がんの予防や治療における漢方治療の存在意義を考察しています。がん治療に役立つ情報も紹介しています。
「漢方がん治療」を考える
814)オールトランスレチノイン酸(ATRA)+ビタミンD3+PPARγアゴニストの抗がん作用
図: ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体γ(PPARγ)とビタミンD受容体(VDR)とレチノイン酸受容体(RAR)はそれぞれレチノイドX受容体(RXR)とヘテロダイマー(ヘテロ二量体)を形成して遺伝子のプロモーター領域の応答配列(ペルオキシソーム増殖因子応答配列とビタミンD応答配列とレチノイン酸応答配列)に結合して、それぞれの標的遺伝子の発現を誘導する。PPARとVDRとRARおよびRXRは細胞の増殖や細胞死(アポトーシス)や分化に関連する遺伝子の発現を調節しており、これらの核内受容体を活性化するリガンド(受容体に特異的に結合する物質)を複数組み合わせることによって抗がん作用や分化誘導作用を相乗的に高めることができる。
814)オールトランスレチノイン酸(ATRA)+ビタミンD3+PPARγアゴニストの抗がん作用
【遺伝子発現を調節する核内受容体とリガンド】
DNAの遺伝情報は、まずRNAポリメラーゼによってRNAに転写され、さらにRNAからリボソームでタンパク質に翻訳されます。
DNAにはプロモーターやエンハンサーといった転写を制御する領域があり、この領域に結合して遺伝子の転写を促進したり抑制したりするタンパク質を転写因子と言います。転写因子は単独で機能する場合もありますが、他のタンパク質と複合体を形成して転写活性を実行する場合もあります。
このようにして、遺伝子(DNA)の情報がメッセンジャーRNAに転写され、さらにタンパク質が合成されることによって細胞の構造や機能に変化が生じる過程を「遺伝子発現」と言います。転写因子というのは遺伝子発現を制御する機能を持つタンパク質です。
図:細胞の遺伝情報は核の中の染色体に記録されている(①)。遺伝子の本体はデオキシリボ核酸(DNA)で、一つの細胞には46個の染色体があり、合計で約30億塩基対の塩基配列情報がDNAに記録されている(②)。遺伝子DNAがメッセンジャーRNA(mRNA)に転写されてタンパク質が作られるためには、RNAポリメラーゼや転写因子などの転写を促進する複数の因子が遺伝子の転写調節領域に結合する必要がある(③)。mRNAはリボソームでタンパク質に翻訳されてタンパク質が生成される(④)。このようにして遺伝子情報からmRNAとタンパク質が合成されて細胞の構造や機能に変化が生じる過程を「遺伝子発現」という(⑤)。
ホルモン(甲状腺ホルモンやステロイドホルモンなど)や脂溶性ビタミン(ビタミンAやビタミンD)や体内で生成される生理活性物質(脂肪酸やプロスタグランジンなど)によって遺伝子発現が調節される場合の転写因子として「核内受容体」というタンパク質があります。
核内受容体というのは、細胞核にあって、ホルモンなどが結合することでDNAの転写を調節している受容体タンパク質です。
核内受容体はリガンドが結合すると、構造の変化を起こして転写因子としての活性を持ちます。
リガンド(ligand)というのは、特定の受容体(レセプター)に特異的に結合する物質のことです。
核内受容体群は,1つの原初遺伝子から分子進化した遺伝子スーパーファミリーを形成しており,そのメンバーはヒトゲノム解読の結果,48種存在すると推定されています。
ステロイドホルモンやビタミンAやビタミンDが特定の遺伝子の発現を調節できるのは、これらが特定の核内受容体への結合を介して、そのリガンド依存的な転写制御を発揮するからです。
体内の様々な生理活性物質がリガンドとして特定の受容体に結合することによって遺伝子発現が調節されています。また、単なる栄養素と思われていた脂肪酸や、胆汁酸などの代謝産物も核内受容体に結合し、遺伝子転写を制御していることが明らかになっています。
リガンドと同じ働きをする薬をアゴニスト(agonist)、リガンドの働きを阻害する薬をアンタゴニスト(antagonist)と言います。つまり、核内受容体のアゴニストやアンタゴニストは特定の遺伝子の発現を調節する薬になります。
図:核内受容体にリガンドが結合すると受容体の構造に変化が起こり、核内に移行して遺伝子の転写調節領域に結合し、転写を調節する。
【ビタミンAは遺伝子の発現を調節する】
ビタミンAは別名をレチノール(retinol)と言い、脊椎動物の発生過程、細胞分化、生殖、視覚、免疫系の調節などに重要な働きを行っている脂溶性ビタミンです。
レチノールは細胞内で代謝されてレチノイン酸に変換され、レチノイン酸が細胞核内の受容体に結合することによって遺伝子発現を誘導して様々な作用を発揮します。レチノイン酸によって細胞分化や増殖に関連する500以上の遺伝子が誘導されると言われています。
ベータカロテンは体内でビタミンAに変換されます。ベータカロテンやビタミンA(レチノール)は食品から摂取され、レチノールは肝臓で貯蔵されて必要に応じて血中に放出されます。
細胞内に取り込まれたレチノールはまずレチノール脱水素酵素によってレチナールアルデヒド(レチナール)に変換され、さらにレチナールアルデヒド脱水素酵素によってオール・トランス・レチノイン酸(All-Trans Retinoic Acid:ATRA)になり、イソメラーゼで9-シス・レチノイン酸(9-cis RA)になります。ATRAと9-cis RAが遺伝子発現に関与します。(下図)
