く~にゃん雑記帳

音楽やスポーツの感動、愉快なお話などを綴ります。旅や花の写真、お祭り、ピーターラビットの「く~にゃん物語」などもあるよ。

<ムジークフェスト奈良④> ハンガリー国立フィル、ブラームス第1番を好演

2014年06月28日 | 音楽

【金子三勇士、敬愛するコチシュの指揮でリストのピアノ協奏曲第1番】

 来日中のゾルタン・コチシュ率いるハンガリー国立フィルハーモニー管弦楽団の演奏会が27日、奈良市の奈良県文化会館で開かれた。同フィルと音楽監督・指揮のコチシュの来日公演は2006年以来8年ぶり。この日は今最も注目を集めている新進気鋭のピアニストの1人、金子三勇士(24歳)との協演によるリストの「ピアノ協奏曲第1番」やブラームスの「交響曲第1番」などを演奏した。

 

 コチシュは1952年生まれで、ハンガリーを代表するピアニストとしても知られる。同フィルは約90年前の1923年創立の名門。〝炎のコバケン〟こと小林研一郎(現在桂冠指揮者)が1987年から10年間、常任指揮者・音楽監督を務め、コチシュはその後任として97年に就任した。作曲家としても活躍しており、この日の最初の演奏曲、リストの「ゲーテ記念祭の祝祭行進曲」もコチシュの編曲によるもので、オープニングにふさわしい華々しい演奏で幕開けした。

 金子三勇士は1989年、日本人の父とハンガリー人の母との間に生まれた。6歳の時、祖父母の住むハンガリーに単身で渡り、11歳でブダペストの国立リスト音楽院に入学。16歳で全課程を修了して日本に帰国した。2008年にはバルトーク国際ピアノコンクールで優勝している。金子がもともと音楽の道を志したのは幼児期にコチシュが演奏するピアノ曲を繰り返し聴いたのがきっかけ。その敬愛するコチシュと協演する高揚感は想像以上のものだろう。

 金子がコチシュ指揮でリストの「ピアノ協奏曲第1番」を弾くのは23日の東京での演奏会に続いて奈良が2回目。金子は時に全身を鍵盤に預けるように躍動的に力強く、時に滑らかな指使いでまろやかな音色を紡ぎ出し、技巧に溺れることなく最後まで冷静さを失わなかった。コチシュはピアノとオーケストラとの掛け合いをうまく律して一体感を生み出した。金子のアンコール曲はリストのピアノ曲「愛の夢第3番」(?)。

 ブラームスの「交響曲第1番」は「ベートーヴェンの第10番」ともいわれ、あのティンパニの連打で始まる。第2楽章のオーボエと第1ヴァイオリン首席奏者(コンサートマスター)がソロで奏でる美しい響き、第3楽章の軽快なクラリネット、第4楽章の柔らかいホルンと朗々とした弦楽器の響きも印象的だった。コチシュはこの大曲も暗譜で指揮した。情熱的な〝コバケン〟のような華々しさはないが、優れた統率力を感じさせる堂々とした指揮で芳醇な音色を引き出した。アンコールはブラームスの「ハンガリー舞曲第1番」とベルリオーズのオペラ「ファウストの劫罰」より「ラコッツィ行進曲」。  

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<ムジークフェストなら③> 「巴里の夜明け」仏作曲家の作品中心に

2014年06月23日 | 音楽

【サンサーンスの「白鳥」やフォーレの「ピアノ四重奏曲」など】

 フランスのクラシック作曲家の作品を中心に集めたコンサートが22日、斑鳩町の「いかるがホール」で開かれた。題して「巴里の夜明け」。出演者は日本、韓国、米国、フランスの4カ国5人。演奏前のプレトークで斑鳩出身の作曲家・児玉厚雄氏は「ドビュッシーとラヴェルはひとまとめにフランス印象派と呼ばれてきたが、ドビュッシーの音楽を漆塗りとしたらラヴェルは江戸切子。フォーレはフランス近代音楽の夜明けを告げた。それぞれの音楽を聴き比べてほしい」と話した。

 

 最初に登場したのはハープ奏者の福井麻衣。大阪生まれ、スウェーデン育ちで、パリ国立高等音楽院の大学院修士課程ハープ科を首席で卒業した逸材。パリ国際ハープコンテスト優勝という実績も持つ。ボッサ作曲の独奏曲に続いて、チェロの梁盛苑とサンサーンスの「白鳥」、ヴァイオリンのジェラール・プーレと同じくサンサーンスの「ファンタジー」を演奏、ハープの優雅で多彩な音色を堪能させてくれた。演奏後のキラキラ輝く笑顔も印象的だった。

 前半最後はラヴェルの「ヴァイオリンとチェロのためのソナタ」。チェロの梁盛苑は「白鳥」で深みのある演奏を聴かせてくれたが、この約20分に及ぶ大曲でも最後まで集中力が途切れない堂々たる名演奏だった。ヴァイオリンの澤和樹(東京芸術大学教授)との呼吸もぴったりで、とりわけ第2楽章の激しいピチカートの応酬は迫力があり圧巻だった。

 後半の主役は前半に「ファンタジー」でも登場したフランスのヴァイオリニスト、ジェラール・プーレ(1938年生まれ)と米国のピアニスト、アルバート・ロト(1946年生まれ)。プーレは天才少年といわれ18歳の時にパガニーニ国際コンクールで最優秀賞を受賞、これまで多くの国際コンクールで審査員を務めてきた。後半最初の演奏曲ドビュッシーの「ヴァイオリンとピアノのためのソナタ」は、指揮者でヴァイオリニストだった父親ガストン・プーレのバイオリンとドビュッシー自身のピアノ演奏で1917年に初演された。ドビュッシーは翌年亡くなっており、公の場に姿を見せたのはこれが最後だったという。

