普通な生活 普通な人々

日々の何気ない出来事や、何気ない出会いなどを書いていきます。時には昔の原稿を掲載するなど、自分の宣伝もさせてもらいます。

久しぶりです。

2014-01-21 00:12:35 | 普通な人々<的>な
まったくPCの前に座れませんでした。

ボクにとってはほとんど社会との唯一の接点とも言えるツールですが、気持ちがdownしていました。

年末年始には息子くん一家が遊びに来て、お孫くんともさんざん遊んで楽しい年末年始でしたが、彼らが帰った途端に、社会との接点を失ったみたいな喪失感と、仕事も含めたこれから先に感じている不安と、危機感のようなものが急に押し寄せてきて、年明け早々、対応し、ねじ伏せるのに時間がかかりました。

年初の多くの皆さんへの挨拶も、なにか浮ついて手につかないとでも言いますか、不本意なことでした。

この情緒の不安定さは、もう少し若ければ「不定愁訴」だの「更年期障害」だのとも思えるのでしょうが、もうとうに過ぎた年頃と思われます。

年頃とは図々しい感じもしますが、なにか言葉として「年頃」感が強いですね。

年齢ではなく「年頃」。

もっとずっと若い頃に、「年頃」感を感じていればよかったなとふと思いました。年齢相応の良きこと悪しきことなどを、開き直らずに肌で感じたかもしれませんからね。

まあ今更ですが……。

なにはともあれ、今年もよろしくお願いします。

肩凝り緩和、寝られると思った!

2013-12-05 01:10:34 | 普通な人々<的>な
とうとう肩凝りの元凶、というか凝りの根を見つけた。

凝りそのものは、目を酷使することから生まれていることはわかっている。それと先日書いた通り、枕だ。

右の肩がなかなかの感じで腫れていて、凝りの根を見つけられなかったが、今日風呂に入って肩をいじくっているうちに、徐々に腫れがほぐれてきたがそれこそ、揉み返しも怖いのでゆっくりと2時間もかけて揉んでいるうちに、とうとう小指の先くらいのシコリに行きついた。

これをまた根気よくほぐしているうちに、ついに消えた。

おっかなびっくり回りもしなかった首を回してみたら、見事に回った。

こりゃ目出度い!

このまますぐ寝るとしようと、風呂から上がって、この記事を書いている。

よく寝られそうで、なんだか浮き浮きしている。

肩凝り悪化、書けないかと思った。

2013-11-27 00:11:44 | 普通な人々<的>な
ボクは、おおよそ肩凝りとは無縁だった。

どんなに無理をしても肩凝りにだけはならなかった。筋肉が柔らかいというか、瞬発的に力は入るが入りっ放しということはなく、ある程度のクールダウンをすれば、まったく後を引くこともなかった。

それがこの1年、肩凝りがひどいことになってきている。首が回らないなどという程度ではなく、動かないレベル。

ただ、自分なりのメンテナンス法(ストレッチや体操)でシノイできている。

自分なりに観察していると、肩凝りはそうなる道筋ができていて、一歩でもそのラインに踏み込むと確実に肩は凝るということが分かった。

そしてボクの場合その肩凝りスウィッチは、難儀なことに寝ることだということが分かった。そしてもっと観察すると、枕だということが分かった。

いまボクは、枕をしないで寝ている。

それでも凝ることは凝る。だが少しは楽になった気がする。

このところブログから離れていたのは、実はこの肩凝りが因。

肩が凝って書けないというのではなく、肩凝りからくる頭痛にやられていた。

それでも少しずつ収まってきたので、また書かせてもらうことにする。

手が悴む。

2013-11-13 19:06:21 | 普通な人々<的>な
いま家の中で、PCの前に座ってこのブログを書いているけれど、あまりの寒さに手が悴んでいる。

ちょっと体がびっくりするくらいの寒さだね。

一か月前は30度近い気温で、それはそれで難儀ではあったけれど、比較してみるにやっぱり暑い方が良いかなと思ったりした。

「明るい(?)未来」というカテゴリーで原稿を書き始めたけれど、どこがどう「明るい(?)」のかは、まだ不明の状態にしておきます。

「明るい」というのは「明らか」という意味もあるわけで、どちらかといえばそちらの方にシフトしていくのではないかと、自分では舵をとりながら思っている。

また明日から、モチーフを定めて原稿化していく算段。

今日は……寒い!


