頑張れ!じゃがいも3兄弟!自分に甘く、子供に厳しい親父の日記パート2

この日記は、子供達の日々の成長や反省を書き綴り、子供達の成長を真に願う方々と熱く語れる場になればと思い作成しました。

配慮

2012年09月05日 | 日記

一昨日の練習で、怪我をした子がいたらしい。

私は道場にいたわけではないので状況は分からないが、実力差もなく、お互いが一生懸命練習していた中でのことだったらしい。

誰しもが怪我がないよう心掛けていただろうが、柔道をしていたら怪我は避けては通れない話。

これまで、大悟や大晟に関しても、怪我をしたこともあれば、怪我をさせたこともあります。

しかし、記憶に残ってるのは怪我をさせた時のことしかない。

あの、親子共々、

えらいことをしてしまった・・

という何とも言えない罪悪感。

たまりませんよね。

私自身も、中学最後の総体予選で、試合終了のブザー後に相手から一本背負いを受けて左肘を複雑骨折し、そこで中学時代の柔道を終えたのですが、それから数年後、その対戦相手と久しぶりに出会って話をした時に、私を怪我させたことを申し訳なく思い、ずっと後悔の念に駆られていたことを聞きました。

怪我をした私自身は何とも思っていなかったんですけど、相手はそうじゃなかったんですよね。

勿論、怪我をしてしまった選手が一番気の毒ではあり、一日も早い回復を願いますが、怪我が発生した時には、子供達の為にも周囲が大騒ぎしないよう配慮してやらねばなりません。

怪我をした子、その親御さんは、きっと、怪我をさせられただなんて微塵も思っていないでしょう。

怪我防止、そして、精神面の二次被害防止も我々大人の使命だと思います。



エコ?

2012年09月05日 | 日記


依怙贔屓という言葉がある。

あまり、いい表現で使われる言葉ではないが、私も若い頃は、

依怙贔屓しやがって!(されやがって!)

なんて事をよく口にしたものです。

しかし、依怙贔屓って響きが悪いですよね。

特別に目をかけて貰うってことなんでしょうか。

でも、大人なってよく考えてみるとどうだろう?

たまに、ただ単に容姿を好まれて、なんての例外はありますが、依怙贔屓なんて、何も理由がないのにされるものではないですよね。

公私に関わらず、いわゆる「上手な者」が、一見、上手く立ち回っている様に見えますが、そこには、その者の能力然り努力があるからではないでしょうか。

相手も人間ですからね、努力する者が目をかけられて当然です。

そう考えると、自分に依怙贔屓される材料はあっただろうか?

ゴマをする能力なんて微塵もないし、まぁ努力もしてなかったわな・・・

大体、何の努力もしないで、依怙贔屓なんてされるわけがない。

努力する者こそ、依怙贔屓されるもんなんだなと。

そこは大人になって分かった。

今更、過去に戻って依怙贔屓されるように努力したいと思ったところでどうしようもないんですけど、子供達が、そして、道場が可愛がって貰えるよう努力を続けていかないといけませんね。