『大地の五億年 せめぎあう土と生き物たち』 藤井一至 著
地球には最初、土がなかった。
こう聞いて「えっ?」って思わなかった?
もちろん砂や石や岩なら最初からあった。でも、それらは土とは呼べない。土は、生き物のはたらきを通して初めて作られるものだからだ。
光を浴びてエネルギーを作る技をあみ出した植物が、そのエネルギーから酸を作り出して、足もとの岩をちょっとずつ溶かす。これを吸収して大きくなり、子孫を残し、死ぬ。彼らの遺骸は朽ちて消えるが、それでもカスが残る。それが何千年、何万年と積みあがったものが、土だ。
大地の隆起や浸食、氷河期や火山活動といった地球の壮大な動きに翻弄されながらも、植物と動物とが途方もない時間を積み上げてつくってきた土。この本ではその五億年にわたる歴史を、現在の世界各地で見られる地層から読み解いていく。
物理・地学・生物・化学。理科の知識を総動員して見えてくる土の姿は、じつは人間の歴史や文化を大きく左右してきたことを教えてくれる。知の総合競技とも言える「土」の探求は、その地味さに反して、とてもエキサイティングだ。
さて、この土の歴史において、実は菌類も大きな役割を担っている。
まず、地球で最初の土を作ったのが、菌類の一種、地衣類だ。
シダ植物が巨木の森林をつくったとき、その枯れ木を分解したのがキノコだ。彼らのおかげで地球史上空前の便秘(笑)は解消された。
現在アジアの熱帯雨林にみられるような巨木の森林を支えるのもキノコである。菌根菌は植物のパートナーだ。
これらの働きがいまの地球を作ったといっても過言ではない。
大事なのは、今の生態系が最初からこの形だったわけじゃない、ってこと。必要に応じて空白を埋めていった菌類の力が、地球全体の生態系に安定をもたらしたのだ。
大規模農業、森林破壊、砂漠化、温暖化。いま現在、人間の活動が地球の環境に大きな変化をもたらしている。果たして人間はキノコのように「空白を埋める何か」になることはできるのだろうか。
現代の人間がかかえる問題を解き明かすためにも、土とその成り立ちを知ることは有意義だし、何より面白い。ユーモアもまじえ、軽いタッチでそれを伝える著者のこの本は、まさに「空白を埋めるいい仕事」だと思う。
この記事の写真の新書バージョンはいま入手が難しいが、つい最近、加筆された文庫バージョンが刊行されたので、興味のある方はそちらをどうぞ。