70年代後半の、ボクにとっての唯一のヒロイン・アーティスト、それは佐井好子だった。75年にテイチクからアルバム『萬華鏡』でデビューし、『密航(76年)』、コロムビアに移籍し『胎児の夢(77年)』、『蝶のすむ部屋(78年)』とコンスタントに発表、詩集「青いガラス玉」を上梓し、映画「夢野久作の少女地獄」主題歌も担当するなど、順調に音楽キャリアを積み重ねた……というより、特異な佐井好子の世界をボクらに突きつけて、困惑させ、魅せられたかと思うや否や、79年に突如、すっぱりと引退してしまった。
お茶を飲みながら彼女と話したのを、ボクはよく憶えている。類い希な作家的資質を持った女性で、小説などの話も良くした。それがパッタリ連絡が取れなくなった。
今年に入って、佐井さんが2年前にニュー・アルバム『タクラマカン』を出しているのを知って驚愕した。独特のファルセットのような高音、ビブラート、声の伸び、まったく衰えていなかった。彼女の公式HPに書き込みを残した。
やがてこのブログを介して、彼女と連絡が取れ、会った。30年以上の時を経ての再会。お互いに年齢を重ねて、見た目はそりゃ少々変わったが、時も空間も歪めてなんの違和感もなく「あの時」のように会えた。お茶を飲みながら、話も弾んだ。
なぜ突然音楽活動を止めたのかと聞くと「憑物が落ちたみたいに」と言った。ものすごくわかりやすい説明に、大いに納得してしまった。
また会って、今度は飲みながら、できれば死に至るまで良い友人でいられたらとお願いしてみようと思った。
お茶を飲みながら彼女と話したのを、ボクはよく憶えている。類い希な作家的資質を持った女性で、小説などの話も良くした。それがパッタリ連絡が取れなくなった。
今年に入って、佐井さんが2年前にニュー・アルバム『タクラマカン』を出しているのを知って驚愕した。独特のファルセットのような高音、ビブラート、声の伸び、まったく衰えていなかった。彼女の公式HPに書き込みを残した。
やがてこのブログを介して、彼女と連絡が取れ、会った。30年以上の時を経ての再会。お互いに年齢を重ねて、見た目はそりゃ少々変わったが、時も空間も歪めてなんの違和感もなく「あの時」のように会えた。お茶を飲みながら、話も弾んだ。
なぜ突然音楽活動を止めたのかと聞くと「憑物が落ちたみたいに」と言った。ものすごくわかりやすい説明に、大いに納得してしまった。
また会って、今度は飲みながら、できれば死に至るまで良い友人でいられたらとお願いしてみようと思った。
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