図:ベータカロテンとビタミンA(レチノール)は食品から摂取される(①)。レチノールはレチノール脱水素酵素によってレチナールに変換され(②)、さらにレチナールアルデヒド脱水素酵素によってオール・トランス・レチノイン酸(ATRA)になり(③)、さらに9-シス・レチノイン酸(9-cis RA)になる(④)。ATRAはレチノイン酸受容体(RAR)に結合し(⑤)、9-cis RAはレチノイドX受容体(RXR)に結合し(⑥)、レチノイン酸応答配列に結合して標的遺伝子の発現を誘導する(⑦)。レチノイドによって誘導される遺伝子は細胞分化やアポトーシスの誘導や、細胞増殖を抑制する働きに関与するので、がん細胞の増殖を抑制する方向で働く(⑧)。
【レチノイドは細胞分化を誘導する】
レチノイン酸の核内受容体には、レチノイン酸受容体(retinoic acid receptor: RAR)とレチノイドX受容体(retinoid X receptor: RXR)があり、それぞれα、β、γのサブタイプが存在します。
これらの受容体はリガンドの結合刺激によりホモ二量体(RAR-RARやRXR-RXR)を形成しますが、RXRはRXRとのホモ二量体だけでなく、レチノイン酸受容体(RAR)やペルオキシソーム増殖因子活性化受容体(PPAR)やビタミンD受容体(VDR)などの核内受容体とのヘテロ二量体(RAR-RXR、PPAR-RXR、VDR-RXRなど)も形成します。
「ホモ」は「同じ」、「ヘテロ」は「異なる」という意味で、同じ受容体が2つ並ぶのがホモ二量体で、異なる2種類の受容体が並ぶのがヘテロ二量体です。
そして、これらの二量体は標的遺伝子のプロモーター領域に存在するレチノイン酸応答配列やレチノイドX応答配列、ペルオキシソーム増殖因子応答配列、ビタミンD応答配列などに結合することによって、様々な標的遺伝子の発現を調節しています。
異性体の関係にあるAll-trans-RA (ATRA) と 9-cis-RA (9C-RA)は2つともRARのリガンドになりますが、RXRのリガンドとなるのは9C-RAのみです。異性体とは分子式は同じで、原子の結合状態や立体配置が違うために異なる性質を示す化合物です。ATRAと9-cis-RAは分子式は同じでも立体的な大きさに違いが生じるので、RARとRXRの2つの受容体のリガンド結合部位への親和性が異なるのです。
レチノイン酸受容体(RAR)とレチノイドX受容体(RXR)には、それぞれのリガンドが入り込んで結合するポケット状の構造があるのですが、RARのリガンド結合ポケットにはATRAと9C-RAの両方のレチノイドが納められますが、RXRのリガンド結合ポケットには9C-RAしか納められなくて、ATRAははみ出すからRXRのリガンドとはなれないからです。
レチノイドは炭化水素鎖を基本骨格としており、炭素が水素で飽和している場合はまっすぐな構造をしますが、水素で飽和していない二重結合(CH=CH)の部分で構造が変わります。
すなわち、炭素間に二重結合がある所で曲がる時に、「シス型」と「トランス型」という2種類の構造を取ります。「シス(cis)は「同じ側」「近い方」、トランス(trans)は「反対側」「遠い方」というような意味の接頭辞です。
つまり、二重結合の所でシス型は水素が同じ側に並び、トランス型は反対側に並びます。シス型の2重結合のところで炭化水素の鎖は曲がります。(下図)
図:二重結合の部位でシス型は水素が同じ側に並び、トランス型は反対側に並ぶ。シス型の2重結合のところで炭化水素の鎖は曲がる。オールトランス・レチノイン酸(All-trans-RA)は全ての不飽和炭化水素鎖がトランス型になっているレチノイン酸で、9-シス・レチノイン酸(9-cis-RA)は9番目の炭素のところでシス型の構造になっている。
レチノイドによって発現が調節される遺伝子は、細胞の分化や増殖や死(アポトーシス)の制御に重要な働きを担っているため、その機能異常は細胞のがん化に関連し、ある種のがんに対してレチノイドが効く場合があります。
例えば、レチノイン酸の二重結合がすべてトランス型になったオールトランス・レチノイン酸(ATRA)は急性前骨髄球性白血病の特効薬になっています。急性前骨髄球性白血病は白血球に分化する途中の骨髄細胞が腫瘍化した白血病で、ATRAによって途中で止まった分化を誘導することによって増殖能を失わせ、死滅させることができるのです。
オールトランス・レチノイン酸の分化誘導作用を強める方法としてビタミンD3とPPARリガンド(フェノフィブラート、ベザフィブラート、ピオグリタゾンなど)があります。
【ビタミンD受容体の構造と機能】
ヒトのビタミンD受容体(VDR)は427個のアミノ酸からなる分子量50kDaのタンパク質です。
VDRに活性型ビタミンDが結合すると、9-cisレチノイン酸が結合したレチノイドX受容体(RXR)とヘテロダイマー(ヘテロ二量体)を形成し、ビタミンD標的遺伝子のプロモーター上流に存在する特異的エンハンサー配列であるビタミンD応答配列に結合します。
リガンドが結合して核内受容体の構造が変化するとコアクチベーター(転写共役活性化因子)が結合できるようになり、転写を促進できるようになります。
ビタミンD応答配列のコ ンセンサス配列は、AGGTCAの基本配列が2つ直列に並び、モチーフ間が3bp 離れたものであると考えられており、この配列の 5′上流側にRXRが、3′下流側にVDRが結合します。(下図)
