相変わらずS先生とU氏とご一緒に、毎週スカイプ越しに
アレクサンドル・クプリーンの短編を訳し続けているのだけれど、
恐ろしいほどに遅々としか進まない。
それというのも、クプリーンの文章というのは
関係代名詞や形動詞や副動詞のオンパレードで、
そのまま訳したらずっと先まで読まなきゃ主語が登場しない
直訳丸出しの頭でっかちな文章になってしまうことがひとつ。
それに加えてロシア人でも頭を抱える表現が少なくなく、
的確な訳語を探しているうちにいつしか脱線して
日本語談義になってしまうからである。
例えば先日は、直訳すると「ウエストが高い」といった
一文に行きあたり、ウエストはおかしいから腰の位置が高い、
即ち足が長くて胴が短いことであろう、という話から…。
S先生「ドウとはなんですか!?」
U氏 「胴体の胴です」
S先生「あら何かしら、ロシア語で…。
ああ、コルプス!そうそう、そうですね。
でも…日本語で胴はどこからどこまで?」
私 「ええと、肩から足の上までですかねぇ」
U氏 「胴が短いとスタイルがよく見えますが、
日本人の場合は胴長短足といいましてね」
S先生「あら、浅田真央ちゃんはスタイルいいですよ!」
私 「いやそれは…彼女は現代っ子ですし…」
U氏 「昔の日本人は胴長短足でしたが、
着物を着ていたので隠れていたんですな」
S先生「そっか!帯の位置が高いのは足を長く見せるため!?
まあ面白い!ええと、ちょっと待ってください、
ドウナガタンソクは漢字でどう書くのかしら…」
…という具合にいつのまにか日本語教室になってしまい、
S先生の日本語はますます磨きがかかる一方である。
そのかわりと言ってはなんだが、S先生からは、
ロシアにまつわるよもやま情報を毎度教えて頂いている。
最近うかがったお話では、日本の大学ではロシア語の講義が年々減り、
打ち切ってしまった大学も少なくないのだとか。
そのためロシア語講師の職も減ってしまい、S先生自身も
「東京オリンピックが終わったらモスクワに帰ろうかしら」
などと言いだした。いくらなんでもその頃までには
この翻訳も終わっているはずだけど、どうなることやら…。
アレクサンドル・クプリーンの短編を訳し続けているのだけれど、
恐ろしいほどに遅々としか進まない。
それというのも、クプリーンの文章というのは
関係代名詞や形動詞や副動詞のオンパレードで、
そのまま訳したらずっと先まで読まなきゃ主語が登場しない
直訳丸出しの頭でっかちな文章になってしまうことがひとつ。
それに加えてロシア人でも頭を抱える表現が少なくなく、
的確な訳語を探しているうちにいつしか脱線して
日本語談義になってしまうからである。
例えば先日は、直訳すると「ウエストが高い」といった
一文に行きあたり、ウエストはおかしいから腰の位置が高い、
即ち足が長くて胴が短いことであろう、という話から…。
S先生「ドウとはなんですか!?」
U氏 「胴体の胴です」
S先生「あら何かしら、ロシア語で…。
ああ、コルプス!そうそう、そうですね。
でも…日本語で胴はどこからどこまで?」
私 「ええと、肩から足の上までですかねぇ」
U氏 「胴が短いとスタイルがよく見えますが、
日本人の場合は胴長短足といいましてね」
S先生「あら、浅田真央ちゃんはスタイルいいですよ!」
私 「いやそれは…彼女は現代っ子ですし…」
U氏 「昔の日本人は胴長短足でしたが、
着物を着ていたので隠れていたんですな」
S先生「そっか!帯の位置が高いのは足を長く見せるため!?
まあ面白い!ええと、ちょっと待ってください、
ドウナガタンソクは漢字でどう書くのかしら…」
…という具合にいつのまにか日本語教室になってしまい、
S先生の日本語はますます磨きがかかる一方である。
そのかわりと言ってはなんだが、S先生からは、
ロシアにまつわるよもやま情報を毎度教えて頂いている。
最近うかがったお話では、日本の大学ではロシア語の講義が年々減り、
打ち切ってしまった大学も少なくないのだとか。
そのためロシア語講師の職も減ってしまい、S先生自身も
「東京オリンピックが終わったらモスクワに帰ろうかしら」
などと言いだした。いくらなんでもその頃までには
この翻訳も終わっているはずだけど、どうなることやら…。