追記

2013-10-26 22:54:27 | 普通な人々<的>な
みのさんの子供に対するスタンス、正しいと思います。

手をあげる父親だとも言っていましたが、ボクも同じでした。それが愛だと思っていました。

自分の子供を自分の所有物のように思っているという難詰もありますが、親の子供への思いの一つに、そんな側面もあるとは思います。

最後に、みのさん、「バカやろー」と言っていましたが、あれは、息子への思いを口しながら、最後の質問者の無礼な質問への隠れたメッセージと、ボクは受け止めましたが、如何に?

みのもんた さん

2013-10-26 22:25:37 | 普通な人々<的>な
いま、テレビで、みのもんたさんの「謝罪会見」をやっていた。

色々言いたいことはあるが、まず。

最近の取材陣に多いのだが、詰問が質問だと思っている輩が多いと言っておきたい。代表質問者がそういう連中だと、イライラが募る。

それはさておき。

みのさんの会見は、素晴らしく、立派なものだった。

若い頃飲みに連れて行ってくれた、豪快みのさんそのままだった。

奥さんを亡くされたばかりのみのさんの、子供に対する思いもよくわかった。

それは、仕事を続けることとは無関係なのだが、会見での発言は、よくわかった。


ボクにも、子供がいるからね。

それにしても。大きな親の思いを感じさせてくれた会見でした。

人気のないブログ

2013-10-24 07:21:25 | 普通な人々<的>な
「にんき」って読まないでね。「ひとけ」と読んで下さい。

最近ふと気づいたことがある。

ボクのブログの話。

できるだけ写真の一つも掲載しようと思うのだが、ボクのブログにはどうやら人間の影がない。

なぜかはわからないのだが、人の気配がない。

ほとんどが風景。

思うに、ボクは最もわかりやすい個人情報が「顔」だと思っているようだ。

だからできるだけ人を載せることを避けている。

これは、ある意味正解で、これからもきっと風景主体のヴィジュアルになることだろう。


それはそれとして。

ただいま。少し前に家に帰りつきました。

奥さんが出かける時間までに、余裕があったので、お弁当を作ってみました。

冷蔵庫になにもないので、から揚げと卵と昆布の佃煮と白菜の炒め物、それにたらこで捏造してみました。

おいしかったらいいのですが…。

乱雑なので、写真は載せません。

では、ボクはこれで、お休みなさい。

彩雲

2013-10-22 23:07:16 | 普通な人々<的>な
前回、きれいな雲を見た話を書いたときに、彩雲の写真を撮った記憶があると書いた。

実はボクは昨年の9月に、およそ10年間の原稿やら何やらのデータをすべて失った。パソコンがダウンし、バックアップしていたHDも同時にブレイク。

ものすごい喪失感を味わったのだが、その前にデータをバックアップしていた古いHDの存在を思い出した。

ほとんど何も残っていなかったし、残っているものも「これなんだったかな?」的なものだけだったが、なぜか昨日覗いたら、彩雲の写真があった!

彩雲というよりは、空の一部が虹色、という感じの写真。

それがこれ。



あまりはっきりしていないが、よく見ると妙に不思議な感じがする。雲らしい雲もない空が、一部だけ虹色なのだ。

撮影日は2008年10月21日! なんと! ちょうど5年前の昨日だった!! 何の符号かと、ちょっと興奮。

きれいな雲

2013-10-17 16:44:02 | 普通な人々<的>な
今朝、家に戻る途中の高田馬場駅で、ふと空を見ると雲がきれいだった。

朝焼けに、一部分だけが赤く染まっている。それも雲の端っこというのではなく、ほぼ雲の真ん中が赤い。

あまりにきれいなので、スマホで1枚。

それがこれ。



昔、彩雲という虹色をした雲を写真に撮った記憶があるが、どこにあるのだろう?