図:活性型ビタミンD3(Calcitriol)と結合したビタミンD受容体(VDR)は9-シス-レチノイン酸に結合したレチノイドX受容体(RXR)とヘテロ二量体を形成してビタミンD標的遺伝子の上流にあるビタミンD応答配列に結合する。このヘテロ二量体に転写共役活性化因子(コアクチベーター)などの多くのタンパク質が結合して転写活性が亢進する。ビタミンD標的遺伝子は細胞周期や細胞分化や細胞死の制御に関与する遺伝子が含まれ、その結果、がん細胞の増殖が抑制され、細胞分化が誘導され、細胞死が誘導される。
ビタミンD受容体の活性化による増殖抑制には、細胞周期の G0/G1停止とアポトーシスが関与するとの報告が多く、細胞分化も増殖抑制に伴って誘導されると考えられています。
ビタミンDは細胞周期をストップさせるがん抑制遺伝子のp21とp27タンパク質の発現を誘導します。この2つのタンパク質は細胞周期のG0/G1停止を引き起こすサイクリン依存性キナーゼ阻害因子です。
細胞周期は,サイクリン(cyclin)/サイクリン依存性キナー ゼ(cyclin dependent kinase: Cdk)やp21Cip1, p27Kip1, p57Kip2などのサイクリン依存性キナーゼ阻害因子などにより厳密に制御されています。
p21Cip1 遺伝子のプロモーター上流にビタミンD応答配列が存在し、ビタミンD受容体による直接的な遺伝子制御でp21Cip1遺伝子が発現誘導されることが明らかになっています。
【糖や脂質の代謝に関与するペルオキシソーム増殖因子活性化受容体】
ペルオキシソームはほぼ全ての真核細胞が持つ直径0.1-2マイクロメートルの球状の細胞小器官で、多様な物質の酸化反応を行っています。ペルオキシソームでは、脂肪酸のベータ酸化、コレステロールや胆汁酸の合成、アミノ酸やプリン体の代謝などが行われています。
ペルオキシソーム増殖因子と呼ばれるペルオキシソームを増やす作用がある物質が古くから多数見つかっています。これらの物質がどのようにしてペルオキシソームを増やすのかという研究の結果、ペルオキシソーム増殖因子が結合する核内受容体が見つかり、「ペルオキシソーム増殖因子で活性化される受容体」という意味で「ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体(Peroxisome proliferator-activated receptor:PPAR)」という長い名前になっています。
このようにPPARは細胞内のペルオキシソームの増生を誘導する受容体として発見されましたが、その後の研究で、糖質や脂質やタンパク質などの物質代謝や細胞分化に密接に関連している転写因子群であることが明らかになりました。
脂質や糖質の代謝を促進するので、PPARを活性化する物質は高脂血症や糖尿病の治療薬として臨床で使用されています。
歴史的には、フィブラートのような抗高脂血症薬やインスリン抵抗性を改善するチアゾリジンジオン系の抗糖尿病薬は作用機序が不明なまま臨床的有効性が認められて使用されていましたが、これらの薬が細胞のペルオキシソームの数を増やすことが見つかり、その後にPPARを活性化することによって薬効を示すことが明らかになりました。
さらに、PPARの活性化はがん細胞の増殖抑制やアポトーシスや分化の誘導作用などの抗がん作用を示すことが明らかになっています。PPARの活性化剤は糖尿病や高脂血症の治療薬として多くの種類が販売されているので、これらをがんの治療に応用する研究が行われています。
【PPARには3つのサブタイプがある】
ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体(PPAR)には3種類のサブタイプがあります。主に肝臓や心臓や腎臓や消化管の細胞にあるアルファ型(PPARα)と、脂肪細胞に主にみられるガンマ型(PPARγ)、多くの組織で発現し脂肪酸燃焼とインスリン感受性を高めるデルタ型(PPARδ)です。
PPARαは大量のATPを必要とし脂肪酸酸化の盛んな臓器(肝臓・心臓・腎臓・消化管など)に多く存在します。PPARαは脂肪酸のβ酸化や細胞内外での脂質輸送に関与する多くの遺伝子の発現を誘導するので、高脂血症改善薬のターゲットになっており、フェノフィブラート、ベザフィブラート、クロフィブラートなどのいわゆるフィブラート系の薬剤が高脂血症治療薬として使用されています。
ベザフィブラートはPPARαだけでなくPPARγやPPARδの活性化作用もありPPAPの汎アゴニストと呼ばれています。
PPARγは脂肪組織でインスリン感受性を高めるアディポネクチン遺伝子の発現を促進し、インスリン抵抗性を高める炎症性サイトカインのTNF-αの産生を抑制する作用があります。これらのインスリン抵抗性を改善する作用によって糖尿病を治療する効果を発揮します。薬としてはピオグリタゾンが使用されています。
PPARδは多くの組織で発現し、リノール酸やリノレン酸やアラキドン酸などの多価不飽和脂肪酸やアラキドン酸由来物質などが内因性のリガンドとなっています。インスリン抵抗性の改善や脂肪酸のβ酸化の亢進などの作用があります。PPARδに選択性の高い医薬品はありませんが(開発中の薬はいくつかある)、PPARのは汎アゴニスト(一連の受容体を活性化する特異性の低い刺激剤)であるベザフィブラートはPPARδの活性作用があります。
以上のようにPPARは物質代謝やエネルギー産生に関与しており、摂食後はPPAR-γが作用して効率的に体内に脂肪を蓄え、空腹時はPPAR-αの作用により脂肪がエネルギーに変換され消費されます。これらのPPARの作用に異常が起こると糖尿病や高脂血症や肥満を引き起こします。