 プーレとロトはこの曲とモーツァルトの「ヴァイオリンソナタk376ヘ長調」を演奏したが、2人合わせて優に140歳を超えるとはとても思えない若々しい演奏だった。プーレは曲に合わせて体を大きく左右に揺らし、時折、ピアノのすぐそばまで寄って演奏。ロトは終始少し笑みを浮かべながら楽しげに演奏していた。まさに円熟の味わい。締め括りはヴィオラの澤とチェロの梁も加わってフォーレの「ピアノ四重奏曲第1番」。第3楽章の叙情的な旋律の美しさと第4楽章のオーケストラのようなスケールの大きな演奏が印象に残った。 

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<ムジークフェストなら②> ストラビンスキー「兵士の物語」(安東伸元編)

2014年06月19日 | 音楽

【語りと7人による演奏、兵士と悪魔の軽妙な演技】

 「ムジークフェストなら」5日目の18日、奈良市のなら100年会館でストラビンスキー作曲の音楽劇「兵士の物語」が上演された。「大和座狂言事務所」を主宰する狂言師、安東伸元の演出によるもので、バイオリニスト若林暢(のぶ)が音楽監督を務めた。約1時間半の休憩なしの公演だったが、兵士役の狂言師の所作と悪魔役のドイツ人の軽妙な演技が見事なまでに好対照を見せ、和と洋のコラボによる総合芸術を堪能させてくれた。

 

 「兵士の物語」はロシアの民話を題材として作られたもので、100年あまり前の1918年に発表された。その前年はロシア革命。この音楽劇はそんな社会的経済的な混乱の中で生まれた。そうした時代背景による影響もあったのだろう、楽器はバイオリン、コントラバス、ファゴット、クラリネット、トランペット、トロンボーン、そして打楽器と小規模な7人編成になっている。

 物語は帰省中の兵士に悪魔が付きまとい、悪魔の魔法の本と兵士のバイオリンを交換するところから始まる。「大金儲けができる」という本を手にした兵士は巨万の富を得るが、心は充たされない。兵士はトランプの賭けでわざと負けて有り金全部を悪魔に渡す代わりに、バイオリンを取り戻す。その後、王女と結婚し幸せな日々を過ごすが、母と一緒ならもっと幸せになれるはずと考える。そして2人は悪魔の警告を無視し母のいる村に向かう。だが、国境を越えたところで悪魔が出現し、兵士は再び悪魔の手の中に――。

 自ら導入部の能舞と朗読を担当した安東伸元が音楽の合間に「二兎を追う者は一兎をも得ず」「幸福は1つあればいい。2つあればないのと同じ」と教訓めいた語りを挿入する。悪魔を演じたのはドイツ人の尺八演奏家ウベ・ワルター(1953年生まれ)。茅葺きの里として知られる京都府南丹市美山町在住で、時々関西弁を交えながら自由奔放な演技を披露して、会場の笑いを誘った。とりわけ最後の「悪魔の勝利の行進曲」に合わせた軽やかな踊りは、とても還暦とは思えない若々しさ。アンコールでもこの踊りを再度見せてくれた。兵士役を演じた安東元(あんどうげん)の張りのある発声と所作も見事だった。瞬き1つせずにまっすぐ正面を見据えて演じる姿に見入ってしまった。

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<ムジークフェストなら①> 100を超える会場でクラシック中心に多彩な音楽会

2014年06月15日 | 音楽

【オープニングの14日には「序の宴」としてシューベルト特集】

 今年で3回目を迎える音楽の祭典「ムジークフェストなら」が14日開幕した。29日までの16日間に100を超える会場でクラシックを中心にした多彩なコンサートが繰り広げられる。初日の14日夕には「序の宴 菩提樹の花咲く頃に」と題して、シューベルトの歌曲「冬の旅」とピアノ五重奏曲「ます」の演奏会がなら100年会館(奈良市)で開かれた。

 今回注目を集める演奏家の1人がピアニストのアルバート・ロト(写真㊧)。主な演奏会だけでも14日を皮切りに16日、20日、22日と相次いで出演する。ロトはポーランド人の父とウクライナ人の母との間に1946年、ニューヨークで生まれた。ジュリアード音楽院卒業。65年にはモントリオール国際コンクールで優勝、翌66年にはブゾーニ国際コンクールで金賞に輝いている。

    

 この日のコンサートはロトのピアノ独奏から始まった。曲目はシューベルトの「4つの即興曲作品142」の第2曲。続いてバリトンの小玉晃(写真㊨)が登場し、「冬の旅」全24曲の中から人気のある「おやすみ」「菩提樹」「春の夢」「からす」「辻音楽師」の5曲を演奏した。この歌曲の伴奏はピアノが一般的だが、この日は弦楽四重奏が担当した。バリトンと弦楽四重奏による「冬の旅」の演奏は国内で多分初めてという。

 小玉晃は1969年奈良県橿原市生まれ。京都市立芸術大学大学院修了後、ウィーン国立音大に留学。主にドイツ歌曲や宗教曲の分野で活躍している。「冬の旅」の中でも最も有名な「菩提樹」は情感たっぷりに朗々と歌い上げ、最後の「辻音楽師」では切々と深みのある歌声を披露した。弦楽4人との息もよく合っていた。