あれは珍しかったが、これもボクの中では珍しい。

朝は、こんな楽しみがあるんだな。

ただし、仕事帰りだからこそ。通勤途中だったら、こんな雲に気を回している余裕はないかもしれない。


川越!

2013-10-12 23:29:12 | 普通な人々<的>な
川越ビアフェストの話を、昨日の夜中に書いたが、この文章を書いて、仕事を終えて朝電車に乗っていたら、隣りにとても元気な男女(就職したばかりの元学友という感じ)が座っていて、とてもまじめに会社のあるべき姿の理想と、現実などを大きな声で話していた。

きっと、少し前まで飲んでいたか仲間と一緒だったかでテンションが上がっていたんだろう。

そのうち、突如「すごいフェスティバル!」と、話し始めたのが川越のビアフェスト。「すごい」という言葉の意味は、「良い」方ではなく「悪しき」方で、ボクが感じたのと、まったく寸分も違わぬ印象。

その先も全く同じ、受けた印象を語っていたが、ボクが「学生のイベント」と書いて、自粛した点を「運動会の役員テント」と、もっとわかりやすく言っていた!

本当に!

書いたばかりの自分のブログ記事と同じ話をする人に、親近感を覚えた。ボクの方が先に電車を降りる形になったが、心の中でアベックに向かって「ピース!」をしてしまった。

もちろん、来年以降のフェスティバルが、うまく運営されることを願って、だ。


古い話ですが、川越ワールドビアフェスティバル

2013-10-12 00:29:01 | 普通な人々<的>な
6日の日曜日、奥さんと川越ワールドビアフェスティバルなるモノに出向いた。
ビール好きの夫婦が、そんな催事のあるのを知れば、そりゃ出かけるって。

結論からいくと、学生の主催するイベントかと思えるほどの程度の低さ。花もなければお得感もない。

なにしろ、インフォメーションが、まばらで会場に行き着けない。行き着いた会場では、まだ昼を回ったばかりなのに、ビールが売り切れている、と言った案配で、ガッカリだよ!

あっ、ひとつ訂正。学生のイベントの件は、大変に学生さんに失礼な表現でした。

なににせよ、思いの外ガッカリだったのだ。

こうして、人はモノを考えなくなるのだろう…。

2013-09-30 17:23:26 | 普通な人々<的>な
昨日に引き続き今日も、徹夜仕事です。

昨日も書いたが、規則正しくすると意外に慣れるもの。

だがよく考えると、こうした"慣れ"は、別の言い方をすれば環境や立場、人間関係もふくめ、無批判になる、言い換えればなにも考えなくなると言うこととイコールだ。

おそらく毎日決まった規則正しい行動をしている人々は、意外になにも考えていないのではないか? と、余計な心配をしてしまった。

学生運動の頃にノンポリと言う言葉があった。いまでは死語になっているが、ノンポリシー、つまりは何の意見も思想も持たない人と言う意味で、なにに依って生きているのかと言えば、生きていればいいと言う単純な生への撞着。

それは畢竟、生きることは経済が最優先することと同義で、今ではポリシーは生きる上に邪魔なモノ扱いを受ける。

などと考えている内に、休憩タイム終了。さあ! 食うために働くぞ!

地震雲? 2

2013-09-20 18:03:57 | 普通な人々<的>な
17日の夜中から18日の明け方にかけて見た、地震雲かどうかはわかりませんが、あまり見たことのない真夜中と早朝の雲の写真を4枚アップロード(18日の午後4時前)しましたが、携帯やスマホで見られないという話が伝わってきたので、UPし直しておきました。

それというのも20日の未明(2時30分少し前)に大きな地震があって、それとの関連を気にした方がいたようで、画像が見られないのは如何なものか、ということで。

ひとつ、よろしく。

ここにも、小さい画像を張り込んでおきます。









以上です。