一般的に、糖尿病はPPAR-γ、高脂血症はPPARα、肥満はPPARδが深く関与しています。
PPARはレチノイドX受容体(RXR)とヘテロダイマー(ヘテロ二量体)を形成して遺伝子のペルオキシソーム増殖因子応答配列に結合します。リガンドが結合していない状態ではPPAR-RXRヘテロダイマーに核内受容体コリプレッサーが結合して転写活性が抑制されています。コリプレッサー(co-repressor)というのは、核内受容体に結合してその転写活性を抑制する因子です。
PPARとRXRにそれぞれのリガンドが結合するとPPAR-RXRヘテロダイマーからコリプレッサーが分離し、転写活性を促進するコアクチベーター(co-activator)が結合します。コアクチベーターはヒストンアセチル化を促進する作用があり、DNAとヒストンの結合を緩めて、他の転写因子やRNAポリメラーゼが標的遺伝子のプロモーター領域に結合しやすくなり、転写が開始されます。このようにPPAR の活性化から 遺伝子発現まで様々な因子が複雑に関与しています。
図:ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体(PPAR)とレチノイドX受容体(RXR)はヘテロダイマー(PPAR-RXR)を形成して、コリプレッサーが結合してDNA結合は阻止されている。それぞれの受容体にリガンドが結合すると受容体の構造に変化が生じてコリプレッサーが離れ、コアクチベーターが結合して、標的遺伝子のDNAのペルオキシソーム増殖因子応答配列(AGGTCAの塩基配列が1塩基をはさんで同方向に並んだAGGTCA-n-AGGTCA のダイレクトリピート構造)に結合して転写を亢進する。
【PPARγリガンドとレチノイドの相乗効果】
PPARγリガンドとレチノイドによるがん細胞の分化誘導の可能性が報告されています。
Synergistic Effects of PPARγ Ligands and Retinoids in Cancer Treatment(がん治療におけるPPARγリガンドとレチノイドの相乗効果)PPAR Res. 2008; 2008: 181047.PMID: 18528526
【要旨の抜粋】
ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体(PPAR)の活性化は、がん細胞の増殖を阻害するための有望な戦略の1つと見なされている。しかし、いくつかの一般的ながんを対象とした最近の臨床試験では、PPARリガンドを単剤療法として使用した場合に有益な効果は示されなかった。
核内受容体のマスターレギュレーターとして正常な細胞増殖に重要な役割を果たすレチノイドX受容体(RXR)は、PPARと優先的にヘテロダイマーを形成する。
Ras / MAPKシグナル伝達経路によるリン酸化によるRXRαの機能不全は、特定の種類のヒト悪性腫瘍の発症に関連している。
それぞれのリガンドによるPPARγ/ RXRヘテロダイマーの活性化は相乗的に細胞増殖を阻害し、RXRαのリン酸化が阻害されるとヒト結腸がん細胞にアポトーシスを誘導する。
この論文では、様々なヒトのがん細胞において、PPARγリガンドとレチノイドの組み合わせによって生じる相乗的な抗腫瘍効果を考察する。
RXRαのリン酸化の阻害とその生理学的機能の回復はPPAR / RXRヘテロダイマーを活性化する可能性があり、したがって、がん細胞の増殖を阻害するための潜在的に効果的かつ重要な戦略となる可能性があるため、RXRαのリン酸化にも焦点を当てる。
PPAR-γのリガンドとレチノイドを併用してPPARγ/ RXRヘテロダイマーを形成しても、必ずしも抗腫瘍効果が現れる訳ではありません。
その理由として、この論文では、がん細胞で活性化されているRas / MAPKシグナル伝達経路によるRXRαのリン酸化によるPPARγ/ RXRの機能不全が起こっている可能性を指摘しています。
したがって、Ras / MAPKシグナル伝達経路が亢進しているがん細胞に分化誘導を行うときは、核内受容体の活性化だけでは不十分だと言えます。
さらに、ヒストンの脱アセチル化によってクロマチンが凝集していると転写因子はアクセスできません。
Ras / MAPKシグナル伝達経路の阻害にはPAK1阻害作用のあるイベルメクチンが有効です。
ヒストンの脱アセチル化を亢進するためには、ケトン食やオーラノフィンやアセチル-L-カルニチンやジクロロ酢酸が有効です。
これらの治療法を組み合わせると、がん細胞の分化誘導を達成できます。逆にいうと、PPARリガンドやレチノイドを投与しても、Ras / MAPKシグナル伝達経路の阻害や、ヒストンの脱アセチル化を亢進しないと、がん細胞の分化誘導は無理だと言えます。
以下のような報告があります。
All-trans retinoic acid can intensify the growth inhibition and differentiation induction effect of rosiglitazone on multiple myeloma cells.(オールトランスレチノイン酸は、多発性骨髄腫細胞に対するロシグリタゾンの成長阻害および分化誘導効果を強化することができる)Eur J Haematol. 2009 Sep;83(3):191-202.
【要旨の抜粋】
目的:リガンドによるPPARγの活性化は、固形腫瘍において潜在的な抗腫瘍効果を示す。 この研究では、ロシグリタゾン単独、およびオールトランスレチノイン酸(ATRA)との組み合わせがヒト骨髄腫細胞株に及ぼす作用を検討し、その潜在的なメカニズムを考察した。
方法:U266、RPMI-8226、および患者の初代骨髄腫細胞を、ATRAの存在下または非存在下で、さまざまな濃度のロシグリタゾンで処理し、様々な生物学的反応を調べた。
結果:ロシグリタゾンは、U266細胞とRPMI-8226細胞の両方で、用量依存的に増殖阻害と生存率の低下を誘発した。 ロシグリタゾンは、骨髄腫細胞の細胞周期停止と細胞アポトーシスを誘発した。 ロシグリタゾンとATRAの組み合わせは、ロシグリタゾンの抗腫瘍効果を高め、両方の細胞株で細胞周期の停止とアポトーシスの誘導を増強した。
ロシグリタゾン処理細胞は、細胞分化の形態学的特徴を示し、ATRAと組み合わせると、より明白な分化の兆候が観察された。
患者から採取した骨髄腫細胞の初代培養の実験でも、ロシグリタゾンとATRAの組み合わせは、同様の細胞アポトーシス誘導と分化誘導が観察された。
アポトーシスの実行を意味するカスパーゼ-3活性は、U266細胞とRPMI-8226細胞の両方でロシグリタゾンに曝露すると増加したが、ロシグリタゾンとATRAの組み合わせにより、カスパーゼ-3のより効果的な活性化がもたらされた。
ロシグリタゾンおよびATRAによって誘導される同様のアポトーシスおよび細胞分化の誘導における相乗効果は、骨髄腫患者の初代CD138+細胞でも観察された。
結論:ATRAによるRXRαの同時活性化は、骨髄腫細胞の増殖、細胞周期、アポトーシス、および分化に対するロシグリタゾンの阻害効果を増強した。 ロシグリタゾンとATRAの併用は、ヒトの多発性骨髄腫の有用な治療法となる可能性がある。
ロシグリタゾン(Rosiglitazone)はチアゾリジン系(TZD)抗糖尿病薬です。脂肪細胞のPPARγ受容体に結合してインスリン抵抗性を改善します。日本では販売されていません。日本ではチアゾリジン系(TZD)抗糖尿病薬のPPARγのアゴニストとしてピオグリタゾン(Pioglitazone)が使用できます。
多発性骨髄腫の治療(分化誘導)にオールトランスレチノイン酸とPPARγアゴニストの併用が有効という報告です。
【ドコサヘキサエン酸はPPARγのアゴニスト】
PPARγのアゴニストとしてチアゾリジン系抗糖尿病薬のロシグリタゾンやピオグリタゾンを使うことはがん治療に有効です。しかし、チアゾリジン系抗糖尿病薬には心臓障害や発がん性など安易に使用できない副作用があります。
魚油に多く含まれるドコサヘキサエン酸(DHA)がPPARγのリガンドになり、しかもPPARγの発現を亢進することが報告されています。以下のような報告があります。
DHA/EPA-Enriched Phosphatidylcholine Suppresses Tumor Growth and Metastasis via Activating Peroxisome Proliferator-Activated Receptor γ in Lewis Lung Cancer Mice.(DHA / EPAに富むホスファチジルコリンは、ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体γの活性化を介してルイス肺がんマウスの腫瘍の成長と転移を抑制する)J Agric Food Chem. 2021 Jan 20;69(2):676-685.
【要旨】
本研究では、ルイス肺がんマウスにおけるドコサヘキサエン酸-ホスファチジルコリン(DHA-PC)とエイコサペンタエン酸-ホスファチジルコリン(EPA-PC)の抗腫瘍効果を調べた。
DHA-PCとEPA-PCは移植された腫瘍の成長とKi67の陽性発現を抑制した。DHA-PCおよびEPA-PCは肺転移を抑制した。
PPARγは細胞の生存に重要な役割を果たしており、これはがん治療の標的となる可能性がある。さらなるメカニズム研究は、DHA-PCおよびEPA-PCがPPARγの発現レベルを有意に増強し、その後NF-κB経路を抑制することを示した。
DHA-PCおよびEPA-PCは、NF-κBを介した抗アポトーシス因子Bcl-2およびBcl-XLを減少させ、それによって腫瘍の成長を阻害することにより、癌細胞のアポトーシスを促進した。さらに、DHA-PCとEPA-PCは、NF-κBを介したマトリックスメタロペプチダーゼ9(MMP9)とヘパラナーゼ(HPA)のレベルを大幅に低下させ、細胞外マトリックスの分解を阻止して、肺転移を抑制した。
これらの発見は、DHA-PCおよびEPA-PCが癌患者の栄養補助食品および/または機能性成分として使用できることを示唆している。
Docosahexaenoic Acid Induces Growth Suppression on Epithelial Ovarian Cancer Cells More Effectively than Eicosapentaenoic Acid.(ドコサヘキサエン酸はエイコサペンタエン酸より、より効果的に上皮性卵巣がん細胞の増殖を抑制する)Nutr Cancer. 2016;68(2):320-7.
