

 夏期講習も終わろうとしているが、今年の夏期講習には小学校に入学前の幼稚園児が一人参加してくれて、タイトな時間割で青息吐息の状態だった私の心のオアシスになってくれた。名前はゼンくん。5才の男の子で、彼の祖母が私の従姉妹であり、彼の母親の勉強も小さいときからずっと見てきた。いわば親子二代にわたって勉強を教えることになるのだが、この年にもなると他にもそういう生徒が何人かいる。何だか自分の子供、いやもう孫のような気がして実に可愛い。もちろん勉強は厳しく教えているつもりだが、知らないうちに甘さがにじみ出てしまっているかもしれない。まあ、今の子供たちは厳しいばかりではついてこないので、気を抜くところがあった方がやりやすいのは事実であるが・・。
 夏休みに入ってすぐに、ゼン君の母親から夏期講習にゼン君を頼むというメールが来た。折り返し私から電話をかけて事情を聞いたところ、幼稚園の同級生の何人かが学習教室に通い始めたから、ゼン君も勉強が習いたいと言い出したのだそうだ。それなら夏の間だけでも私の塾に通わせようと思って、連絡をくれたと言う。ゼン君は「暴れん坊の一人っ子」だと言うイメージを持っていた私は少しばかり意外な気がしたが、少しは大人しくなったのかな?と思いながら、週に二回、火曜と木曜に一時間ずつなら何とか座っていられるんじゃないか、と日程を決めて夏期講習生として通ってくることになった。
 初めて来たときは、本当にちゃんと勉強するんだろうか、と少し心配していたが、そんな心配は全くの無用だった。私の話をしっかり聞いているし、言われたことは一生懸命こなす。家から持ってきた「ひらがなのおけいこ」と「すうじのおけいこ」のドリルを黙々と進めて行くゼン君を見て、小さい子供はすごく好奇心にあふれた存在だな、と改めて思った。ひらがな一つ一つを丁寧に書き、数字を順にたどって絵を完成させるたびに、「できた!」と自信満々に私に呼びかける姿は、学ぶ喜びにあふれていた。


 ゼン君のようにうれしそうに勉強してくれる子供たちはなかなかいない。小学生もだんだん高学年になっていくと、だるそうに勉強している生徒もいて、教えていてもつまらなくなるときがある。私立中学受験を目指す小学生ともなると、押し寄せる様々なプレッシャーと必死で戦っている生徒もいたりして、まさに戦場のようでもある。生徒たちの心を何とか和ませようとするのだが、なかなか私の思い通りにならない生徒もいて、この夏休みも結構苦労した。そんな中、ゼン君が週に2回姿を見せてくれと私の頬が思わず緩んだ。ゼン君はまだまだひらがなを完全にマスターしているわけではなく、「く」が反対向きになったり、「い」と「り」の区別がつかない字を書いたり、と時々は間違いをしてしまうが、そんな時でもいやな顔をせずに何度も書き直してくれる、なんて素直でいい子なんだろう!!
 勉強は本来楽しいもののはずだ、と私は思っている。新しいことを知り、今までできなかったことができるようになる喜びは何物にも代え難い。それが苦しいものになってしまうのは、勉強する喜びを味わったことのない者たちが勉強を教えているからではないだろうか、などと偉そうに思ったりするが、それよりも勉強ができるできないという結果ばかりを追い求める風潮が根本の原因ではないだろうかと思う。勉強する過程、知識を増やす過程をもっと重視するようなシステムができたら、もう少し勉強を好きになる子供たちが増えるのではないだろうか、などと考えたりする。
 しかし、何よりも結果を出すことを要求される塾で毎日悪戦苦闘している私がこんな甘っちょろい考えを、いつも考えているわけではない。ただ、ゼン君の真摯に勉強に取り組む姿を見ていて、普段忘れていたものを思い出したに過ぎない。生き馬の目を抜く受験界で生きている息苦しさは相当なものだから、たまにはこうした心持になるのも必要かもしれない。
 
 短い間でもそうした思いを抱けたのはゼン君のおかげだ、感謝せねば。
コメント ( 4 ) | Trackback ( 0 )
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする