ルドベキアの花は華やかさはありませんが、
愛好家が多く、あちこちのお家の庭で見かけます。
花期は6月~11月です。
用途は切り花、鉢植え、花壇です。
花言葉は「活発」です。
今日はルドベキアの花とピンクのフヨウの花を紹介致します。
あちこちで見かける「ルドベキア」
道端に咲いている「フヨウ」
ルドベキアの花は華やかさはありませんが、
愛好家が多く、あちこちのお家の庭で見かけます。
花期は6月~11月です。
用途は切り花、鉢植え、花壇です。
花言葉は「活発」です。
今日はルドベキアの花とピンクのフヨウの花を紹介致します。
あちこちで見かける「ルドベキア」
道端に咲いている「フヨウ」
科学か進歩し、近代の社会制度が確立された現在も不公正・不義が拡大し虐げがあります。しかし、伝道の書を読むと天から偉大な創造者エホバ神がそのことを見張っておられることが記されています(伝道の書5:8)。神エホバは、最終的に邪悪な者をハルマゲドンで処断し、温和なで神の王国と神の義をいつも第一に求めている者を地上の義の宿る楽園に招き永遠の祝福を与えて下さいます(箴言2:22.啓示16,14,16;21:3,4.マタイ6:33.ぺテロ第二3:10~13)。
今日、紹介する伝道の書5章の後半には、他の人に仕える者の眠りは甘いこと(伝道の書5:12)、人は生まれた時に何も持っていなかったのと同じように、死ぬと「裸で去って行く」ことが記されています(伝道の書5:15)。さらに、まことの神エホバの賜物は、日々人の心に歓びをもたらすことが記されています(伝道の書5:18~20)。伝道の書の15章後半には次のように記されています。
「良い物が多くなると、これを食べる者は必ず多くなる。そして、これを所有する大いなる者には、自分の目でそれを見ること以外に何の益があろう。
仕える者の眠りは、自分の食べる分が少ないか多いかに関わりなく甘い。しかし、富んだ者の豊富さはこれに(富を所有する者に)眠りを許さない。
わたしが日の下で見た厳しい災いある。富はそれを所有する大いなる者にとって、その人自身の災いのために保たれているのである。そして、その富は災いの多い営みのに滅びうせ、その人は自分の手に全く何もないときに子の父となった。
人は母の胎から出たときと同じように、また裸で去って行く。来た時と同じである。その根折に対して、自分の手に携えてゆけるものを何一つ運び去ることはできない。
そして、これもまた厳しい災いである。人はその来た通りに去って行く。それで、風のために骨折って働きつづける者にどんな益があろう。また、その者は毎日まさしく闇の中で食べ、多くのいら立ち、身の病気、さらに、憤りを感じる理由がそれに伴う。
見よ、わたしが自ら見た最善のこと、すなわち麗しいこと、まことの神(エホバ)が人にお与えになった命の日数の間、人が食べ、飲み、日の下で骨折って働くそのすべての骨折りによって良いことを見ることである。それがその人の分だからである。また、まことの神(エホバ)は富と物質の所有物とを与えたすべての人に、それから食べ、自分の分を持ち去り、自分の骨折りを歓ぶことも可能にされた。その人が自分の命の日を覚えることは度々あることではないからである。なぜなら、まことの神(エホバ)はその人をその心の歓びに専念させておられるからである」(伝道の書5:11~20)。
上記の伝道の書に記されている通り、まことの神エホバの賜物は、事物の体制の中で生活する私たちに「心の歓び」を与えて下さっていることに深く感謝を表すことができるのではないでしょうか。私たちが日々食べ、飲み、歓びを味わうことができるのは、まことの神エホバからのものであることを理解される方は幸いです。
伝道の書を読むと、「ただ公正を行ない、親切を愛し、慎みをもってあなたの神(エホバ)と共に歩むことではないか」とミカ6章8節が諭している意味がよく分かるのではないでしょうか。
内村の 美しき技 向日葵よ 今日の一句
道端に咲いている「フヨウの花」
連日の厳しい暑さの中、皆様方もご健勝であれば幸いです。
オリンピックの競技報道が深夜に多いため、
睡眠不足の方もいらっしゃるかも知れません。
花々は季節ごとにその種類にしたがって咲き、暑さの中でも変わることなく
爽やかで美しく、歓び慰め希望の力を与えてくれます。
今日は8月6日から10日までに詠んだ俳句をご紹介致します。
忘れまじ 8月6日 原爆の日
ケイトウの 切り花並ぶ 道の駅
美しや 夏の夜明けの 星空よ
ヒマワリや 青空を背に ほほ笑みし
愛さん 汗と集中 美しや
ー RIO五輪の準々決勝戦を観て -
ヒマワリや 体操団体 集中美