【要旨】
オメガ3脂肪酸、特にエイコサペンタエン酸(EPA)とドコサヘキサエン酸(DHA)は、上皮性卵巣がん細胞の増殖に対して確実な抑制効果があることが示されている。この研究では、上皮性卵巣がん細胞の増殖に対する純粋なEPAとDHAの異なる効果と、その分子メカニズムを検討した。
上皮性卵巣がん細胞株TOV-21Gの細胞増殖に対して、EPAとDHAは有意な時間および用量依存的な阻害効果を示した。このEPAとDHAによるアポトーシス誘導作用は、ペルオキシソーム増殖因子受容体活性化因子ガンマ(PPARγ)のアンタゴニストであるGW9662の投与によって著しく抑制された。
EPA / DHAは、PPARγとp53の発現を有意に亢進し、EPA/DHAによるp53の誘導はPPARγアンタゴニストのGW9662によって阻止された。
すべての場合において、DHAの効果はEPAの効果よりも有意に強力であった(P <0.05)。
我々の発見は、TOV-21G細胞の増殖抑制においてDHAはEPAよりも効果的である可能性があり、その抑制効果がPPARγおよびp53の活性化によって部分的に媒介される可能性があることが示唆された。 EPAとDHAの明らかな違いを解明するために、さらなる研究が必要である。
DHAの抗腫瘍効果がPPARγのアンタゴニストによって阻止されるということは、DHAの抗腫瘍効果がPPARγの活性化を介することを意味しています。
【EGFR阻害剤とビタミンD3とレチノイドの相乗作用】
ビタミンD とレチノイドは相乗効果がありますが、これはビタミンDの核内受容体がレチノイドX受容体(RXR)とヘテロ2量体を形成して転写因子として作用するからです。
ビタミンD3とレチノイドは上皮成長因子受容体(EGFR)の遺伝子発現を抑制します。EGFR阻害剤(エルロチニブ、ゲフィチニブ、トラスツズマブなど)とビタミンD3とレチノイドの併用は抗腫瘍効果を高めることができます。以下のような論文があります。
EGFR inhibitors exacerbate differentiation and cell cycle arrest induced by retinoic acid and vitamin D3 in acute myeloid leukemia cells.(急性骨髄性白血病細胞におけるレチノイン酸とビタミンD3によって誘導された細胞分化と細胞周期停止をEGFR阻害剤は増強する)Cell Cycle 12(18):2978-91.2013年
この論文では、レチノイド(オールトランス・レチノイン酸)とビタミンD3による前骨髄球性白血病細胞株HL-60の分化誘導作用を、上皮成長因子受容体(EGFR)の阻害剤のエルロチニブ(erlotinib)とゲフィチニブ(gefitinib)が亢進することを報告しています。
HL-60細胞は前骨髄球性白血病で、骨髄球になる前の段階でがん化しています。そこでHL-60の培養液に分化誘導作用のあるレチノイドとビタミンD3を添加すると、HL-60は骨髄球に分化して、腫瘍性がなくなります。
HL-60細胞の分化を誘導する量より少ない濃度のレチノイドとビタミンD3を添加して、さらにエルロチニブやゲフィチニブを添加する実験系で検討しています。
エルロチニブもゲフィチニブも単独では分化を誘導する作用はありません。
レチノイド(オールトランス・レチノイン酸)あるいはビタミンDの細胞分化誘導作用とG0/G1期での細胞周期の停止を、エルロチニブとゲフィチニブは増強しました。
乳がんや胃がんではトラスツズマブ(ハーセプチン)が使われます。トラスツズマブは上皮成長因子受容体ファミリーのHER2に対する抗体薬です。乳がん細胞を使った実験でレチノイドがトラスツズマブ(ハーセプチン)の抗腫瘍効果を高めることが報告されています。以下のような論文があります。
Anti-tumor effects of retinoids combined with trastuzumab or tamoxifen in breast cancer cells: induction of apoptosis by retinoid/trastuzumab combinations.(乳がん細胞におけるトラスツズマブおよびタモキシフェンとレチノイドの併用による抗腫瘍効果:レチノイド/トラスツズマブ併用によるアポトーシス誘導)Breast Cancer Res. 2010;12(4):R62. doi: 10.1186/bcr2625. Epub 2010 Aug 9.
【要旨】
背景:HER2とエストロゲン受容体は乳がんの治療おいて重要なターゲットであり、HER2を阻害するトラスツズマブ(ハーセプチン)やエストロゲン受容体の作用を阻害するタモキシフェンなどが乳がんの治療に使用されている。
レチノイドは乳がん細胞の増殖を抑制する作用があり、さらにHER2やエストロゲン受容体のシグナル伝達を制御する働きを有する。そこで、HER2やエストロゲン受容体をターゲットにした治療にレチノイドを併用すると抗腫瘍効果を高めることができる可能性が示唆される。
方法:2種類のヒト乳がん細胞株(BT474とSKBR3)を用いて、トラスツズマブおよびタモキシフェンとレチノイドの組合せによる効果を、細胞増殖、アポトーシス、細胞周期の分布、受容体シグナル伝達への影響について検討した。
結果:HER2を過剰に発現しエストロゲン受容体陽性のBT474細胞においては、オールトランス・レチノイン酸とタモキシフェンあるいはトラスツズマブとの併用は、どちらの組合せも乳がん細胞の増殖を相乗的に阻害し、細胞分化や細胞周期への作用も認めた。アポトーシス誘導作用はオールトランス・レチノイン酸とトラスツズマブの併用の場合にのみ認められた。
BT474細胞とHER2過剰発現/エストロゲン受容体陰性のSKBR3細胞において、オールトランス・レチノイン酸、9-シス・レチノイン酸、13-シス・レチノイン酸、フェンレチニド(fenretinide)の4種類のレチノイドとトラスツズマブとの併用効果を検討した。
BT474細胞においては、フェンレチニド以外のレチノイドは単独ではアポトーシスを誘導できなかったが、それぞれのレチノイドをトラスツズマブと併用すると、いずれの組合せもアポトーシスを誘導した。
これとは対照的に、SKBR3細胞においてはそれぞれのレチノイドは単独でアポトーシスを誘導し、トラスツズマブの併用による相乗効果は軽度であった。
レチノイドはHER2とエストロゲン受容体によるシグナル伝達系に作用して抗腫瘍効果を発揮する。トラスツズマブに抵抗性になった細胞に対してはレチノイドは抗腫瘍効果は認めなかった。
結論:トラスツズマブ(ハーセプチン)に感受性のある乳がん細胞においては、レチノイドとトラスツズマブの併用は、細胞増殖抑制とアポトーシス誘導において最大の抗腫瘍効果を示した。この組合せは、乳がん患者の治療にメリットがある可能性がある。
以下のような報告もあります。
Growth and EGFR regulation in breast cancer cells by vitamin D and retinoid compounds.(ビタミンDとレチノイドによる乳がん細胞の増殖とEGFR制御)Breast Cancer Res Treat. 86(1):55-73.2004
乳がんの複数の細胞株を用いた実験で、ビタミンD3とレチノイドが乳がん細胞のEGFR(上皮成長因子受容体)の遺伝子発現を抑制することを報告しています。
以上のように、EGFRの阻害剤を使用しているときに、ビタミンD3のサプリメントやオールトランス・レチノイン酸(ATRA)を併用するメリットはあるようです。
【ビタミンDは乳がんのホルモン依存性を高める】
ビタミンDがエストロゲン非依存性の乳がんをエストロゲン依存性に変換するという報告があります。
Calcitriol restores antiestrogen responsiveness in estrogen receptor negative breast cancer cells: A potential new therapeutic approach (カルシトリオールはエストロゲン受容体陰性の乳がん細胞の抗ホルモン療法感受性を高める:新しい治療法の可能性)BMC Cancer 2014, 14:230 http://www.biomedcentral.com/1471-2407/14/230
乳がんの約30%はエストロゲン受容体を発現していません。エストロゲン受容体陰性の乳がんはホルモン療法が効きません。
カルシトリオール(Calcitriol)は活性型ビタミンD3の1α,25-ジヒドロキシ・ビタミンD3です。
エストロゲン受容体陰性の乳がん細胞を使った実験で、活性型ビタミンD3のカルシトリオールがエストロゲン受容体の遺伝子発現を誘導して、抗エストロゲン剤による抗腫瘍効果が得られるようになったという結果を報告しています。
抗エストロゲン剤の効き目を高める目的でビタミンD3のサプリメントを多く摂取するメリットはあるようです。
ビタミンD3には様々な抗腫瘍効果が報告されています。
抗がん剤やホルモン療法との併用も問題なく、これらの抗腫瘍効果を高める効果は十分に期待できます。1日4000 IU(100μg)程度のビタミンD3をサプリメントで摂取することはがん治療に有効だと言えます。
また、ビタミンD受容体はレチノイドX受容体とヘテロ2量体を形成して転写活性を持つので、レチノイドX受容体のリガンドになるオールトランス・レチノイン酸(ATRA)の併用は有効です。
【ビタミンD3とドコサヘキサエン酸の併用は乳がん細胞のアポトーシスを相乗的に増強する】
以下のような報告があります。
Vitamin D enhances omega-3 polyunsaturated fatty acids-induced apoptosis in breast cancer cells.(ビタミンDは乳がん細胞のオメガ3多価不飽和脂肪酸誘導アポトーシスを強化する)Cell Biol Int. 2017 Aug;41(8):890-897.
【要旨の抜粋】
オメガ3多価不飽和脂肪酸とビタミンD3の両方が、乳がんの発生率を低下させる効果がある。しかし、オメガ3多価不飽和脂肪酸とビタミンD 3の組み合わせが、乳房の発がんに対してより強力な保護効果を発揮するかどうかはまだ不明である。
この研究では、オメガ3多価不飽和脂肪酸と1α、25-ジヒドロキシビタミンD 3(VD 3)の併用が、ホルモン受容体陽性乳がん、Her2陽性乳がん、トリプルネガティブ乳がんの3つのサブタイプの乳がん細胞においてアポトーシスを劇的に増強することを明らかにした。
この併用治療によって、MCF-7およびSK-BR-3細胞ではBcl-2および総PARPタンパク質レベルが減少した。このアポトーシス誘導においては、カスパーゼシグナルが重要な役割を果たす。さらに、Raf-MAPKシグナル伝達経路は、オメガ3多価不飽和脂肪酸とビタミンD3の組み合わせによるアポトーシス誘導に関与していた。
これらの結果は、オメガ3多価不飽和脂肪酸とビタミンD3併用治療による細胞アポトーシスの誘導が、乳がん細胞株の3つのサブタイプにおける異なるシグナル伝達経路に依存していることを示している。
サプリメントのビタミンD3を内服すると肝臓と腎臓で活性型の1α、25-ジヒドロキシビタミンD3に変換されて、作用を発揮します。この研究は培養細胞を使った実験なので、サプリメントのビタミンD3を投与しても肝臓と腎臓がなければ活性型にならないので、実験では活性型の1α、25-ジヒドロキシビタミンD3を使っています。
しかし、がん患者がオメガ3多価不飽和脂肪酸とビタミンD3の組み合わせで乳がん細胞のアポトーシス誘導を行うときは通常のサプリメント(不活性型)のビタミンD3で問題ありません。体内で活性型の1α、25-ジヒドロキシビタミンD 3(VD 3)に変換されます。
オメガ3多価不飽和脂肪酸野中では、ドコサヘキサエン酸(DHA)が最も抗がん作用が強いと考えられています。したがって、ビタミンD3とDHAを多めにサプリメントとして摂取する方法は乳がんだけでなく、多くのがんにおいて試してみる価値はあります。
この報告は中国の江南大学食品科学技術学部などの研究グループの研究です。以下の論文も同じ研究グループからの論文です。
ω-3 free fatty acids and all-trans retinoic acid synergistically induce growth inhibition of three subtypes of breast cancer cell lines.(ω-3脂肪酸とオールトランスレチノイン酸は、乳がん細胞株の3つのサブタイプの成長阻害を相乗的に誘導する)Sci Rep. 2017 Jun 7;7(1):2929.
【要旨】
ビタミンA誘導体の1つであるオールトランスレチノイン酸(ATRA)は、エストロゲン受容体(ER)陰性細胞よりもER陽性細胞の方に強い増殖抑制を示す。MDA-MB-231細胞などのトリプルネガティブ乳がん細胞に対してはATRAの増殖抑制作用は弱い。
この研究では、3つのサブタイプ(ER陽性のMCF7細胞、HER2陽性のSK-BR-3細胞、トリプルネガティブのHCC1806細胞およびMDA-MB-231細胞)の乳がん細胞に対してω-3脂肪酸とATRAの組み合わせが、増殖を相乗的に抑制することを明らかにした。ω-3脂肪酸とATRAの併用治療は、細胞周期の停止を誘導した。ATRAとω-3脂肪酸は、カスパーゼシグナルを介して相乗的に細胞アポトーシスを誘発したが、p53の発現はしなかった。
これらの発見は、ω-3脂肪酸とATRAの併用化学療法が乳がん細胞のATRA感受性の改善に有益であることを示唆している。
以下の論文は別の研究グループ(イランのテヘラン医科大学の食品微生物学研究センター)からの報告です。
The combined effects of all-trans-retinoic acid and docosahexaenoic acid on the induction of apoptosis in human breast cancer MCF-7 cells.(ヒト乳がんMCF-7細胞におけるアポトーシスの誘導に対するオールトランスレチノイン酸とドコサヘキサエン酸の複合効果)J Cancer Res Ther. Jan-Mar 2016;12(1):204-8.
【要旨】
はじめに:培養細胞や動物を使った研究で、オールトランスレチノイン酸(ATRA)およびドコサヘキサエン酸(DHA)ががん細胞および免疫細胞の両方における分化およびアポトーシスを調節できることが示されている。核内のレチノイン酸受容体(RAR)およびレチノイドX受容体(RXR)は、それらのリガンドの存在下で活性化され、正常細胞の増殖、分化、およびアポトーシスに重要な役割を果たしている。
研究の目的: ATRAとDHAは、それぞれRARとRXRのリガンドとして、MCF-7ヒト乳がん細胞株のアポトーシス誘導に相乗効果をもたらす可能性があると仮定した。
材料と方法: MCF-7細胞をATRAおよびDHAの様々な濃度と組み合わせで3日間培養し、細胞死の率を測定した。
結果: ATRAとDHAの併用治療(それぞれ5 µMと30 µM、および2.5 µMと15 µM)が、ATRAとDHAをそれぞれ単独で投与した場合よりも有意にアポトーシス(細胞死)を誘導した。
結論: バランスの取れた比率でのATRAとDHAの組み合わせは、乳がん細胞のアポトーシス誘導に有効である可能性がある。ヒト乳がん細胞の増殖阻害と分化誘導におけるATRAとDHAの併用治療の潜在的な相乗効果についての研究がさらに必要である。
以上のように多くの研究が、ビタミンD3とオールトランスレチノイン酸(ATRA)とオメガ3不飽和脂肪酸(特にDHA)との併用は乳がん細胞のアポトーシス誘導を相乗的に増強する可能性を示唆しています。
この組み合わせは、乳がんだけでなく、大腸がん、膵臓がん、肺がんなど多くのがんで効果が期待できます。標準治療と併用することによって、その抗腫瘍効果を高める効果が期待できます。
ビタミンD3とオールトランスレチノイン酸(ATRA)は体内に存在する(体内でも合成される)成分であり、ドコサヘキサエン酸(DHA)は食品から日常的に摂取している成分です。副作用はほとんどありませんが、核内受容体に作用するため、確実な効果を発揮します。がん治療に積極的に利用して良い補完・代替医療と言えます。
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