獺祭(だっさい)なる日本酒をご存知でしょうか?山口県の山奥のものすごく小さな酒蔵でした(過去形・・・)
日本酒が売れなくなって多くの酒蔵がつぶれました、この酒蔵もそうでした。杜氏も皆やめてしまいました。
そうしたとき新しい日本酒をと考えた若い経営者が考えたのがどこにもない酒を作ることです。
杜氏は廃止しコンピュータ管理の科学的な酒です、すべての行程はコンピュータ任せで作りました。取引先は外国を主体にしました。これが大ヒットで飲もうとすれば数年待ち・・・はっきりは知りませんが、ワイン文化の国に受け入れられました。この前ニュースになりましたが日本酒としては最高額の1本84万円の値がついたそうです。
数年前山の中にどでかい酒蔵を新築して作っています、私たちの口にも入るようになってきましたが、酒蔵が強気で国内でも出荷先を酒蔵が選択しています。こういった作戦も功を奏しているようです。
84万円は特別としても昨年ある人から・獺祭の15000円の瓶を一本いただきました、もったいなくていまだに封を切ることができません・・・・
ウォーク途中の無縁墓・おそらく長州戦争の犠牲者かと思います。
少年T君修学旅行から無事帰りました、両手に一杯のお土産です。彼なりに贈り先を考えてふさわしい品を買っていました、お小遣いはすべてつぎ込んだ感じです。気配りができる人になっています。
瀬戸内海の与島沖で修学旅行生が乗った船が沈みました、幸い全員が救助されましたが船長の責任がすべてです。どこに岩礁があるか知っていなければ船長の資格はないからです。第一報を聞いたとき紫雲丸事件を思い出しました。松江市の川津小学校の修学旅行生が犠牲になりました。私より2歳年上の年齢です、事故がなかったら今でも元気に過ごしている人達ばかりです。今回も同じ名前の学校「川津小学校」・・・何か感じます。
ついでながら、瀬戸大橋の下の与島はかって大橋が開通したとき、SAのすごいのができて一大観光地化していました。ここに行くだけで瀬戸大橋を走る価値があるとまで言われました。
一昨年久しぶりに立ち寄りましたが、あの広い駐車場は草ぼうぼう、お店屋さんもほとんどが閉鎖されています。地元の資本でなく外部資本ばっかりで、金もうけのための観光地を作ったための魅力がなにもなかったのが原因かと思います。