ー RIO五輪の日本体操団体の技を観て -
道端で 快きなり フヨウかな
優しさを 紅白で添え フヨウかな
夏草の 繁茂の土地の 多きこと
それぞれの 夏帽子客 道の駅
拘置所の 終日静か 百合の花
花火師は 空がキャンバス 美を描く
道端で爽やかさを提供する「紅白のフヨウの花」
新潟の写真家の提供の「美しいヒマワリの花」
いつ見ても「愛らしいイチゴミルクの花」
真夏の庭に咲いている「バラ」
新潟の写真家の提供の「美しい花火」
テッポウユリが近くの道端に咲いています。
テッポウユリは暑い盛りに爽やかさを見せてくれています。
花期は6月~8月です。
用途は切り花、鉢植え、庭植えです。
今日はテッポウユリとキバナコスモスを紹介致します。
近くの道端に咲いている「テッポウユリ」
近くの道端に咲いている「キバナコスモス」
皆様方の中にも、神エホバに献身の誓約をし、その誓約を果たすためにご意志を守り行っている方がいらっしゃるに違いありません。反対に、み言葉・聖書を学ぶ機会のなかった方は、神エホバへの誓約については、ご自身の生き方においてそのようなことは心の中に思いが浮かぶこともなかったかも知れません。それでも、神エホバへの誓約ではなく、他の人と誓約を交わしたら、それを守らなければならないことはご存知に違いありません。今日紹介します伝道の書の5章の前半には、神エホバへの誓約の言葉を多くすれば、不完全な人間はそのすべての誓約を守れないことが生じるので、言葉を少なし、神エホバの「誓約は必ず果たせ」と命じられています。さらに人間社会の立場の高い者から資力の乏しい者が虐げられているいるのを見ても、そのことはより高い者である神エホバが見ているので惑わされないように諭されています。お金を愛する者は、お金に満ち足りることはないので、貪欲な心を育てないように注意が促されています。それらのことが伝道の書の5章の前半に次のように記されています。
「まことの神の(エホバ)の家に行くときはいつでもあなたの足(生き方)を守れ。愚鈍な者たちがするように犠牲をささげるよりは、(エホバ神に)聞くために近寄れ。彼ら(愚鈍な者)は悪いことを行なっていることに気づいていないからである。
自分の口に関して自分をせき立ててはならない。心に関しては、まことの神(エホバ)の前でこれに性急に言葉を出させてはならない。まことの神(エホバ)は天におられ、あなたは地にいるからである。それゆえにあなたの言葉は少なくすべきである。夢は多くの営みゆえに、愚鈍な者の声は多くの言葉ゆえに必ず(違反が)やって来るからである。神(エホバ)に誓約を立てるときにはいつでもそれをためらわずに果たせ。愚鈍な者たちは歓ばれないからである。(神エホバに)誓約することは必ず果たせ。誓約して果たさないよりは、誓約しない方が良い。あなたの口があなたの肉体に罪を犯させることがあってはならない。また、み使いの前で、それは間違いでした、と言ってはならない。どうしてまことの神(エホバ)があなたの声のために憤り、あなたの手の業を破壊してしまうことがあってよいだろうか。多くの営みゆえに夢があり、また、むなしいことと言葉が多くあるからである。ただ、まことの神(エホバ)を恐れよ。
資力の乏しい者が虐げられたリ、管轄地域で裁きや義が奪い取られたりするのを見ても、その事で驚き惑ってはならない。その高い者よりも、さらに高い者(エホバ神)が見張っており、また彼らより高い者たちがいるからである。
さらに、地の益は彼らすべての中にあり、彼らは畑のために王に仕えたのである。
また銀を愛する者は銀に満ち足りることはなく、富を愛する者は収入に満ち足りることはない。これもまたむなしい(伝道の書5:1~10)。
神エホバは心がどうかを見られる方ですから、自分自身の心を吟味し、エホバ神に誓約したら、その誓約を必ず果たさなければならないことを伝道の書は教えています。人間同士の誓約を重んじるのですから、まして、まことの神エホバに誓約した事柄は、必ず果たさなければならないのは当然ではないでしょうか。またエホバ神は公正の神ゆえに、虐げられる者の声を聴いておられ、必ず裁きを行なわれることを教えています(ルカ18:7)。金銭第一主義の貪欲な者は、お金に満ちたりることはない、と警告しています。貪欲な心を育てることがないようにしてくだされば幸いです。イエス・キリストは山上の垂訓の中で、神の王国と神の義をいつも第一に求めなさい、と教えられたことを忘れず、生活の中でいつも第一にすべきことを守り行いたいと思います。
夏草の 繁茂の土地の 多きこと 今日の一句
真夏の庭に咲いている「バラ」