 ピアノ五重奏曲「ます」ではピアノのロトが繊細な弱音からダイナミックな強音まで多彩な音を自在に紡ぎ出した。その優しく温厚な表情と同様、演奏にも温かみが溢れていた。特に第4楽章の「ます」変奏曲や最終の第5楽章は聴き応えがあった。第5楽章の途中で演奏が終わったと思ったのか、一度「ブラボー」の声が掛かり、その後も途中で拍手が起きる場面があった。ご愛嬌というべきか、それとも興醒めというべきか。

 この曲では同じようなことがよくあるらしい。五重奏のうち弦楽器の演奏者はジュリアード音楽院出身のバイオリニスト若林暢、韓国を代表するチェリスト梁盛苑ら4人だったが、梁は「またか」というような苦笑いの表情を浮かべていた。帰路「ブラボーと叫ぶなら、もっと聴き込んでからにしてほしいなあ」とこぼす2人連れの姿も目にした。

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<奈良女子大学管弦楽団> 橿原文化会館で「イタリア公演凱旋記念演奏会」

2014年04月21日 | 音楽

【シューベルト交響曲第2番と「ナブッコ」などイタリアオペラ序曲集】

 奈良女子大学管弦楽団の「‘14スプリングコンサート」が20日、橿原文化会館で開かれた。今年で結成45年になる同楽団は1月にイタリアで初の海外演奏会を開催したばかり。今回のコンサートはその報告を兼ねたもので「イタリア公演凱旋記念演奏会」と銘打っていた。ちらしのその文字に引かれて出かけたが、牧村邦彦氏(同楽団常任)の指揮の下、緩急・強弱のメリハリが利いた見事な演奏を披露してくれた。

  

 牧村氏は大阪シンフォニカー交響楽団(現大阪交響楽団)の指揮者として13年間にわたり活躍。とりわけオペラの指揮では定評があり、現在は「ザ・カレッジオペラハウス管弦楽団」正指揮者、大阪音楽大学非常勤講師などを務める。イタリア演奏旅行(1月14~19日)ではミラノの南にある「ピアツェンツァ市立歌劇場」で、牧村氏の指揮でイタリアオペラ序曲集やシューベルトの交響曲第8番(第9番とも)「ザ・グレイト」を演奏した。ロビーにはその演奏旅行の写真やポスターが飾られていた(下の写真㊨)。

 この日の演奏会はシューベルトの交響曲第2番から始まった。シューベルト18歳のときの作品で、第1楽章にはベートーベンのバレエ音楽「プロメテウスの創造物」序曲に少し似た部分も。溌剌(はつらつ)とした第1楽章の演奏が終わると、会場内に期せずして拍手が沸き起こった。それほど熱のこもった演奏だった。第2~第4楽章も統率のとれた演奏が続いた。牧村氏(下の写真㊧)の名指揮の賜物だろう。

 

 後半のイタリアオペラ序曲集の幕開けはヴェルディの「ナブッコ」。その中の合唱曲「行け、わが想いよ、金色の翼に乗って」は〝第二のイタリア国歌〟といわれる名曲。ヴェルディの葬儀でもこの曲がトスカニーニの指揮で演奏された。それだけにイタリアでの演奏はよほど勇気を要したに違いない。牧村氏もその旋律を受け持ったオーボエ演奏者に向かって「とても怖かったよな」と、当時を正直に振り返っていた。幸い観客からは「ブラボー」の声が掛かったそうだ。

 「ナブッコ」の後はロッシーニの「シンデレラ」、ベッリーニの「カプレーティとモンテッキ」と続き、最後はヴェルディの「シチリアの晩鐘」で締めた。ベッリーニ以外はイタリア公演と同じ曲。演奏者約60人の中には卒業生や男性を含む賛助出演者も含まれていたが、心地よい緊張感を保った演奏が最後まで続いた。アンコールもイタリア公演と同じ「さくら さくら」(H&Y Kurahashi編曲)。これも心に染み入る演奏だった。

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<吹奏楽団A-Winds> 客演指揮と協奏曲ソロにトロンボーン奏者松下氏

2014年03月10日 | 音楽

【やまと郡山城ホールで42回目の定期演奏会】

 奈良アマチュアウィンドオーケストラ(A-Winds)の「2014年春の演奏会」が9日、やまと郡山城ホールで開かれた。この吹奏楽団が発足したのは15年前の1999年。42回目となる今回の定演では新しい試みとして、トロンボーン奏者で指揮者や作編曲者としても活躍中の松下浩之氏(写真=前列左から3人目)を客演指揮者とともにトロンボーン協奏曲のソリストとして迎えた。

 松下氏は1964年神戸市生まれ。大阪音楽大学(トロンボーン専攻)卒業後、同大非常勤教育助手を経て88年大阪市音楽団に入団、昨年退団するまで約25年間、トロンボーン奏者として活躍した。現在は神戸山手女子高校音楽科講師、福祉の管弦楽団「まごころ」音楽監督兼常任指揮者、関西トロンボーン協会理事などを務める。

 コンサートは2部構成で、第1部の2曲を松下氏が指揮した。1曲目はオープニングにふさわしい華やかで躍動的な祝典序曲「オリンピカ」。ベルギーのヤン・ヴァン・デル・ローストが長野市民吹奏楽団から創立20周年記念作品として委嘱を受けて作曲した。2曲目は米国生まれのロバート・ラッセル・ベネットが1957年に作曲した「吹奏楽のためのシンフォニックソング」。物静かな曲調が最終章に入ると陽気でにぎやかな演奏に一転した。

