く~にゃん雑記帳

音楽やスポーツの感動、愉快なお話などを綴ります。旅や花の写真、お祭り、ピーターラビットの「く~にゃん物語」などもあるよ。

<住吉大社> 華やかに古式ゆかしく御田植神事

2018年06月15日 | 祭り

 【田舞や住吉踊、武者行事、棒打ち合戦……】

 全国約2300社の住吉神社の総本宮、住吉大社(大阪市住吉区)で6月14日、古来の様式を踏襲した伝統の御田植神事が営まれた。国指定の重要無形民俗文化財で、香取神宮(千葉県香取市)、伊勢神宮内宮の別宮・伊雑宮(いざわのみや、三重県志摩市)とともに日本三大御田植祭といわれる。同大社の御田は広さ約2000㎡。その中央に設えられた舞台と御田の周囲で、早苗を植える人たちを励ますように約2時間にわたって多彩な芸能が繰り広げられた。

 御田植神事は約1800年前、祭神の神功皇后が神田を定め、長門国(今の山口県)から植女(うえめ)を召して奉仕させたことが始まりといわれる。この神事に際し鎌倉時代には猿楽や田楽が催されていたとの記録があるそうだ。午後1時に始まった本殿での神事奉告祭が終了すると、いよいよ御田式がスタート。奴行列を先頭に風流武者、雑兵役の男児たち、神職、巫女姿の八乙女(やおとめ)、植女、替植女(かえうえめ)、御田の世話をする奉耕者、田植踊や住吉踊の女児たちなど数百人が長い列を成して入ってきた。

 

 この日の主役でもある植女8人には一人ひとりに赤い大傘が差しかけられていた。植女はかつて末裔が堺の遊女になったという伝承から、近年まで堺の遊女が植女役を果たしていたという。明治維新後は大阪新町廓の芸妓、その後は大阪花街連盟の芸妓が植女として神事を支えてきた。現在は関西・大阪21世紀協会の上方文化芸能運営委員会が中心になって選出しているそうだ。植女の役割は神前から早苗を授かって、植え付けを行う菅笠に赤襷姿の替植女に渡すこと。御田では一足早く飾り立てられた〝斎牛〟が代掻きをしていた。この牛は5月の京都の葵祭にも参加していたそうだ。

 

  

 中央舞台では赤い風流花笠を囲んで八乙女8人による神楽「田舞」や御稔女(みとしめ)と呼ばれる女性による豊穣祈願の「神田代舞(みとしろまい)」が舞われた。八乙女は白衣に緋色の袴姿で、頭上には花菖蒲の飾り。次いで甲冑姿の侍大将が武運長久を祈る所作を披露したり、陣太鼓や法螺貝が鳴り響く中、紅白に分かれて男児たちが六尺棒を打ち合う棒打ち合戦を繰り広げたりした。棒打ちには害虫を追い払う〝虫追い〟の意味も込められているそうだ。

 

 その後も広い御田をぐるっと囲んで地元の子どもたちによる田植踊や住吉踊が続いた。この間に植え付けもほぼ終わって、水を張った御田は一面早苗の緑で覆われた。そのすぐ上を数羽のツバメが飛び交っていた。田楽は田植え前に豊作を祈って歌い踊る田遊びが起源との説があるという。その田楽の原初の姿を垣間見るような思いがした。

  

 ちなみに御田に植えた稲は大阪府の奨励品種ヒノヒカリとのこと。住吉区と住之江区の農家を中心に結成している御田講のメンバーが今後、合鴨農法も取り入れて稲の生育を見守る。その鴨は生後2週間目の幼鳥20羽を導入するそうだ。米1200kgの収穫を見込んでおり、10月17日の宝之市神事で初穂を刈り取ることにしている。

 


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