秘境という名の山村から(東祖谷)

にちにちこれこうにち 秘境奥祖谷(東祖谷山)

天女花(OOYAMARENGE)  SANE著

2007年06月03日 | Weblog
第十七章
祖谷へ
次の日、江美はマスターの、入院先の整形病院に向かった。四人部屋の窓側のベットに、天井を見つめながら、横になったマスターがいた。「アッ、江美ちゃん来てくれたんだ。悪いねー」「仕事終わったら、こんな時間になっちゃった。面会時間、8時までだよね」「昨日、あれから江美ちゃんに電話で色々聞いて、ずーと考えてたんだー健ちゃんが、自分のこと何も話さなかったこととか、僕は健ちゃんのこと、一番解っているつもりだったから、情けないっていうか、江美ちゃんは、何か聞いてたの?」江美は、黙って首を横に小さく振った。「情けないのは、私のほうよ、あの日に限って母親の付き添いに行くのに、アパートに携帯電話忘れて行ったから、健二さんが病院に担ぎ込まれたことも、何も知らないで、私って、何処までついてないんだろーって、馬鹿みたい」
「そういえば、江美ちゃんのお母さん、ずっと危篤が続いていたって、大丈夫なの?」マスターが少しだけ、ベットの上体を起こしながら、尋ねる。
「可哀相なんだよー。また死ねなかったの。この次今度みたいになったら、人工の呼吸器だって…」江美は、そっと俯いた。不意を突く様に、堪えていた涙が溢れだした。自分でも、押さえることの出来ない鳴咽が、消灯時間を待つ、病棟に、響き渡っていた。何の言葉もかけずに、泣かせてくれる、マスターの優しさが、うれしかった。「江美ちゃん、元気になったら、また店においで。その頃には、退院してると思うから」
江美は、病院の外に出る。二月の雨が、肩に冷たい。すべての感情を包みこんだ雨が、雫になって、アスファルトに落ちていった。

第十八章
祖谷へ
あれから3カ月が過ぎた。「太陽が昇り、太陽が沈み、それが繰り返されるだけ。自然の営みの中で、自分の感情を当て嵌めて、進んだ方向を、人は人生と言う。今日という一日の積み重ねが、一カ月となり、月めくりのカレンダーなら、12枚で一年が終わる。人生は、自分で創るものなんだ、宿命だとか言って誰かのせいにしてみたり、時間のせいにしてみたり、何回も後悔することが、当たり前のように、なってしまう。そんなの可笑しいだろう。俺、今マジで良いこと言わなかった?」いつか、健二が居酒屋で江美に言ったことを不意に思いだした(のま簾)の店を訪ねた。懐かしい顔が揃っていた。最初は、江美を気遣い健二の話はみんな、避けていた。店終いの頃、マスターが不意に口にだした。「みんなで、健ちゃんのお墓参りに、行こう。梅雨に入る前に」江美は一瞬マスターを見た。残っていた、カズ兄さんがきり出す「健ちゃんの墓は、何処にあるの?」「江美ちゃんは、聞かされてるだろー?」江美は、そんな事を思い突かなかったことに、初めて気が遣いた。また、健二の言葉を思いだした。「江美は、よく生活してこれたよ」江美は、スクッと立ち上がった。「私祖谷に行って来る」。
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天女花(OOYAMARENGE)  SANE著

2007年06月03日 | Weblog
第十六章
祖谷へー
「江美ちゃん、今日はごめんよ。一緒にそっちに行けなくて」
「マスターこそ、ヘルニア大丈夫?まだ動けないんでしょう」
「参ったよ、健ちゃんとの最期のお別れに、参列出来なくて、昨日から男泣きしてるよ。江美ちゃん、葬祭場わかったの?」
「うん、高速バス降りてタクシーに乗ったの。三加茂って所。なんか今朝から何してるのか、夢の中にいるみたい。アッ、終わったみたい。また後でかけるね」江美は慌てて、携帯をバックに入れる。葬祭場の中から、まばらに参列者が出てきた。江美の傍にさっきの中年の係員が、近づいて来た。
「あのう、失礼ですが、神戸からおいで下さった方ですか?」さっき、江美が受付で書いたカードを手に、係員が、お辞儀をする。
「はい…」江美が、小さな声で返事をする。「遠方を来て頂きまして、中に入って休んでいって下さい。軽い食事の用意が、出来てますんで。でないと、園長に私のほうが叱られますー。お願いします」また、お辞儀を繰り返す。
「園長?」
「はい…今日の葬儀の喪主なんです。つくし園の園長さん…」江美は、初めて聞いたその名前の、意味が解らないまま、一瞬キョトンとする。江美は、男の勧めるまま中に入る。
テーブルが列んだ、部屋に通された。ペットボトルに入ったお茶と、オードブルが並べられている。知らない人ばかり…江美はテーブルの一番端の椅子に、少しあさめに座る。瞬く間に椅子が、、うめつくされていく。つかの間の静寂が、はしる。白髪まじりの、六十を超えた位の小柄な女性が、前に立って、深々とお辞儀をする。周りをもう一度見渡して、ゆっくりと挨拶を始めだした。
「本日はお寒い中、島田健二君の告別式にご参列下さり、有難うございました。健二君はわたくしどもが、去年まで運営しておりましたつくし園の、十六年前の児童の一人で、ございました。十二才の時、今は泣き先代の母が園長をしている時、児童相談所の方が、お世話して下さり、つくし園にきたと、母の日記に残されておりました。健二君は、中学を卒業してからも、つくし園に毎月、仕送りを続けてくれておりました。つくし園にきてから、健二君は、先天性心疾患が、見付かりまして、やはり、最期は心不全という、可哀相な亡くなり方を、されましたが、健二君のお志しを有り難く受けとりまして、本日の葬儀の運びとなった次第でございます。健二君には、身内の方がおられません。お骨は、暫くわたくしどもが、手元におきまして、折々、考えていこうと思っております。
長い挨拶となってしまいましたが、本日は誠に有難うございました」長い挨拶が、終わった。江美は、しばらく硝子窓から見える、土手を見ていた。身体ごと、いきなり海に放り込まれたような、感覚が走る。曖昧だった、誰もしらなかった健二が、この町の片隅にあった。風の行方が、江美の中で、ひとつになった。
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