 第2部1曲目はやや短めの「ブラボー・ブラス!」(星出尚志作曲)。次いで2曲目に松下氏がソリストとして登場し協奏曲「トロンボーンのための『カラーズ』」を演奏した。作曲者ベルト・アッペルモントは「オリンピカ」の作曲者デル・ローストの教え子。4楽章の構成で、題名の通り黄・赤・青・緑の4色のイメージをもとに作曲したという。改めてトロンボーンの音域の広さや多様な音色などを再発見させてくれる名演だった。アンコール曲は「76本のトロンボーン」など。

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<林美智子> 表情豊かに「平城山」やカルメン「ハバネラ」など

2014年03月03日 | 音楽

【秋篠音楽堂でメゾソプラノ・リサイタル】

 豊かな歌唱力で人気の高いメゾソプラノ、林美智子のリサイタル(「秋篠うたくらぶ」10周年記念)が2日、奈良市の秋篠音楽堂で開かれた。ピアノ伴奏は指揮者としても注目を集める河原忠之(国立音楽大学・大学院准教授)。林は艶のある伸びやかな歌唱で「早春賦」や「平城山」、歌劇「カルメン」の「ハバネラ」など和洋の唱歌や歌曲など23曲(アンコール2曲を含め)を歌い上げた。

   

 林はこれまでにチョン・ミュンフン、故若杉弘など著名指揮者やオーケストラと共演を重ね、2005年からは「NHKニューイヤーオペラコンサート」に連続出演し幅広い人気を集める。家庭に戻れば双子の男の子(4歳?)の母親。心身ともに充実し、今最も脂の乗ったオペラ歌手の1人だろう。林が純白のドレスで登場すると舞台がぱっと華やいだ。

 プログラムは1部前半が「早春賦」「赤とんぼ」「お菓子と娘」「平城山」などおなじみの日本の歌6曲。時に目を真ん丸に見開いて明るく、時に遠くを見つめて悲しげに切々と歌う。いずれも感動的な熱唱。とりわけ「平城山」の朗々とした深みのある〝ベルベットトーン〟にはうっとりさせられた。

 1部後半は武満徹作詞・作曲の「小さな空」に始まり、その後に谷川俊太郎作詞・武満徹作曲の歌曲を中心に置く構成。その1曲「死んだ男の残したものは」は繊細かつ力強い歌唱が印象的だった。林が「敬愛してやまない」というピアノの河原との呼吸もぴったり。1部の最後は武満作詞・作曲の「翼」で締めくくった。「風よ雲よ陽光(ひかり)よ 夢をはこぶ翼……」

 2部はがらりと趣向を変え歌劇のアリアやフランスの歌曲が中心。まず今や林の当たり役といわれるオペラ「カルメン」より「ハバネラ」を披露した。林が客席後部から緑色のドレスで登場し、男性客を見つめて歌うたびに会場が沸いた。この後、プーランクの「パリへの旅」や「ホテル」、マスネの「エレジー」、サティの「ジュ・トゥ・ヴ」、サン=サーンスの歌劇「サムソンとデリラ」より「あなたの声に心は開く」と続いた。

 アンコールは「市の花屋」と「この道」。消え入るように「この道」を歌い終えた林が両指でそっと涙をぬぐい、舞台から下がる時にもまた指を目に当てる姿が印象に残った。林が奈良を訪れたのは中学時代以来という。奈良入りした前日には小雨の中、「伎芸天立像」で有名な秋篠寺を訪ねたそうだ。これを機にまた奈良に来て、第一級の歌声を披露してくれることを期待したい。

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<ベトナム交響楽団> 東大寺大仏殿で「蜘蛛の糸」「ベートーベン7番」

2013年10月02日 | 音楽

【本名徹次指揮、日越外交樹立40周年記念の日本ツアー最終日】

 本名徹次指揮・ベトナム国立交響楽団の演奏会が1日、奈良市の東大寺大仏殿内で開かれた。日越外交関係樹立40周年を記念した日本ツアー(全国7カ所)の締めくくり。752年の東大寺大仏開眼供養ではベトナムからの渡来僧、仏哲(ぶってつ)が伝授した〝林邑楽(りんゆうがく)〟という舞楽が奉納された。そのゆかりの地での熱演に、大仏様も優しく微笑んでいるように見えた。

     

 指揮の本名(写真㊥)はトスカニーニ国際指揮者コンクール2位、ブダペスト国際指揮者コンクール1位。2001年から同交響楽団の音楽顧問を務め、09年に音楽監督・首席指揮者に就任した。長年の貢献に対し昨年、ベトナム政府から文化功労賞が授与されている。演奏会場ではオーケストラが大仏様の真正面に位置し、聴衆はその両側に座った。本名だけが大仏様に背を向ける格好。演奏に先立ち、まず全員が起立して大仏様に三礼(さんらい)、続いて僧侶の読経、再び三礼、両国の国歌演奏と続いた。

 最初の演奏曲は作者不詳でゴ・ホァン・クァンがオーケストラ用に編曲したベトナムの曲「入寺」。荘厳な鐘の音に続いて奏者が立ち上がり「ナモアジダファット」(南無阿弥陀仏)を合唱。その後、弦の深く豊かな響きが続き、最後にまた合唱と鐘の音。本名は棒を持たず、両手両指の微妙な動きで音を紡ぎだすように指揮した。奉納演奏にふさわしい曲目と演奏だった。

 2曲目は芥川也寸志が父・龍之介の短編小説を基に作曲したバレエ音楽「蜘蛛の糸」。ベトナムを代表する女優レ・カイン(写真㊨)が物語をベトナム語で朗読した。地獄の様子を描いたような、鋭く甲高い弦の響きから始まった。太鼓の連打、静寂、管と打楽器の激しい響き、強さを増す不気味な音、そしてフルートが奏でる優しい旋律――。蜘蛛の糸をよじ登り、下の罪人に「降りろ」と喚き、ぷっつり糸が切れて元の地獄に落ちていくカンダタ。その様子が目に浮かぶような演奏だった。

 次にベートーベンの交響曲第7番。第1楽章はややゆったりと始まったが、中盤からは明るく軽快なテンポで乗ってきた。葬送行進曲風の第2楽章は逆にやや速めのテンポでスタート。演奏時間は最終第4楽章までで約38分。管と弦のバランスなど少し気になった部分はあったものの、日越両国の友好を祝うにふさわしい明るく力強い演奏だった。アンコールは本名の出身地福島の民謡「会津磐梯山」と美しい旋律が印象的なベトナム民謡「セ・チ・ルオン・キム」だった。

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<松田理奈> バイオリンリサイタル 名演「ツィゴイネルワイゼン」

2013年09月30日 | 音楽

【27歳最後の日に奈良県橿原文化会館で】

 若手バイオリニスト、松田理奈のバイオリンリサイタルが29日、奈良県橿原文化会館で開かれた。前半はブラームスのバイオリンソナタなど2曲、後半はクライスラー、サラサーテなど名バイオリニストとしても活躍した作曲家の作品で固めた構成。翌30日が28歳の誕生日とあって、アンコールの合間にピアノ伴奏に合わせ会場から「パッピバースデーツゥーユー」の歌が湧き上がるなど、温かいリサイタルとなった。

    松田理奈

 松田は東京芸大付属音楽高校卒業後、桐朋学園大ソリスト・ディプロマコースを経てドイツ・ニュルンベルク音大に留学。2007年に同大学、10年に同大学院をいずれも首席で卒業。その間の04年の日本音楽コンクールで第1位に輝き、さらに07年のサラサーテ国際コンクールに入賞と、実力は折り紙つき。今年1月には第23回新日鉄住金音楽賞も受賞している。

 リサイタル前半はフランスの作曲家ルクレールとブラームスの各バイオリンソナタ第3番。ブラームスの第3番では第1、第2楽章の消え入る最後の繊細な響きが美しい。第3楽章の歯切れのいいピチカート、第4楽章の力強い演奏も印象的だった。ピアノ伴奏の江口玲(あきら)=東京芸大ピアノ科准教授=のバイオリンを引き立てる抑制の利いた演奏も光った。

 後半は発表会などでもよく耳にするクライスラーの作品から始まった。「ブニャーニの様式による前奏曲とアレグロ」に次いで「ロンドンデリーの歌」「美しきロスマリン」「シンコペーション」。緩急のメリハリが利いた演奏に加え、松田の豊かな表情にも引き付けられた。バイオリニストとしては珍しくリサイタルの時にはいつも素足という。この日も華やかなドレス姿に素足というスタイルだった。

 クライスラーの5曲目「プニャーニの様式によるテンポ・ディ・メヌエット」の後は、ブラームスの原曲を基にハイフェッツが作曲した「コンテンプレーション」。〝瞑想〟を意味するとあって優しい音色に癒やされた。結びはサラサーテの「ツィゴイネルワイゼン」。松田の技術の高さを改めて証明する名演奏で、滑らかな指使いや終盤のピチカートも聴きごたえがあった。

 アンコールはラフマニノフの「ヴォカリーズ」とマスネの「タイスの瞑想曲」。いずれも1つ1つの音に神経が行き届いた抒情性にあふれた演奏。自身も「リハーサルの時より本番のほうがよく響いていると感じながら演奏できた」と満足げな様子だった。演奏が終わるたびに、会場の拍手に笑顔で応える姿にも好感が持てた。

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<奈良市・トレド市> 姉妹都市提携40周年で「古都フィエスタ」

2013年09月02日 | 音楽

【子どもの能や童謡、語り、フラメンコ……】

 奈良市の学園前ホールで1日「なら・トレド 古都♪古都フィエスタ」が開かれた。スペインの古都トレド市との姉妹都市提携から40周年になることを記念したイベントの1つ。太鼓の演奏によるオープニングに始まって、子どもの能や日本・スペイン両国の童謡、語り、フラメンコなど、多彩で愉快なプログラムが次々に繰り広げられた。

  

 トレド市は首都マドリードの南約70キロに位置し、かつては西ゴート王国の首都として栄えた。〝町全体が博物館〟といわれ旧市街は世界遺産に登録されている。ルネサンス期を代表する画家エル・グレコがその情景に魅せられ、後半生を過ごしたことでも有名。両市は1972年9月に姉妹提携に調印した(奈良市のその他の海外の姉妹・友好都市は韓国・慶州、中国・西安、フランス・ベルサイユ、オーストラリア・キャンベラ、中国・揚州)。

 

 古都フィエスタではなら100年会館こどもお能グループによる能「鶴亀」と「猩々」に続いて、「童謡でつなぐ日本とスペイン」としてスペイン語による歌や奈良のわらべ歌が披露された。その中で行われたスペイン式の長縄跳びが少し変わっていた。数回跳んでは縄を子どもの上でクルクルと旋回させていた。わらべ歌は「音声館ならまちわらべうた教室」の小学生たちが歌ったが、教室全体の受講者は現在7クラス合わせて1歳から90歳まで約400人に上るという。

 

 続いてスペインの作曲家ファリャの「火祭りの踊り」が十三弦・十七弦の琴とエレクトーン4台で演奏された。もともとは管弦楽曲だが、一味違った和洋のコラボだった。休憩を挟んで両国の語りと演奏があり、「屯鶴峯(どんづるぼう)物語」と合唱付きの「ドン・キホーテ物語」(本邦初演)が披露された。最後は学園前に拠点を置くフラメンコ教室「エル・ビエント」のメンバー約30人によって、歌とギターの伴奏で華麗な舞踊が繰り広げられた。「エル・ビエント」は発足20周年を迎える来年の5月、なら100年会館大ホールで第10回発表会を開催の予定。

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<木津川市文化協会> 「西洋音楽との束の間の出会い~ピアノで語る信長・秀吉が耳にした音楽」

2013年07月22日 | 音楽

【〝考古ピアニスト〟伊賀高弘さんが演奏と解説】

 京都府木津川市の中央交流会館(いずみホール)で21日、木津川市文化協会主催の講演・演奏会が開かれた。テーマは「西洋音楽との束の間の出会い~ピアノで語る信長・秀吉が耳にした音楽」。地元在住の伊賀高弘さんが織田信長・豊臣秀吉が聴いたかもしれないルネサンス期の西洋音楽を、解説を交えながらピアノで演奏した。ユニークなタイトルに惹かれ出かけたが、期待以上の見事な演奏と語りで実に有意義なひとときだった。

  

 伊賀さんは自称〝考古ピアニスト〟というように本職は埋蔵文化財の調査・研究。1959年生まれで大学では日本古代史を専攻し、卒業後は京都府埋蔵文化財調査研究センターの職員として長く関西学術研究都市などの発掘調査に当たってきた。その傍ら、ピアノを京都市芸術大学の先生に師事して学ぶなどプロ顔負けの腕前を持つ。

 伊賀さんはまず安土桃山時代の内外情勢の説明から始めた。大航海時代、宗教改革、日本へのキリスト教伝来……。その後、大友宗麟ら九州のキリシタン大名がローマに派遣した「天正遣欧少年使節」の足跡をたどる形でルネサンス期の音楽を紹介した。使節団は1582年に長崎を立ちリスボン、ピサ、フレンツェなどを経て85年ローマで教皇に謁見。その後、ヴェネチアやミラノ、リスボンを経由して90年に帰国した。少年たちは翌91年、京都・聚楽第で秀吉を前に西洋音楽を演奏したといわれる。

 最初にピアノで弾いたのはスペインの作曲家・オルガニスト、アントニオ・デ・カベゾン(1510~66)の声楽曲。次いでローマ教皇庁の専属楽士だったパレストリーナ(1525~94)のミサ曲2曲をピアノと電子鍵盤のパイプオルガン音源で紹介した。彼のポリフォニー(多声音楽)は〝パレストリーナ様式〟として後の作曲家に多大な影響を与えたといわれる。「ポリフォニーは複数の旋律が積み重なって和声が作られる。その前の音楽は単旋律のモノフォニー、後のモーツァルトやベートーベンの音楽はホモフォニーといわれ主旋律に伴奏が付く」。

 次に紹介したのはイタリアの作曲家アンドレーア・ガブリエーリ(1510~86)。サンマルコ大聖堂(ヴェネチア)のオルガニストで〝ヴェネチア楽派〟の創始者といわれる。ガブリエーリが作った曲は「信長・秀吉が聴いたかもしれない西洋音楽の最有力候補」という。少年使節の謁見のための音楽を作曲したという記録が残されているそうだ。その曲は不明だが、伊賀さんは「フランス風カンツォン」という舞曲をピアノで弾いた。

 次いで、フランス国王ルイ11世のときルーブル宮殿の宮廷楽士として活躍したジョスカン・デ・プレ(1440~1521)。ガブリエーリよりかなり時代は遡るが、「少年たちが聚楽第で御前演奏したのはジョスカン・デ・プレの曲といわれている」。伊賀さんが演奏したのは「ミサ・パンジェ・リングァ―アグヌス・デイ」という曲。「テレビで秀吉の場面にグレゴリオ聖歌のような単旋律が流されることがあるが、秀吉が耳にした音楽はもっと複雑なポリフォニー音楽だったのではないだろうか」。伊賀さんはテレビの時代考証に疑問を投げかけた。

 安土時代前半まで寛容だったキリスト教政策はその後、江戸初期にかけて禁教令やバテレン追放令が相次ぎ弾圧へ一転した。そして1616年には鎖国令。「弾圧政策は植民地化を恐れたことによるもの。だが、西洋音楽がバッハの登場などで一番〝進化〟した時代に、鎖国によって日本が立ち会えなかったのは不運というしかない」。伊賀さんはクープラン(1668~1733)など2人の曲に次いで、最後をバッハ「フーガの技法」のピアノ演奏で締めくくった。

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<ムジークフェストなら⑧> 大阪フィル「プーランク 躍動のソワレ」

2013年07月01日 | 音楽

【「子象ババールの物語」とDUO YKEDA共演のピアノ協奏曲2曲】

 6月14日から17日間にわたって繰り広げられた「ムジークフェストなら2013」最終日の30日、奈良県文化会館で大阪フィルハーモニー管弦楽団(大友直人指揮)とピアノデュオ「DUO YKEDA(デュオ・イケダ)」によるコンサートが開かれた。今年が没後50年に当たるフランスの作曲家プーランクの特集で、題して「プーランク 躍動のソワレ」。掉尾を飾るにふさわしい華やかで感動的な名演奏だった。

  

 1曲目はプーランクが1945年に作曲したピアノと語りのための「子象のババール物語」。親戚の子どもたちのために、友人ブリュノフ作の絵本にメロディーを付けたもの。ただ、この日はピアノ版ではなく、ジャン・フランセが編曲した管弦楽版を演奏した。語りはカラヤンや小澤征爾に教えを受け、フランス音楽にも造詣が深い中田昌樹が担当した。

 子守唄を歌ってあやす母象、その母を撃ち殺され必死に逃げるババール、親切なおばあさんとの出会い、森に帰って新しい象の王様になるババール、結婚式と戴冠式、そしてパーティー……。時に緊迫感たっぷりに、時にユーモラスに、時に華やかに、その時々の情景が目に浮かぶ愉快な演奏だった。

 休憩を挟んで2曲目は「ピアノと18の楽器のための舞踏協奏曲『オーバード』」。プーランクは鍵盤楽器のために5つの協奏曲を書いているが、その2番目(1929年作曲)に当たる。ピアノの演奏はデュオ・イケダの男性ピアニスト、パトリック・ジグマノフスキー。オケ18人中11人を管楽器が占めることもあって、小編成を感じさせない迫力のある演奏で、ジグマノフスキーとの呼吸もぴったりだった。

 3曲目は「2台のピアノのためのコンチェルト」(1932年作曲)。舞台中央に2台のグランドピアノ。客席から見て右手にデュオ・イケダの池田珠代、左手にジグマノフスキー。「ダン! ドン!」2音の強打に続くピアノの速くリズミカルな演奏で、一気にプーランクの世界に引き込まれていく。美しくなじみやすい旋律もちりばめられ、リズムに合わせてつい体も動く。2台のピアノとフルオーケストラの熱のこもった演奏は圧巻そのものだった。

 アンコール1曲目はプーランクの「シテール島への船出」、2曲目はデュオ・イケダの4手連弾、ハチャトリアンの「剣の舞」だった。「剣の舞」は3日前のデュオ・イケダのコンサートでも披露したが、その速い曲を力強く難なく弾きこなす2人の息の合った演奏には改めて驚かされた。真後ろで聴いていた男性も「すごい!」と感嘆の声を上げていた。今年の「ムジークフェストなら」では奈良市内を中心に200を超えるステージで演奏が行われたが、今から来年が楽しみになってきた。

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<ムジークフェストなら⑦> 「エディット・ピアフのホームパーティー」

2013年06月30日 | 音楽

【ピアノ・クラリネットの演奏+ピアフ代表曲の歌唱】

 「エディット・ピアフのホームパーティー with プーランク、ミヨー、オネゲル」と題したコンサートが29日、奈良県文化会館(奈良市)で開かれた。フランスの国民的シャンソン歌手、エディット・ピアフ(1915~63)と同時代にパリを中心に活躍したクラシック作曲家の作品と、「ばら色の人生」などピアフの代表曲を同時に楽しんでもらおうという趣向。(写真㊧から)パトリック・ジグマノフスキー(ピアノ)、フローラン・エオー(クラリネット)、スブリーム(歌)の3人が出演した。

   

 ピアフは大道芸人の子として生まれるが、母親に見捨てられ、売春宿を経営していた父方の祖母に預けられる。過酷な少女時代。その後、路上シンガーからクラブの歌い手を経て人気歌手に登り詰め、戦時中には反ナチのレジスタンスにも尽くした。だが、自動車事故や薬物中毒で苦しみ、がんを患って波瀾の人生を閉じた。享年47。今年はちょうど没後50年に当たる。ピアフの音楽は今も世界中で人気が高く、日本でも今春、2枚組みのベストアルバムが発売された。

 コンサート前半は20世紀前半に活躍した〝フランス6人組〟の作品など計7曲が演奏された。ミヨー「ブラジルの女」、オネゲル「クラリネットとピアノのためのソナチネ」、プーランク「愛の小道―ワルツの調べ」、ストラビンスキー「クラリネットのための3つの小品」……。クラリネットの暗く沈潜した低音や陽気な高音など、表現の幅の広さを再認識させられる名演奏だった。

 後半はワインや花束を載せたテーブルや真っ赤なソファ椅子がセットされ、タイトル通りホームパーティーのような雰囲気。ピアノとクラリネットの伴奏に乗せて、歌手スブリームがピアフの代表曲「パダム・パダム」「アコーディオン弾き」「パリの空の下」「ばら色の人生」などを披露した。スブリームは1985年から約10年間日本に滞在、この間、アコーディオンのcobaやトランペット奏者・作曲家の三宅純とも交流があったという。エオーはクラリネットを演奏しながら軽やかにタップダンスをする〝曲芸〟も見せてくれた。

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<ムジークフェストなら⑥> ドレスデン・フィルハーモニー管弦楽団

2013年06月29日 | 音楽

【ベートーベン「運命」、メンデルスゾーン「バイオリン協奏曲」】

 1870年創立のドイツの名門オーケストラ、ドレスデン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏会が28日、奈良県文化会館国際ホールで開かれた。曲目はベートーベンの「エグモント序曲」、メンデルスゾーンの「バイオリン協奏曲」(ソリスト川久保賜紀)、ベートーベンの「交響曲第5番運命」。3曲とも深みのある重厚な演奏で、長い歴史と伝統の中で培われた、まさに〝いぶし銀の響き〟だった。

  

 ドレスデンフィルの来日は2008年以来。この間、2011年にも来日の予定だったが、東日本大震災の影響で中止になっていた。指揮はミヒャエル・ザンデルリンク(46)。ドイツ音楽の巨匠といわれたクルト・ザンデルリンクを父に持つ。もともとはチェリストだが、2001年に指揮活動を始めて徐々に頭角を現し、11年にドレスデンフィルの首席指揮者に就任した。

 弦楽器の配置が通常のオーケストラとは違っていて目を引いた。舞台に向かって左側から第1バイオリン、チェロ、ビオラ、第2バイオリンと並び、コントラバスは左手のチェロの後ろに位置していた。ザンデルリンクが就任してから配置替えしたのだろうか、それともこれがドレスデンフィルの伝統なのだろうか。

 1曲目「エグモント序曲」は約200年前の1810年の完成・初演。最後の曲目「運命」の2年後に作曲された。オーケストラの全奏に続いて力強い弦の響き、そして優しい木管の音色。長身のザンデルリンクがダイナミックな指揮で重厚な〝ドレスデン・サウンド〟を引き出す。オープニングにふさわしい渾身の名演奏だった。

 続くメンデルスゾーン協奏曲のソリスト・川久保賜紀は1979年、米ロサンゼルス生まれ。2001年パブロ・サラサーテ国際バイオリンコンクール1位、02年チャイコフスキー国際コンクール最高位(1位なしの2位)。この日もその実力を証明するように、高度な技巧と豊かな情感で3大バイオリン協奏曲の1つといわれる名曲を弾きこなした。とりわけカデンツァの切々とした繊細な響きにはため息が出た。

 休憩を挟んで「運命」。最初の「ダダダ・ダーン」のスピードが注目されたが、速く歯切れのいい出だしだった。激しく緊張感がみなぎる第1楽章に続いて、第2楽章では一転、弦がゆったりと豊かな響きを奏でる。第3楽章ではチェロとコントラバスの力強い演奏が印象的だった。第4楽章は「これぞ、まさしくドレスデン・サウンド」と思わせる深い響きで締めくくった。3曲を通して、ピアニッシモから一気にフォルテッシモに持っていく演奏技術とザンデルリンクの指揮ぶりも感動的だった。アンコール曲はベートーベンの「ロンド・カプリッチョ〝失われた小銭への怒り〟」。

 ドレスデンフィルはきょう29日、大阪のザ・シンフォニーホールでベートーベンの「交響曲第7番」とブラームスの「交響曲第1番」を演奏する。ザンデルリンクはすでに来年の来日も決まっており、読売日本交響楽団とNHK交響楽団を指揮する予定という

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<ムジークフェストなら⑤> 「DUO YKEDA ピアノ四手連弾」

2013年06月28日 | 音楽

【優しく、時に激しく〝ピアノとダンス〟】

 27日午後7時から奈良市の「なら100年会館」で「DUO YKEDA(デュオイケダ)ピアノ四手連弾 DANCING with PIANO!」があった。パリ国立高等音楽院在学中に知り合ったパトリック・ジグマノフスキーと池田珠代の男女デュオは今年ちょうど結成20周年。フランスで最も活躍する連弾デュオとして知られ、毎年、世界各地の音楽祭にも招待されている。この日はアンコール2曲も含め9曲を披露、時に優しく、時に激しく弾き手を交差させながら息の合ったところを見せた。

   

  ジグマノフスキーは世界的に活躍するピアニスト。2002年には音楽監督を務め自らも出演する「ボルドー音楽祭」を立ち上げた。12回目の今夏も世界各国から一流音楽家が集まるという。現在、パリのエコールノルマル音楽院教授、大阪音大客員教授を務める。池田は桐朋女子高ピアノ科を経て1989年に渡仏。プーランク国際ピアノコンクール大賞第一位など数々の国際コンクールで受賞し、ソロ奏者としても活動している。

 前半のプログラムはフランスの作曲家の作品で固めた。ラヴェル「スペイン狂詩曲」は静かに4音が反復する1曲目と激しく終わる4曲目が圧巻だった。シャブリエ「狂詩曲スペイン」も一糸の乱れもない力演だった。この他にサン=サーンス「英雄行進曲」とプーランク「ピアノ連弾ソナタ」。演奏が終わるたび、高音部を弾く池田が出来栄えを確かめるように相方に向かって微笑む姿が印象的だった。

 後半1曲目「スラブ舞曲」はドヴォルザークが親交のあったブラームスの「ハンガリー舞曲」を意識しながら作ったもので、まずピアノ連弾用として書き上げた。管弦楽用と同じく強打で始まる躍動的な舞曲の後、叙情的な美しい旋律が続く。スメタナの「モルダウ」もスメタナ本人が連弾のために書いた。雄大な川の流れが目に浮かぶような、呼吸の合った演奏だった。次いでラヴェルの「ラ・ヴァルス」。アンコールのハチャトリアン「剣の舞」では初めてジグマノフスキーが高音部を担当した。

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