瀬戸際の暇人

今年も偶に更新します(汗)

異界百物語 ―第76話―

2009年08月13日 20時22分01秒 | 百物語
やあ、いらっしゃい…今年もまた、迷わずに此処に来れたようだね。
誰知らぬ小路の奥に建つ廃屋…標になるよう、角毎に風鈴を結び付けといたのは、正解だったかな。

勿論、貴殿の座る席は取っといてあるとも。

さぁ何時もの席へ…1番奥の壁際の、とっときの席へ座ってくれたまえ。
元より古びた椅子が、会を重ねる毎に経た月日のお陰で、益々ギイギイと軋むようになり、具合が良いよ。

後ろは新顔さんだね?
会を知って訪れたなら、必要は無いだろうが、一応ルールを説明しておくよ。

一夜に一話ずつ奇怪な話を語り…終える毎に灯された蝋燭を、1本消していく。

最初に灯してた蝋燭は百本。

1年目には25本迄消した。
2年目には50本迄消した。
3年目には75本迄消した。


残りは…………


古より、奇怪な話を百語った後には、真の妖が現れると云う。

全ての蝋燭が吹消され、部屋が暗闇に呑み込まれた時、貴殿は何を見るだろう?
今年こそは、その謎が解明かされるかもしれない。

蝋燭の灯りの下、酔狂な輩が開く恐怖の宴。
訪れたからには、もう後戻りは出来ないよ。

覚悟を決めて頂いた所で……参るとしようか。




世界で最も幽霊を愛してる国は、イギリスと言われている。
この噂は他国の人間より、むしろイギリスの国民が積極的に広めてるようだ。

イギリスでは幽霊出現スポットを纏めたマップが毎年発行され、幽霊屋敷を巡るゴーストツアーが人気を呼んでいる。
加えて驚くのは、幽霊屋敷と噂される場所を忌み嫌わず、住人が住み続けてる事実だ。
こういった例は、現代日本では殆ど見られない。

しかし彼らにとって、幽霊とはかつて国に居た祖先。
自国の歴史に誇りを持つ彼らにとって、幽霊は国の歴史の語り部なのだよ。
愛する理由にも納得が行くに違いない。

今回はそのイギリスに在る、幽霊屋敷についての話だ。
話す前に英国気分に浸って貰おうと、紅茶を用意しておいた。
生憎ダージリンしか無いが、盆のサービスという事で、どうか飲んでくれ給え。
角砂糖やミルクは、申し訳無いがセルフサービスだ。
暑い夏にホットはどうかって?
いやいや、暑い夏こそ、熱い飲物を飲むのが粋というもの。

全員カップに紅茶を淹れ終えた所で、今度こそ始めようか……




ロンドンの北西部、ハムステッドに在る高級住宅街の内の一軒で、数十年前こんな出来事が有ったらしい。

何時の頃からか、深夜になると家の中でパタパタと足音が響き、人の気配がする様になった。
誰かが階段を上がったり下がったり…真昼間でも鍵が掛かっていた筈のドアが、不意に開いたりする。
家族は皆、何時も誰かに見られている様な、居心地の悪さに悩まされていた。

そんな奇妙な出来事にも馴れてしまった、或る年の11月の午後、決定的な事件が起きた。

女主人が居間の暖炉の前に座って、幼い娘に「白雪姫」の話を読んでやっていた時の事だ。
読んでいる最中に例によって、誰かが頭上の部屋を横切る足音が聞えた。
母親は怯えたが、娘は「白雪姫」に熱中してたせいで、足音には気付かないで居た。
母親は無視して、朗読を続ける事にした。

やがて足音はパタパタという、階段を下りて来るものに変った。
そうして2人の居る居間まで来て…数秒間止った。
暫くして、あたかもその足音の主が、居間を通り抜けて出て行った様に、隣の大きな部屋へと通じるドアが開き、音を立てて閉じた。

それでも娘は音に気付いていない風に思えた。
母親も恐怖を堪え、気付かぬ振りをして、本を読み続けた。

だが、その間もドアの向うでは、頻りにノブを回したり、行ったり来たりを繰り返している。
椅子を動かしたり、テーブルを揺する音も聞えた。

遂に母親は堪え切れず、悲鳴を上げそうになった。
しかし漏れそうになる口を必死で抑え、本を娘に手渡すと、一世一代の勇気を振り絞り、隣の部屋に向った。

ドアを開けて、おっかなびっくり隣室を覗き込む。

不意に足音が止まった。

隣室には何も発見出来なかった。

……一体何だったのか?

首を傾げつつ、「白雪姫」の朗読に戻ろうとすると、今度は娘が彼女に向って走って来た。
娘は誰の姿も見えない、窓際の明るい一角を指して、不思議そうに尋ねた。

「誰なの?あの可愛らしい女の人」


母親は直ちに教会に出向き、悪霊祓いを依頼した。
教会があれこれ調査した結果、百年程前の家に纏わる、こんな事件が明らかになった。

この家に、愛らしい赤毛の召使女が居た。
ところが彼女は或る日主人の子供を殺し、死体をバラバラに刻んでカーペットバッグに包み、外に持ち出して近くの野原(ハムステッド・ヒース)に棄てたのだと云う。

その話を聞いて、母親は考えた。

部屋の中で頻りに聞えた足音…あれは追い回されてる子供が立てたものではないか。
あの時、足音は居間で突然止り、長く震える断末魔の吐息の様な気配に変ったが、その時子供は殺されたのだろう。

調査により、怪現象は家の中でばかり起きていた訳ではない事が判った。
時折、夜明け方に付近の住民達が、大きなバッグを提げて、這う様に家から出て来る、赤毛の召使女の姿を目撃していたらしい。

悪霊祓いを行った後も、怪現象が止んだという噂は聞かないそうだ。




歴史の古い地には、古い分だけ魂が残っている。
貴殿の住まう地には、どの様な歴史が伝わっているだろうか?

…今夜の話は、これでお終い。
さあ…蝋燭を1本吹消して貰えるかな。

……有難う。

最初はあんなに明るかったのに………随分薄暗くなったもんだ。


お帰りはこちらからどうぞ。
紅茶のカップはそのまま置いといてくれて構わない。

…おや、例年の事だが……始めた時より、人が半分も居なくなっている。
盆の夜だし、不思議は無いがね。

どうか気を付けて帰ってくれ給え。

そしていいかい?

………夜に何処からともなく、貴殿の名を呼ぶ声が聞えても……決して応えてはいけないよ。

何故って……?

………それが必ずしも生者の声とは……限らないだろう……?

それでは、ごきげんよう。
また次の晩に、お待ちしているからね…。




参考、『ワールドミステリーツアー13(第1巻)―ロンドン編― 第2章 友成純一、著 同朋舎、刊』。
コメント
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