goo

「小説熱海殺人事件」

 つかこうへいが亡くなったのは7月10日。大学生の頃、彼の戯曲を愛読した私としては、すぐにも弔意を表わしたいと思ったものの、なにせ30年も前に読んだきり一度も読み返していない作品ばかりなので、なにか書こうにも書けない気がした。さすがにそんな失礼なことはできないだろう、少なくとも1冊は読み返してから書こうと思った。しかし、生憎なことに、夏期講習の準備で忙しく、とても本を読める状況ではなかった。内心忸怩たるものがあったが、書けないままできてしまった。
 ところが、この前の日曜日、東京に向かう新幹線の中でならまとまった時間が持て、短編ならば一冊読めるかもしれないと思い、書棚を探したところ、「小説熱海殺人事件」を見つけた。そう言えばNHK・BSで放送された追悼番組「熱海殺人事件」は録画してあるはずなので、それを見る際にも役立つだろうと思い、読むことに決めた。つかこうへいの著作はかなり読んだ私ではあるが、舞台はまだ一度も見たことがないので、彼の戯曲について何らかのコメントをする資格は持ち合わせていないだろう。しかし、小説ならば読んだ感想を記すことは許されるのではないかという思いも働いたのである・・。

 昭和52年に刊行された角川文庫であるから、私が大学に入学した年に読んだはずだ。その頃のことは記憶の遥かかなたに消えてしまったが、この小説を読み始めた瞬間に、「ああ、つかこうへいだ!!」と万感迫る思いが込み上げてきた。小説という形態は取っているものの、その実は戯曲そのものであり、警視庁の取調室で繰り広げられる殺人事件の犯人と刑事との間の、世にも不思議なやりとりは、まさかこんなことはないだろうと思いながらも、いやひょっとしたら・・、とつい思ってしまうような虚実ない混ぜになった展開で、読む者をつかの世界へとぐいぐい引っ張っていく。
 「ああ、このエネルギッシュな展開に魅せられて、何回も繰り返して読んだなあ・・」
と、若い頃の私の熱い思いも蘇ってくるような気にさえなった・・。

 つかこうへいというペンネームが私の氏名とよく似ていることもあって、サークルの先輩から「つかくん」などと呼ばれたりした私だが、大学生の間はずっとつかこうへいに傾倒していたように思う。特に「初級革命講座飛龍伝」は、学生運動に身を捧げた若者たちを取り巻く時代の不条理さを私に教えてくれた作品であり、その続編たる「飛龍伝'90」も読んだ。過剰とも言える台詞が逆に現実を映し出す鏡のように作用して、彼の作品は一時期確かに私のバイブルだった。
 だが、いつからだろう、彼の作品をまったく読まなくなったのは。映画「蒲田行進曲」が大ヒットしたあたりから熱が冷めていったように思う。その理由が何だったのか、今の私にはまったく分からないが、いつまでも学生気分でいられない、などと蓮っ葉なことを思ったのかもしれない・・。

 彼の享年は62才。1948年生まれというから、ちょうど私の10才年上だ。私があと10年生きられるかどうか、最近では少々心もとなくなって来たが、とりあえずは10年は生きるつもりで、何ができるかを真剣に考えてみるべき時なのかもしれない。どうせ大したことはできないにせよ、真摯に己に向き合う必要があるような気がする・・。

 
 遅ればせながら、つかこうへい氏のご冥福を衷心よりお祈り申し上げます。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする